僕の小説

「人様に迷惑をかけるな」と聞かされ、それが正しいと信じて生きてきた。


友人は、違う考えを持っている。

彼は自分の考えこそが絶対的に正しいと信じて疑わない。

いや、正しいとか正しくないとか、そんな考えさえ持っていないだろう。

ただ、自分の思うままに生き、自分の意志に従って行動する。

それが彼にとっては、自然なのだ。


大衆の中に個人が存在するのか、それとも、個人の集合体が大衆なのか?

彼を見ていると、そんな疑問が脳裏をよぎる。


彼の主張は新鮮だった。

しかし、それはどこか共感できるものでもあった。

実は、僕の中にも彼と似たような感覚が眠っていたのだ。

知らず知らずのうちに、僕は自分を抑え込んで生きてきたようだ。


彼はカクヨムで小説を書いている。

その文章には、彼の「我」が満載に詰まっている。

それが彼の小説の魅力なのだろう、たくさんのフォロワーがついている。


自分が凡人であることを痛感する。

僕は彼の前では、あえて凡人であることを、ことさら強調して発言する。

そして、彼の魅力と対話するのだ。


……そんな小説を書けばいいのかもしれない。

しかし、彼の魅力を描いた文章は、果たして僕の小説と言えるのだろうか?

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