第3章:雨上がりの散歩
春の柔らかな雨が上がった午後、葵と瑠璃は窓の外を眺めていた。雨粒が葉っぱから滴り落ちる様子を見つめながら、瑠璃が静かに呟いた。
「ねえ、散歩に行かない?」
葵は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに微笑んだ。「いいね。久しぶりにゆっくり歩きたいと思っていたところだよ」
二人は軽装に身を包み、傘を手に取った。玄関を出ると、雨上がりの新鮮な空気が二人を包み込む。
「なんて清々しい香りなんだろう」葵が深呼吸をしながら言った。
瑠璃は頷きながら、葵の腕に自分の腕を絡ませた。「雨上がりの匂いって、好きなの。なんだか希望に満ちているような気がするわ」
歩き始めると、濡れた舗道が陽の光を反射して、きらきらと輝いていた。二人は歩調を合わせながら、ゆっくりと歩を進める。道端には、雨に洗われた花々が一層鮮やかに咲いていた。
「見て、葵。あの新芽」瑠璃が指さす先には、木の枝から伸びる小さな緑の芽があった。
葵は優しく微笑む。「まるで、生命力そのものだね。強くて、でも繊細で」
二人は立ち止まり、しばらくその新芽を見つめていた。その小さな命に、自分たちの未来を重ね合わせているかのように。
歩き続けると、近くの公園に着いた。雨上がりの公園は人が少なく、静寂に包まれていた。ふと、瑠璃が空を指さした。
「葵、見て! 虹だわ」
空には美しい虹が架かっていた。七色の帯が、まるで天と地を繋ぐかのように広がっている。
「綺麗だね……」葵がつぶやいた。「ねえ、瑠璃。虹を見ると、どんな気持ちになる?」
瑠璃は少し考え込んでから答えた。「希望、かな。困難を乗り越えた後に現れる美しいものって感じがするの」
「そうだね。僕は……約束、かな。これからもずっと一緒にいようって、空が僕たちに約束しているような気がするんだ」
瑠璃は葵の言葉に、目を潤ませた。「素敵な考えね、葵」
二人は手を繋ぎ、しばらく虹を眺めていた。その時、瑠璃が思い出したように言った。
「そういえば、この近くに新しい古本屋ができたんじゃなかったかしら?」
「本当だ。ちょっと寄ってみようか」
古本屋に足を踏み入れると、古書の香りが二人を包み込んだ。狭い店内を、二人は別々に歩き回る。時折、興味深い本を見つけては互いに見せ合う。
「ねえ、葵。これ、面白そう」瑠璃が一冊の詩集を手に取った。
葵はその本を覗き込み、にっこりと笑う。「瑠璃らしい選択だね。僕はこれを見つけたよ」古い料理本を見せる。
二人は本を購入し、再び散歩を続けた。帰り道、近所の八百屋に立ち寄る。
「今夜の夕食、何にしようか」葵が野菜を手に取りながら尋ねた。
「そうねぇ……春野菜のパスタなんてどう?」
「いいね。じゃあ、アスパラガスとグリーンピースを買おうか」
家に戻ると、二人は濡れた靴を玄関で脱ぎ、部屋に入った。葵が台所で夕食の準備を始める中、瑠璃はスケッチブックを取り出した。
「今日見た風景を描いてみようと思うの」瑠璃が言う。
「いいね。僕も見たいな、瑠璃の目に映った今日の風景」
夕食後、二人は購入した本を読み聞かせ合った。瑠璃が詩を朗読すると、葵はうっとりとした表情で聞き入る。葵が料理本のレシピを読み上げると、瑠璃は楽しそうに次の休日の献立を考え始めた。
夜も更けてきた頃、二人は眠りにつく準備を始めた。ベッドに横たわると、自然と体が寄り添う。
「今日は素敵な一日だったわ」瑠璃がつぶやいた。
「うん、本当に」葵が答える。「雨上がりの散歩って、特別な魔法があるみたいだね」
二人は微笑み合い、そっと唇を重ねた。柔らかなキスの後、互いの体温を感じながら、ゆっくりと目を閉じていく。
窓の外では、また小さな雨が降り始めていた。その音を子守唄に、葵と瑠璃は穏やかな眠りについた。明日もまた、二人で新しい一日を過ごせることへの幸せと期待を胸に。
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