第5章:夏祭りの夜
蝉の鳴き声が街中に響く土曜の夕方、葵と瑠璃の部屋は何やら慌ただしい雰囲気に包まれていた。今夜は地元の夏祭り。二人は浴衣姿で出かける準備に余念がない。
「葵、ちょっと来てくれる?」瑠璃が鏡の前から声をかけた。「帯の結び方がうまくいかないの」
葵は微笑みながら瑠璃の後ろに立ち、優しく帯に手をかける。「うん、ここをこうして……」
葵の手つきは慣れない様子だったが、真剣な表情で瑠璃の帯を結んでいく。
「できたよ。どう?」
瑠璃は鏡に映る自分の姿を確認し、満足げに頷いた。「ありがとう、葵。とても素敵よ」
次は瑠璃が葵の髪を整えた。櫛で優しく梳かしながら、瑠璃は葵の耳元でささやいた。「葵の浴衣姿、本当に似合ってるわ」
葵の頬が赤くなる。「ありがとう。瑠璃もとても綺麗だよ」
準備を終えた二人は、手を繋いで家を出た。夕暮れ時の街は、祭りの賑わいで活気に満ちていた。提灯の明かりが道を照らし、屋台の匂いが漂う。
「懐かしいね」葵がつぶやいた。「最初にデートしたのも、こんな祭りだったよね」
瑠璃は驚いたように葵を見た。「覚えてたの?」
「もちろん」葵は瑠璃の手を優しく握る。「あの日のこと、よく覚えているよ。瑠璃の笑顔が、提灯の明かりに照らされて……とても綺麗だった」
瑠璃の目が潤んだ。「葵……」
二人は祭りの中心へと歩を進めた。まずは屋台巡りから始める。たこ焼き、焼きそば、りんご飴……懐かしい味が二人の心を温める。
「あ、金魚すくいがあるよ」葵が指さす。「やってみる?」
瑠璃は少し緊張した様子で頷いた。「うん、でも上手くできるかしら」
二人で並んで挑戦する。葵は器用に金魚をすくい上げるが、瑠璃の方は何度も網が破れてしまう。
「むむむ……」瑠璃が真剣な表情で集中している。
葵は優しく微笑み、瑠璃の手を取った。「こうやってね、静かに……」
葵のアドバイスを受けて、瑠璃はついに一匹の金魚をすくい上げることができた。
「やった!」瑠璃が嬉しそうに声を上げる。
金魚すくいを楽しんだ後、二人はかき氷を買って、少し人混みから離れた場所で休憩することにした。
「ねえ、葵」瑠璃が口を開いた。「私たちの初めてのデート、覚えてる?」
葵は優しく微笑んだ。「うん、よく覚えてるよ。瑠璃が緊張しすぎて、かき氷をこぼしちゃったんだよね」
瑠璃は恥ずかしそうに頬を赤らめる。「まあ! そんなこともあったわね」
二人は懐かしい思い出話に花を咲かせながら、かき氷を楽しんだ。
休憩を終えると、盆踊りの輪に加わることにした。初めは少し照れくさそうだったが、周りの人々の温かい雰囲気に包まれ、次第に楽しく踊れるようになった。
踊りの後、葵はくじ引きの屋台に立ち寄った。「瑠璃のために、何か当ててみるよ」
葵が引いたくじは、小さな風鈴が当たった。
「瑠璃、これ」葵が風鈴を差し出す。「ベランダに飾ろうか」
瑠璃は嬉しそうに風鈴を受け取った。「ありがとう、葵。大切にするわ」
夜も更けてきた頃、花火大会の時間が近づいてきた。
「丘に登って見よう」葵が提案した。
二人は人混みを抜け、近くの小高い丘に向かった。丘の上に着くと、ちょうど花火が打ち上げられ始めた。
夜空に広がる色とりどりの花火。その美しさに、二人は言葉を失った。
「綺麗……」瑠璃がため息をつく。
葵は静かに瑠璃の手を取った。「瑠璃」
「なに?」
「これからもずっと、一緒に花火を見よう。来年も、その次も、その次も……」
瑠璃の目に涙が光る。「うん、約束よ」
二人は寄り添いながら、花火を見上げ続けた。夜空に咲く大輪の花々が、二人の永遠の愛を祝福しているかのようだった。
祭りから帰宅した後、二人は疲れた体を癒すために一緒にお風呂に入った。湯船に浸かりながら、今日の思い出を語り合う。
「本当に素敵な夜だったわ」瑠璃がため息交じりに言った。
「うん、最高の夏祭りだったね」葵も同意する。
湯気の立ち込める中、二人の視線が絡み合う。そっと唇を重ね、優しいキスを交わす。
お風呂から上がった後、二人は寄り添いながらベッドに横たわった。葵が瑠璃を抱きしめ、瑠璃は葵の胸に顔をうずめる。
「おやすみ、瑠璃」葵がささやく。
「おやすみ、葵」瑠璃が返す。
静かな夏の夜、二人の寝息だけが部屋に響いていた。来年の夏祭りへの期待と、今日の幸せな思い出を胸に、葵と瑠璃は深い眠りについた。
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