第14話 和解 -シュウソク-

刀を初めて手にしたのは10歳の時。

こんな重い物を振り回すのは自分の力では無理だと思った。それを持てる様にし、護国を守る為にヒトを脅かす者達を討つ事…それが土御門家に生まれた者の運命であると父様が私へと話した。その時、最後に何かを私へ伝えたがそこだけは憶えてはいない。

血の滲む様な鍛錬は重ねていく度に私を変えた。


・同い歳の子が遊ぶ中で私は鍛錬を

・同い歳の子が夜に眠る中で私は討伐を

・同い歳の子が親と出掛ける中で私は刀術を


そして初めて怪異と退治し討滅した日。

私は土汚れと痣と擦過傷だらけで帰宅した。

着ていた服もボロボロ、動かす度に身体が痛む。家の戸を開けると母様が涙ぐんで駆け寄って私を抱き締め、後から来た父様が私を撫でてくれた。「良くやった」と一言添えて。

いつか妹と私が共に討伐に向かう日が来るのだろうか?


もし…そうなれば……もしその日が来たら私は──

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「はぁああぁッ──!!」



「ふん…ッ!!」


蘭か地面を蹴り、駆け出して刃を鴉へ振り翳すが躱されてしまう。その動きは先程狩った亡骸よりも早い。そして背後に回られると同時に蹴り飛ばされてしまった。後ろからの強い衝撃により離れの木へ目掛け突っ込んで行く。


「うぐぅッ!?くッ──!!」


だが蘭は木へ激突する最中に身体を前転させ、向きを変えると同時に両足で木を力強く蹴って勢いのまま立ち向かう。そして左手で柄を握ったまま鴉の身体へ刃を右斜めから袈裟斬りに振り下ろし斬り裂いた。

着地したと同時に血飛沫を撒き散らして後退していく。刃を右へ振り抜いた彼女は再び向き合うと刀を片手にし容赦なく襲い掛かる。


「ギィイイイイイッ!?」



「ッ…!!」


刃を右へ向けた状態から駆け、間合いが詰まりつつある中で鴉は右の羽を自身の左側へ振る様な動作を見せた時、無数の何かが蘭へ向けて放たれた。それを刀で弾き飛ばしたが弾き損ねたその内の何本が左肩や右足太腿、左脇腹へと突き刺さる。


「…なッ!?うぁ…ッ!!」


その場から後退し、刺さったそれを全て力任せに引き抜いて地面へと投げ捨てる。それは鳥の羽根で黒い羽軸と羽柄を持っていて白い羽柄の部分には蘭の血液が付着し赤く染っていた。


「今一度問う。何故…その力で我らを討つ。」



「…言った筈だ、ヒトとお前達が何を交わしたかは知らない……だが害を成す以上は狩ると。」



「約定を破り…その上この様な形で我らに報いるとは…ヒトも変わったモノだ。」



「…これ以上、人を食わせるものか!!」


蘭が正面で構え直し、鴉を見据えると彼女から仕掛ける。そして今度は左右の羽を振り抜いて放たれた無数の羽根を蘭は刃で弾き飛ばしながら突き進む、そして刃先が鴉の喉元へ到達仕掛けた時…目の前の敵は左足で地面を蹴り上げて

飛び上がったのだ。そして分が悪いと判断したのか飛び去ってしまった。


「…逃した。」


蘭の瞳が元へ戻ると駆け寄って来た由利香の方へ振り返る。


「蘭ッ!」



「…由利香、早くアイツを追って!」



「う、うんッ!!」


頷くと由利香は蘭と擦れ違い、空中へ向けて札を投擲する。それが鴉の羽の中へ潜り込むと

2人は鴉が向かった先へ走って行った。

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同じ頃、剣介達は指示書に記載されていた場所にて悪霊の討滅を行っていた。彼が刀を用いて次々と気味の悪い連中を斬り裂いては次、斬り裂いてはまた次と立ち向かって行く。


「んの野郎ッ!!一体何処から湧いて来るんだよ!?くそッ!!」



「これは言わばガス抜き…こういう人気のない所には悪霊が溜まり易いんですッ!!」


神楽弥が剣介から離れた位置で右手を突き出すと白い光の矢が襲い来る悪霊達を跳ね除け、一方で瑠依は鉄扇を用いて戦っていた。


「これが実戦、鍛錬とは全然違う…!」


ただ数が多いだけではない、厄介なのは多少なりとも何とか出来ても直ぐに増えてしまうという所。つまり元を絶たねば終わらないのだ。


「こんのッ、いい加減執拗い!!」


瑠依が鉄扇を振り下ろして悪霊を頭から股下へ掛けて一刀両断、周囲を見回すと奥の方に何かが居るのが解る。それは空中に浮かんでいる白い肌を持つ気味の悪い顔、頭から伸びているのは黒く長い髪だった。そしてブツブツと何かを呟く度に悪霊が地面から湧いて出て来る。


「見付けた、あれを仕留めれば…止められるかも!!」


彼女が急に駆け出すとそれを見た神楽弥が止めようとする。


「待って下さい!!あれは異魂いこん、迂闊に手を出すのは──ッ!?」


瑠依が懐から札を取り出して神楽弥の警告よりも先に投擲するとそれが異魂へ向けて飛散する、しかし無惨にも弾かれてしまった。

そして反撃として放たれたのは黒い髪の毛を編んだ様な鋭い何かで反応に遅れたせいか躱すのがままならない。


「嘘、やばッ──!?」



「危ない…瑠依さんッ!!」


だが間一髪の所で剣介が割って入り、彼女を右方向からタックルする様に抱えて地面へ倒れ込む。剣介は右肩と脇腹へ刺突を受け、左腕も擦り剥いてしまった事で血が滲んでいた。

貫通せず、傷が浅かったのが不幸中の幸いだった。


「うぅッ…。」



「痛ってぇ…ッ、瑠依ちゃん大丈夫か?」



「う、うん…大丈夫…ッ。」



「良かった、なら早く──痛ってぇッ…くそッ…やられちまった…。」


刺された肩を抑えながら立ち上がろうとした時、痛みが走った事で右脇腹を抑えると血が手の平に付着していた。当初の連携プランが崩れた事でオマケに悪霊に囲まれてしまうという負の連鎖を招く結果になると剣介は刀を掴んで無理に踏ん張るとズボンの左ポケットから2枚の紙を取り出して1枚を脇腹へ貼り付け、止血すると1枚を中指と人差し指の間で握っていた。


「こんな傷でへばってたら…アイツの…土御門の…護衛役が務まるかってんだ…ッ!!」


息を切らしながら彼がニヤリと笑った直後、今度は建物の天井を破壊し何かが降って来る。

月明かりに照らされてる形で瓦礫と土埃の中から現れたのは鴉の様な化け物で何かで斬られたのか斜めに傷が入っていた。悪霊達は瓦礫に潰されたり、化け物の足元で潰されたりと苦しんでいる。


「まだ…アレは無事らしい……それにしてもまた…似た様な輩と出会すとは…。」



「ばッ、化け物が喋った!?あの時の…変な傘野郎と同じ…!」



「……刃を下ろせ、ヒトよ。我らと交わした掟を忘れたか?」



「いきなり出て来て、何言って──おわぁあッ!?」


剣介が構えようとした直後、化け物が突進し

彼を吹き飛ばそうと立ち向かって来る。

咄嗟にそれを左に躱すと剣介は左手に持つ札を投擲する。それが狐の式神へ変化すると鴉の化け物へと向かって行った。瑠依がそれを見て剣介の方へ振り返る。


「あれって…お姉ちゃんの!?」



「そうだ玖遠だ…ッ…!借りたのさ、アイツからな…!!」


剣介が立ち向かおうとするのを見て、腰が抜けたのか瑠依は座り込んだまま動けなくなっていた。

あれだけ死にそうな目に合っても彼は化け物と戦おうとしているのだから。離れでは剣介と鴉の化け物による戦闘が幕を開け、刀の弾かれる鈍い音が聞こえて来る。神楽弥に関しては襲い来る悪霊達への露払いで対応が追いつかない。


「私は…結局…強がってただけで…何も……。」


すると瑠依から見て左右奥の柱の陰から悪霊が数体、襲って来る。だが武器である鉄扇はあの時手放していて何処へ行ったか解らない。

頼みの形代も全て使い果たしてしまった、つまり今の自分は丸腰そのもの。

このままあの連中に食われて自分は死ぬ…そう思っていた。距離が縮まりつつある中で遂に彼等の無数の手が瑠依へ向けて伸びて来る。


「ご…ごめんなさい…お父様…お母様…お姉ちゃんッ……私は…瑠依は…強がりだけで…情けなくて…弱虫で…ダメな子で…ッ…!!」


そして間合いが詰まり掛けた時、

何かが1体の頭部へ命中し悲鳴を上げて倒れる。

続いて2体、3体の首や胴が斬り裂かれて崩れ落ちた。4体目は首を刺し貫かれた挙げ句に崩れ落ちると声が聞こえた。


「…私の妹に触れるなぁあッ!!」


そして刃を抜いて払うと血が飛沫し、彼等の元であった黒い塵が風に舞う。瑠依が顔を上げるとそこには背を向けた姉、蘭が立っていた。


「お姉…ちゃん…?お姉ちゃん…!」



「…此処に居て。後は由利香が何とかしてくれる。」


そう言い残すと蘭は深呼吸した後、剣介の元へ駆け付ける最中に再び両の瞳と瞳孔が変化。そして彼が離れた直後に奇襲を仕掛けて振り向き様に右側の羽根を根元から真っ向斬りによって斬り裂いた。斬り裂かれた事で周囲に黒い羽根が撒き散らされる。


「なッ…貴様…何故此処が!?」



「…今度こそお前を討つ。はぁあッ──!!」


鴉が左右の足によって連続蹴りを放てば蘭はそれを身体を捻って躱し、更に地面を蹴って後方へと跳躍し躱しては直後にあの羽根が幾度も飛んで来ようものなら全て刀で弾き落とした。だが翼をもがれようが鴉は蘭よりも動きは早く、反撃される前に彼女の背後へ回り込むと嘴による刺突を繰り出したのだ。


「…ッ!!」


しかし蘭は咄嗟に刀を逆に持ち替え、自身の右脇腹の横を掠める形で背後へ刺突を繰り出す。それが命中し怯んだ直後、振り返ると刃を再び持ち替えて頭部から股下へ掛けて一気にそれを振り下ろして斬り裂く。硬い嘴だろうと意図もせず刀で斬り裂いてしまうと鴉は動かなくなり、血を噴き出しながら倒れてしまった。瞳が元へ戻ると蘭は振り返って剣介を見つめる。


「…高岸君、そのケガ…大丈夫?」



「あ、あぁ…何とかな。」


由利香が人魂を仕留め、神楽弥も討滅を終わらせると振り向いて蘭達へ合図した。


「そうだ!アイツ、何かアレが無事だとか何とか…。」



「…アレって何?アレだけじゃ何も解らない。」


蘭が問い掛けるが剣介もそれ以上は解らなかった。そして刀の血を払い、納刀すると蘭は1人で居る瑠依の元へ向かうと近くで立ち止まった。震えている彼女を見てから蘭はゆっくりと口を開く。


「…怪我はない?」



「へ、平気だよ…お姉ちゃん…!あの、えっと…そのッ……。」



「…ごめんなさい。」


そう呟くと蘭は自分から頭を下げた。


「……え?」



「…今朝、瑠依の事叩いたから。けどお父様も本当は私達を危ない目に会わせたくない…だから厳しい鍛錬を重ねる事で身を守る様に教えているの。確かにお務めが土御門家の役目…けどその果てに私達に死んで欲しくはないの。それだけは瑠依も解ってあげて欲しい。」



「私も謝ろうと思ってた…ごめんなさい、お姉ちゃん。私、何でも自分で出来るって思ってた…千里眼さえ有れば何だって…でも全然違った、怖くて怖くて…死ぬかと思った…。」



「…最初は私も瑠依と同じだった。初めから強くなんてない…だからまた一から始めれば良い。」


瑠依を宥めると蘭は僅かに微笑んだ。

そして彼女が落としてしまった鉄扇を回収するとその場に居た全員は廃墟を後にした。

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蘭達が去ってから数時間経過した後。

今度は別の人影がそこへ現れた。

それは紺色のセーラー服を身にまとった黒髪の少女、知世。周囲に飛散した夥しい血痕や戦闘の後を見ると何かを察して奥へと歩いて行った。


「どうやら呆気なく死んだらしい。赤いマントの奴…虚無僧…そして鴉…、何れも魍魎の中ではそれなりの実力の筈だが如何せん役不足という事か。」


止まったままのエスカレーターを上がって向かったのは何かのテナントが入っていたフロア。

そこのカウンターの奥に有ったのは楕円形をした黒い球体。それは心臓の鼓動の様にドクンドクンと脈打っていた。


「…成程、どうやら奴はただでは死ななかったらしい。ヒトを喰らった鴉が産み落としたモノ…まぁ此方のセカイならある意味では災厄そのものか。それにしても今だに我等の数は減る一方…同胞が死に行く様はいつ見ても堪えるというモノだ。双異界約定そういかいやくじょう…互いの世界で取り決めた掟、それをヒトが違えれば最後に待つのは破滅だ。」


知世が背を向け、立ち去ると同時に再びエスカレーターを下っていると後方から気味の悪い叫び声が聞こえる。それを聞いた彼女は足を止めて不気味な笑みを僅かに浮かべるとそのまま歩いて立ち去った。

まだ事件そのものは片付いた訳ではない。

これから幕を開けるのは鴉が残した異物、それにより齎される災厄だという事をこの時はまだ知世しか知らなかった。



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