第13話 鴉 -ツバサ-

土御門神社。その裏手にある山奥で蘭は白い行衣という服装に身を包んで滝に打たれていた。

毎朝、5時に起床しこうしてこの滝に打たれて精神を統一してから1日が始まる。

それが終われば道着に着替えて今度は道場にて父親、妹と共に剣術の鍛錬に励む。妹の瑠依も何れは蘭と同様に怪異達と渡り合う日が来るというのは避けられない事実だった。


「はッ!!やぁッ、せぃッ!!」



「うわッ!?くぅうッ、このぉおッ!!」


蘭が木刀を用いて瑠依を果敢に攻め、間合いを詰めた時に瑠依が繰り出した右から左への鋭い一閃を防ぐ。そして立て続けに放たれた右からの袈裟斬りによる一閃をも刃で防ぎ、競り合った末に右斜め下へ追いやってから跳ね除けると同時に素早い動作から隙を突いて彼女の首の右側へ木刀の刃を寸前で止めた。


「うッ…参りました……。」



「…これで私の勝ち。仮に実戦なら瑠依は5回も死んでる。」



「そうだけど…蘭姉が強過ぎるんだってば、

練習なんだしもっと手加減して!!」



「…手加減したら鍛錬にはならない。常在戦場…常日頃、自分が戦場に居る様な緊張感を持たなきゃ駄目よ。」



「むぅうッ…お姉ちゃんのケチ!!お父様!お父様は練習の時位、加減してくれても良いと思いませんか?」


くるりと瑠依が左端に居た総司へ尋ねると彼は

蘭を見てから首を横へ振った。


「瑠依も何れは蘭と同様、務めを行ってもらう事になる…その為に自分が死なない様な動き方、立ち回り等を学ぶ必要が有る。それに相手は人ならざるモノ…加減などしてはくれない。」


諭す様な言い方で瑠依へ話し掛けると彼女は

木刀を握り締めたまま、俯いてしまった。

瑠依はまだ実戦へ赴いた事は無いが万が一に備えて鍛錬をし常に己を鍛えておかなくてはならない立場。故に下手に甘やかせば彼女の為にはならないのだ。腑に落ちないのか瑠依は木刀を握り締めたまま突然大声を出した。


「どうして…どうして戦わないといけないの!?いつもいつも、学校が終わったら真っ直ぐ家に帰って鍛錬ばっかり!私だって友達と遊んだり、お休みの日は出掛けたりしたいのに…私の人生が誰が決めたか解んないお務めだけで終わるなんて絶対にイヤ!!」



「…いい加減にしなさい瑠依ッ!!」


見兼ねた蘭は左手で瑠依の頬を右手で打った。

乾いた音と共に彼女が頬を抑えたまま呆然と立ち尽くしている。


「いッッ…お姉ちゃんのバカ!!こんな家、大っ嫌い!!」


木刀を放り、半泣きで道場を飛び出した瑠依を蘭が追おうとしたが総司により止められてしまった。


「私の言い方が不味かったか…女子というのは扱いがどうも難しい。」



「…いえ、悪いのは瑠依の方です。土御門家に産まれた女児は皆…護国の巫女として人ならざる者達と戦う事を定められている。例えそれが男児であれば尚の事。」



「あの子はお前の様に覚悟が決まっている訳ではない…。それにまだあの歳だ、周りの子が望む事をしたいのは当然だろう。仮に望むのなら、私は蘭にも瑠依にも…ごく普通で当たり前の生活をして欲しかった。」



「…お父様。」



「それよりも蘭、そろそろ学校へ行く時間だろう?瑠依の件は母さんとも話してみる…お前はお前の成すべき事を成すのだ。」



「…はい。失礼しました。」


蘭は総司へ一礼し、2人分の木刀を片付けた後に道場から立ち去って行った。

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本来なら瑠依と途中の路地まで歩いて行くのだがこの日は既に瑠依の姿は無かった。母親の小夜に確認すると先に来て泣きながら朝食を摂って訳も話さず出て行ったのだという。

蘭は瑠依の事を何処か気に掛けながら登校していると後ろから背中を叩かれ、振り返ると真希がニコニコと笑いながら立っていた。


「おっはよー…ってどうしたよ?いつもより何かテンション低い気がするけど?」



「…少し色々有って。真希は相変わらず元気そう。」



「まぁね。元気だけがウチの取り柄っていうか!つーか蘭ももう少しテンション上げたら?可愛いのに色々勿体ないよ。」



「…そういうのは私には無理。」



「何もキッパリ言わなくても…って何だろう、人集りが出来てる。」


真希が人集りを見つけ、2人はそこへ向かって行くと野次馬がチラホラと一角に群がっていた。

その隙間から見えたのは警察官と思わしき紺色の上下服を着た数人の男性達。野次馬から聞こえて来るのは「殺人事件」、「自殺」、「気味が悪い」といった物騒なワードばかり。

彼等を掻き分ける形で真希と蘭もその現場を見に行くと規制線から離れた位置でそれを見ていた。


「ちょっとごめんなさい…っと。うげッ、何か凄い事になってるよ…何かグロい……。」



「…うん。」


ビニールシートが掛けられているから全ては見えないが、人と思わしき何かがバラバラに食い散らかされているのは解る。その上、気味が悪いのはその周囲に何羽かカラスが止まっているという事。彼等は飛び去る事をせずに野次馬や

現場の周囲を見ている様にも感じられた。


「…行こう、遅刻する。」



「あ、待ってってば!」


蘭は野次馬の群れから抜け出すと真希と共に学校へ向かう通りへ戻って歩き出した。


「まさか昼間にあんなの見るなんて…つーか此処最近マジで物騒になって来たじゃん。あたしも何かあったら嫌だなー。」



「…真希は死なないと思う。」



「え?…何でよ?」



「…だって、私より結構丈夫そうだもの。怖いのとか跳ね除けちゃいそうだし。腕っ節も私より強そうだから。」



「もうッ!私だってか弱い乙女なんですけど!?」



「…ふふッ、冗談だよ冗談。」


蘭が僅かに微笑むと真希が彼女へ悪絡みして来る。そしてそのまま学校へと向かって行った。

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剣介もまた自身の通う学校へ向かっている最中、彼は公園のベンチに腰掛けて泣いている

中学生位の黒髪の少女を見つけると足を止めた。

今の時間帯だと中学生なら遅刻ギリギリで走っても恐らく間に合うか否かの瀬戸際。

流石にほっとけないと判断した彼は少女の元へ近寄ると声を掛ける。


「どうした、具合でも悪いのか?」


少女は首をふるふると横に振り、服の袖で目を擦ってからポツリと呟いた。


「お姉ちゃんと…ケンカした……。」



「ケンカ?成程、それで泣かされた…って奴か。」


兄弟喧嘩ならぬ姉妹喧嘩、大体こういう時に勝つのは歳上の方なのは知れている。

だが彼女の場合は相当堪えたのか直ぐに泣き止む様な気配はなかった。


「キミの名前は?何処の中学校?」



「瑠依…。学校は…下山中…。」



「瑠依か。俺は高岸剣介、フツーの高校生。学校まで一緒に──」


剣介が持ち掛けたが彼女は首を横へ振った。

つまり学校へは行きたくないという意味なのだが剣介にはどうしようもない。かといってこのまま放置していれば変出者に何かされるという可能性も捨て切れない。考えた末に出した答えは彼もサボるという事だった。


「はぁ…仕方ねぇな、俺も付き合うよ。此処だと色々不味いから行こう?」


剣介は立ち上がると瑠依と名乗った少女と共に公園を出ると来た道とは別方向へ歩き出す。

その足で向かったのは駅の方面、つまり川下事務所の有る場所だった。横目で傍に居る瑠依を見てみると彼は何処か違和感を感じていた。

何故なら初めて会った気がしないのだ。

彼女と似た容姿をしている子と何処かで会っている様な気がしていた。


「……気の所為だよな?何か土御門に似てる気がする。」



「…?何か言った?それより何処行くの?」



「俺のバイト先…というか話せば長くなるんだけど、そこなら預かって貰えるかなって。」



「ふぅん…。大方コンビニ?それとも託児所とか?」



「違う、もっと別だ。」


その足で事務所へ辿り着いた剣介はドアをノックし、様子を伺っているとドアが開いて和服姿の神楽弥が顔を覗かせて来る。


「あら、剣介さんじゃないですか。…其方の方は?」



「ちょっとその辺で知り合った。泣いてたもんだから危ないと思って連れて来たんだけど…先ずは中に入れてくれない?」



「はぁ…?」


神楽弥が瑠依の方へ視線を向けると彼女は剣介の後ろへ隠れてしまった。そして室内へ招かれると剣介は瑠依を来客用のソファへ座らせ、神楽弥と共に離れた位置でコソコソと話を始めた。


「どういうつもりですか!?こんな真昼間に女の子なんか連れて来て!依頼人なら兎も角、あの子どう見ても未成年じゃないですか!!」



「し、仕方ねぇだろ!?向こうだって泣いてたし何か起きてからじゃ困ると思って…つい。」



「ウチの事務所は教会でも、交番でも、児童保護施設でもありません!!もうッ!!」


頬を膨らませて剣介へ詰め寄ると神楽弥は溜め息をついた。椿に関しては外せない用事が有って今は不在なのだという。神楽弥だけ残っているのは悪霊退治の依頼ではないからとの事だった。


「はぁ…今日一日だけですよ?せめて夕方、それ位になればあの子の両親も帰って来ると──」


神楽弥が言い掛けた時、遮る様に瑠依が突如として大声を上げる。


「帰らない!!あんな家…絶対に帰りたくない、帰るもんか!!」



「わぁッ!?もしかしてき、聞こえてた…?」



「聞こえるよ…耳良いから。それに貴女、人間じゃない……もっと違う存在でしょ。」


いつの間にか瑠依が2人から離れた位置に立っていて、神楽弥を指差してじっと見つめていた。


「どうしてそう思うの?」



「だって…不自然だから。肌や指先とかの感じからして人間のモノじゃない。魂は人のだけど、悪魔で他は作り物。でも悪い人じゃない。」



「凄い…全部当たってる。それで貴女のお名前は?」



「土御門…瑠依。」



「ツチミカド?ツチミカド…ツチミカド…って、もしかして貴女──ッ!?」


神楽弥が剣介を一度見てから再び瑠依を見つめる、そして再び口を開いた。


「ら、蘭さんの……妹…さん?」



「えッ、嘘だろ!?」


剣介も思わず驚いて振り返ると瑠依は無言で頷いた。


「…そうだけど、あんな奴知らない。それより私の事雇ってよ。足も早いし…耳も良いんだよ?それに探そうと思えばどんな物も探せる……これでね?」


瑠依が前髪を左手で掻き分けると額には薄らと

目の様な印が赤い何かで描かれているのが解る。近付かないとギリギリ解らない程の薄さだった。


「何だあれ…大きな目?」



「恐らく…アレが千里眼ですよ。どんなモノも見通してしまう事が出来る目、人の心やこの先起こる未来の出来事さえも見えてしまうんです。」


神楽弥が一通り剣介へ説明すると瑠依はニッと歯を見せて笑っていた。


「そういう事。例えば…今から此処に女の人がやって来るけど、その人は何故かとってもガッカリしている。理由はねパチンコで負けたから…それも大当たり?っていうのを思い切り外したから。」



「おいおい、幾ら何でも有り得ねぇって。大体女の人って何処の誰の──」


すると少し経って事務所のドアが開き、椿が肩を落とした状態で入って来る。そして事務所のソファへと腰掛けて大きな溜め息をついた。


「つ、椿さん!?大丈夫…ッスか?」



「あ、あー…高岸君…来てたのかい。」



「どうしたんスか?やけに元気が無いみたいですけど…。」



「いやね…依頼の帰りにパチンコ屋寄ったのよ。そこで運試しに回してたら突然リーチ掛かって…よっしゃ大当たり!!って所で外したのさ…それから何回かやったけど、ぜんっぜんダメ。お陰様で大損ぶっこいて負けたって訳…。」



「あ、当たってる…!?」


剣介が思わず口にすると瑠依は得意気に笑っていた。


「ウソじゃなかったでしょ?これが私の力…当たったんだもん、雇ってくれるよね?」



「そ、それは…椿が決める事で私が決める事じゃな──」



「……良いよ、人手不足なんだから。」


そこへ椿が唐突に口を挟むと3人の方を見ながら話し掛けて来た。


「ちょっとッ…椿!!」



「良いの良いの、人数多い方が色々楽になるってモンだろう?あぁ…それと私からアンタに伝えておくよ。アンタのお姉さんは割りと何度も死に掛けてるし怖い思いもしている…何だったら死ぬかもしれない。その覚悟がアンタには有るかい?」


じっと瑠依の方を見つめると彼女は無言で頷いた。


「……じゃあ臨時で雇ってあげよう、獲物は好きなの持って行きな。それから高岸君と神楽弥はサポートしてやって。」



「えぇ!?俺も行くんスか!?」



「トーゼンだろう?巻いた種は自分で処理しないと。そうしなきゃ世の中は回らないんだよ。」


ピッと椿は机の上を指差すと依頼書が置かれていて、それを神楽弥が取りに向かう。

彼女はそれを手にして剣介の元へ来ると差し出して来た。


「…今日の夜に廃墟となったデパートに溜まっている悪霊の掃討をします。瑠依さんもそれで構いませんね?」



「別に良いよ、片っ端から片付けるから。」


瑠依は事務所奥にある武器庫で戦闘に使う為の獲物を物色しながらそれに返事をすると頷いた。こうして3人は悪霊の討滅を行う事に決めたのである。

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「…瑠依が帰ってない?うん…解った、帰りに駅の方とか探してみる。」


同じ日の放課後、蘭は誰も居ない教室で電話を終えると携帯を通学用の鞄の中へとしまった。

相手は彼女の母親で瑠依が学校にも行かずぬまま家にも帰っていないのだという。

教室のドアが開くと由利香が入って来てそのまま蘭へ話し掛けた。


「ねぇ蘭?昼間話してたカラスの事で変な噂が有るんだけど…。」



「…変な噂?」



「ネットで調べたんだけど此処最近、謎の失踪を遂げている人が増えてるんだって。それも1回とか2回じゃなくて相次いで。それと、つい2日前に住宅街の有る通りを歩いていた人が偶々空の写真撮ったのがコレらしいんだけど…これも何か気味が悪くてさ。オマケに悲鳴みたいなギャーギャーって声が聞こえたんだって」


由利香が携帯の画像を見せて来るとそこには夕焼けの空に映る巨大な黒い横向きの楕円形をした何かがあった。方角的に山の方へ向かっているのが解る。


「…穴?でも何か違う…。」



「今、ネット中大騒ぎらしいよ?ブラックホールだーとかUFOだーとか色々騒いでる。」


蘭はじっと画像を目を凝らしていると、彼女はポツリと呟いた。


「…多分、この黒いのは鳥。それとポツポツ映っている細かい点も…全てカラスかもしれない。」



「カラス!?」



「…これが撮られた方角は恐らく学校から離れた場所にある北側の山奥、多分そこに居る筈。」


蘭は支度を終えて鞄、刀袋の順に背負うと由利香と共に教室を後にすると共に廊下を歩き始めた。


「大きさ的に大丈夫?蘭1人で戦えるの?」



「…何とかしてみる。キツそうなら由利香に援護してもらうから。」


そして階段を降りて1階の玄関へ来ると靴を履き替えてから2人は写真の撮られた方角のある山へと向かって行った。

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日が落ち、辺りが薄暗くなった頃。

蘭と由利香は目的の場所の近くへ辿り着く。

そこは人気の少ない場所で付近の路地も街灯も疎ら、それに1人で通るのは成る可くなら避けたい所である。そこにある黄色い規制線を越えて木製の階段を伝い、2人の学生が歩いて上へ上へと向かって行った。

蘭は道中でペン型の懐中電灯を由利香から受け取るとそれを手にし照らしながら進む。そしてある程度登り切った所で今度は舗装された通りを歩き出した。


「…真っ暗。それに風が冷たい。」



「うへぇ…夜の山って気持ち悪い。らーん、さっさと討滅して帰ろうよ?」



「…解ってるだから──」


コツンと蘭の右足の爪先に何かが当たって足を止める。それは硬い何かで石や木の枝とはまた違うようで、彼女が足元を照らしてみるとそこに落ちていたのは苔の生えた白っぽいした白い何か。

それは丸く、左右の穴とその下に1つ穴が空いている他にその下には白い粒の様なものが半円を描く様に並んでいる。それは人骨だった。


「…骨だ。それも動物じゃない、人の骨。」



「うっそマジ!?うげぇッ…嫌なの見ちゃったなぁ。」



「…由利香、言い方が良くない。この人が可哀想、死にたくて此処で死んだ訳じゃない。」



「そ、そうだけど…ッ!?」


今度は何かが羽ばたく様な音、そして風に乗って此方へ漂って来たのは鉄臭い匂い。血腥いとも言うべきだろうか?


「…奥に居る、行こう。」


蘭はその場にしゃがんで頭蓋骨へ両手を合わせると再び立ち上がり、奥へと進む。

その最中に彼女は鞄を由利香へ預けながら刀袋から赤鞘の刀を取り出してそれを握り締める。

木々の生い茂る森を抜け、辿り着いた開けた場所はおぞましい光景が拡がっていた。

夥しい量の骨とボロボロになった布切れ、赤黒く変色した地面と腐りかけている最中でハエの集っている腐乱死体。そのどれもが腹部を食い荒らされ、両腕や両手足が欠損している物、両目が抉られていたり左右何方かの目が抉られている物、胴体が真っ二つになっている物とどれもグロテスクな状態で男女の判別も年齢の判別もつかない。由利香は眉間に皺を寄せて蘭の後ろへ隠れてしまう。


「も、もしかしてこれ全部…ッ。」



「…街で攫われた人達、その成れの果て。そして此処で攫った人達を食べた…自分達の餌として。」


周囲に散乱しているのは死体だけではない。

黒い羽根もまた所々に散らばっていて、彼等を喰らったであろう存在を物語っていた。

そして2人の正面にある木々の奥から現れたのは全身が真っ黒な鋭利な爪を持つ二足歩行の生物で身体の左右には黒い羽を持ち、顔には赤い目と共に鳥の様な嘴を持ち合わせている。

蘭が由利香の前へ出て相手と向かい合った。


「貴様ら…ヒトか。」



「…この数の人間をお前一人で喰らったのか?」



「我々は定めた掟に基づきヒトを喰らう…それだけの事。」



「…掟とは何だ?お前達は誰と何を交わした。」



「その様な古き事…今更ながら蒸し返すのか?小娘。」



「…答えなければ斬る。」


蘭は僅かに左手親指で鯉口を押し上げ、威嚇すると相手の目が細まる。そしてカラスの化物は口を開いた。


「欲したのは貴様ら…そしてそれを呑んだのも貴様らだ…他に理由が必要か?」



「…だから何を──ッ!?」


すると周囲から現れたのは目の前の相手とは別の黒い影の様な出で立ちをした存在である亡骸、顔はそれぞれ骸骨の様な見た目をしている。


「掟を…約定を守れ…さもなくば──」


そして右側に居た亡骸が蘭へ襲い掛かり、振り上げて来た鋭い爪を彼女は後方へ躱してその場で抜刀し鞘を手放すと身構えていた。そこへ立て続けに攻撃が仕掛けられると蘭は一撃、一撃を刃で右へ左へと弾きながら応戦し続ける。


「…くッ!!」



「大丈夫!?蘭ッ!!」



「…こ、此処へ誰も…近付けないで!!」


左から放たれた薙ぎ払う様な一撃に対し、蘭は身体を後方へ逸らして躱す。刺突が襲い来れば左へ飛び退いて躱し、駆け出した彼女は跳躍し頭上から刀を振り下ろして反撃した。

しかしもう一体の亡骸が彼女へ立ち向かい、跳躍すると右脇腹へ左足での強烈な前蹴りを放ったのだ。


「…なッ──がぁッ!?」


吹き飛ばされた彼女は地面を転がり、積まれた死体の山へ背を打ち付けてしまう。そこへ再び跳躍した別の亡骸が左右の手を振り下ろして彼女を串刺しにせんと襲い来る、蘭は身体を無理に起こして躱して駆け出したが別の亡骸が直後に蘭へ奇襲を仕掛けると腹部を殴り付けて吹き飛ばし、木へ身体が勢い良く叩き付けられる。

激痛と共に呼吸がままならなくなってしまった。


「うぐぁ!?あ…っぐ…ッ…。」



「ギギギッ!」



「ギギ…ギギギ…!!」


2体の亡骸、そして鴉の様な見た目をした化け物。1体の亡骸でも苦戦を強いられるというのに厄介なのがもう1体…そして本丸が1体居る。

視線を向けた先に立ちはだかるのは自身を殺さんとする化け物達。


「小娘。苦しみ…死ぬのは辛かろう…ならいっそ我々が貴様を解き放ってやろう……。」


そう化け物が口にした時。蘭は眼鏡とリボンをそれぞれ外して胸ポケットへ入れると再び立ち上がって身体の向きを横へ変えて刀の柄へ左手を添え、左右の手首を交差させて自身の顔の横で刃を上にした霞の構えへ移行する。

それはまだ自分はやれるという明確な意志を表すのに十分だった。


「…貴様らを討つ。」



「なら…この場で朽ちるがいい。」


蘭から見て左側の亡骸が襲い来る、そして彼女との間合いが詰まる最中に蘭の持つ左右の黒い瞳が血の様に赤く染まり、瞳孔も変化する。


「ッ──!!」


それはほんの一瞬、すれ違い様に彼女は刃を左斜め下に振り下ろした直後に今度は一瞬だけ身体をその場で素早く回転させると左から右へ掛けて振り斬った。直後に蘭の背後で亡骸の肉体が裂けてバラバラとなる。続いて襲い来る別の亡骸の連続刺突を軽々と左右に身体を捻って躱したかと思えば駆け出すと同時に跳躍、同時に両手で繰り出された刺突を空中で身を僅かに捻っては紙一重で躱してその勢いのまま刀を下へ向けて顔面を刺突し穿った。刃を引き抜いて離れると赤い血液が傷口から飛沫し、それが蘭の頬や額へ付着する。血を垂れ流すその様は両目の様子と相まって異様な雰囲気を醸し出していた。


「……貴様、もしやの者か?であれば何故ヒトへ力を貸す…我々と共に歩むのが道理であろう?」



「…私は貴様らを…人に害を成す者共を狩る。それだけの事。」


そして刀の刃先は目の前の化け物へと向けられ、再び蘭が身構える。彼女の持つ黒く長い髪が静かに夜の風に靡いていた。


(つづく)

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