第12話 呪 -ノロイ-
川下相談事務所とは、主に人探しや猫探しの他に裏案件で怪異や悪霊等の請け負う事が殆ど。
そして事務所の受付担当と情報収集をしているのは主に椿の式神である神楽弥の役割となっている。
切っ掛けは椿の元へ寄せられた1つの依頼からだった。
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「…ねぇ椿、変な依頼が来てる。」
「変な依頼だって?あぁー…除けて良い、除けて良い。どうせ何処ぞのワルガキが暇潰しに書いたんだろ?」
蘭も剣介もまだ居ない昼の時間帯、神楽弥が振り返って椅子に腰掛けていた椿へ話し掛けて来る。
回転するタイプの椅子の背もたれ部分へ寄り掛かったまま彼女が応対するが神楽弥は首を横へ振った。
「ううん。どう見てもこれ…椿宛。」
「……私?ほぉーう、ご指名して来るとはウチも鼻が高くなったもんだねぇ。」
立ち上がった椿は神楽弥の元へ来ると自身宛に届けられたメールの内容を読んでみる。
そこには
[ヒトを呪った場合はどうなりますか。また所長である椿さんはヒトを呪った事は有りますか。貴女のお話を聞かせて頂きたいです、宜しくお願い致します。]
と記載されていて、他には待ち合わせ場所の時間帯や差出人の名前。送って来たのが女性なのは解った。
「受ける?それとも──」
「…やっぱ受けとくよ、何か深みが有る気がするから。神楽弥も出掛けるから支度しな?」
「ええッ!?私も行くの?」
「当たり前だろう、何の為の式神なんだい?
確かにまぁ…雑務ばっかさせてるけど本命を忘れたらアンタも身体が鈍っちまうよ。」
「……はぁーい。」
返事をした神楽弥はパソコンの電源をスリープへ切り替えてからその場で自身の衣服を変化させる。服を赤色のスカーフが付いた学生服姿へ切り替えると椿の横へ立った。
「相変わらずお洒落で。髪は結ぶ?」
「うーん…髪留めだけで大丈夫。」
「あいよ。ほら、お気に入りの奴。」
椿は上着の左内ポケットから花飾りの付いた髪留めを取り出すと受け取った神楽弥が慣れた手付きでそれを前髪に嵌めた。
事務所から出て向かったのは徒歩で約20分歩いた先の通りにある喫茶店でそこが指定された待ち合わせ場所だった。店内へ入ると奥側の席にベージュ色のコートを羽織った小柄で明るい茶色寄りの髪をした女性が座って居て、奥へ進んで近寄ってみると女性は顔を上げてから一礼した。
「えっと、川下…椿さんですか?」
「そうだけど、アンタが三島乃亜…さん?」
「はい…来てくれたんですね。」
「こっちは連れの結良、ウチで預かってる子。私の仕事見学したいって事で同伴しているだけだから許してやって。それと話をする前に1つ書類にサインをして欲しい。この話を聞いても私達は外部に漏らしませんよーって約束事の紙だから大丈夫。」
椿がそう話し、用紙とボールペンを手渡すと乃亜は無言で頷いて承諾した。
椿と神楽弥は向き合う形で彼女の前にテーブルを挟んで腰掛けると注文を取りに来たウェイトレスに2人分のコーヒーとプリンアラモードを頼んでから話に入った。
「内容は確か人を呪うとどうなるか…だっけ?何故そんな事を知りたいのさ?」
「その前に…椿さんは先日のニュースで大学生のカップルが飛び降りした事は知ってますか?」
「知ってるよ…お互い手を繋いだまま飛んだってアレだろう?無理心中の線が濃厚だって話。骨折して重傷だったからまだ良い方、下手すりゃ死んでる。」
「あの事件、実は女の子が誰かに呪われていたんじゃないかって噂になってるんです。実は数日前に変な奴が彼女の周囲を彷徨いてるのを見たって。」
「……何故それを?」
「私の大学が事件現場なんです…何せ飛び降りが有ったのはキャンパスの屋上から。それに男子生徒は学校内でも女子からは人気な子でしたから。」
「ふぅん…それが誰かの掛けた呪いかもしれないと?」
椿はカリカリと右手の指の爪を噛み始めると
それを見た結良こと神楽弥が軽く小突いて「止めなよ」と視線だけ送って来た。途中で運ばれて来た物を各々で飲んだり食べている最中に乃亜が切り出す。
「呪いってやっぱり実在するんですか?もしそうなら──」
「自分も誰かを呪ってみたい……とか?」
「…ま、まさかそんな訳ないじゃないですか。」
じっと見つめている椿に対し乃亜は苦笑いして答えた。
「十中八九、ロクな目に遭わないから止めといた方が良い…ましてや自分から呪いを誰かに掛けようだなんて真似は特に。」
「…それは何故ですか?」
「人を呪わば穴二つって言葉の通り、他人へ害を成そうとすればそれが自分にも報いとなって帰って来るって話。穴は墓穴の事で…掛けた側も掛けられた側も双方の墓穴が要るのさ。簡単に言えばお互い死んじまうかもしれないって意味だよ。」
「説得力が有って凄いです…流石は何でも探してくれる人、言葉の重みが違いますね。」
「褒め言葉として受け取っとくよ。解ったなら呪いを掛けてくれーだなんて依頼は取り下げておくれよ?お代は結構、飲食代は私が払っとくから。行くよ、結良。」
「あ…えっと、本日はありがとうございました。貴女にも良い事が有りますように。」
椿が先に立ち上がって歩いて行くと神楽弥も立ち上がって一礼する。そして乃亜を残して店を後にすると椿は道中で歩きながら溜め息をついて前髪を右手で触っていた。事務所への近道として普段から使っているマンションが有る通りを2人は並んで歩いていた。
「さっきの件、アレで終わりなら良いんだけど。」
「ねぇ、呪いを掛けた事…椿は有るの?」
「神楽弥も同じ事聞くのかい?…有るよ、正確には掛けそうになっただけど。人間誰しも1度や2度は今の自分と他人を見て羨ましく思ったりするモノさ。富や名声…地位を欲しがるのも他人より優れていたいから。そしてその優れている誰を呪いたくなる…例えそれが自分のよく知る相手や友人だろうとね。」
椿が溜め息をついて前を歩いていた時だった。
「…!?椿、危ないッ!!」
「え…ッ?」
空を見上げると植木鉢が彼女へ目掛けて落下、神楽弥は咄嗟に胸元のスカーフ解くとそれを椿の頭上へ向けて投げ付けた。それがブーメランの様に変化すると植木鉢を破壊し砕け散る。椿は辛うじて数歩後退していた為無事だったが目の前には茶色い土の塊と共に植えられていた赤い花、砕けた植木鉢の破片が散乱していた。
「大丈夫!?」
「あ、あぁ…平気だよ。とは言え…流石に縁起が悪いね…こりゃ。」
「私でも気配は感じられなかった。偶々、椿の上を見たら気付いただけだったから。」
「…こりゃ、何か一悶着有るかもしれないね。」
椿は自分の左手の親指の爪を僅かに噛むと再び事務所を目指して歩き出した。
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「えッ、上から植木鉢が!?大丈夫だったんスか?」
「そっ。神楽弥が気付かなかったら今頃は死んでたかもね。」
先に事務所へ来ていた剣介と先程の話をしながら彼女は机の引き出しから新聞を取り出すとそれに目を通し始めた。
「椿さん、それは?」
「先日起きた大学生カップルの心中事件…の新聞記事。変わってるだろ?現代にお互い手なんか繋いで飛び降り自殺しようとするんだもの。」
「まぁ…そうッスね。」
「それに事件の発端となったM大学…さっき他に調べたら前にも似た事案や事故が多発してるっぽくてね。例を挙げるなら男子生徒がバイクで道路を走行中に突然ブレーキが効かなくなって追突事故を起こし全治3ヶ月もの重傷、改装中の足場が勝手に倒れて来て年配の女性教員が巻き込まれる大事故…それから学生寮を借りている女子生徒が自身の部屋で自殺未遂…それから男性教員の車が原因不明の火事によって焼失。その他色々起きてるって訳だ。」
「じゃあ、これも怪異とか悪霊の仕業ッスか?」
「可能性はゼロじゃないだろうね。けど──」
「けど…?」
「これ等の事件事故全てはM大学に通う生徒の誰か…若しくは教員が巻き込まれてるモノばかり。つまり誰かが裏で糸を引いている……という事さ。」
「な、成程…。」
「そこでだ、これから高岸君と私と神楽弥でM大学へ乗り込んで調査する。犯人の検討は大方付いているし…あとは確証が欲しいだけ。」
「俺も行くんスか!?」
「当たり前だろう?蘭と由利香は別の仕事で居ないんだから。ほら行くよ!」
立ち上がった椿が手を数回叩いて神楽弥と共に廊下へ出ると剣介も続いて出て来る。
M大学迄はタクシーを使う事にし、片道で約30分掛けて向かった。大学前で3人が降りて剣介だけが正面の門を抜け時、何故か椿は大学ではなく別方向へと歩き出したのだ。
その後を剣介が続いて追い掛けて行く。
「椿さん、学校向こうですけど?」
「学校には用は無いからねー。それにもう日が落ちてるからそう簡単に怪しまれたりはしないさ。」
「え、えぇ…?」
訳も解らず歩いて向かったのは離れた場所にある神社、石造りの階段を上がってから鳥居を抜けて本殿の奥へと向かって行く。いつの間にか日も落ちて暗闇が広がるものの椿の持つペンライト型の懐中電灯で進路を照らして進んでいた。
「…神楽弥、気配は?」
「ちょっと待って…此処からもう少し歩いた先に有る。」
椿が頷くとそのまま歩いて行くと、とある1本の木の前で立ち止まる。そこには異様な光景が広がっていた。
「椿さん、これって──」
「五寸釘で手足を打たれ、顔に個人の名前の貼られた藁人形…これが呪いの正体。それも1つじゃない。」
懐中電灯で辺りの暗闇を照らすと他の木にも幾つか藁人形が釘で手足や胸を穿たれているのが確認出来る。その光景は異様としか言い様がなく、空気が静まり返った中で見せられるそれはハッキリ言って気持ちが悪い。
「さて…ヤバい奴のお出ましだ。高岸君は牙麗を構えて。神楽弥、霊装展開ッ!!」
「ッ…!!」
咄嗟に刀袋から剣介が刀を取り出して左手に握り締め、一方の神楽弥は彼の左横で普段とは違う紅白色の着物姿へ変貌する。彼女は右手で着物の左袖から扇の様な物を取り出すとそれを握っていた。そして引き摺る様な音と共に目の前から現れたのは足元まで伸びた黒い髪に纏っているのは白装束、頭には左右2本合わせて4本のロウソク。その顔は能面の若女を付けていて表情そのものは解らなかった。
「つ、椿さん…アレは!?」
「…呪詛女。ヒトの吐く言葉や誰かを呪おうとする心から生まれる悪霊の上位種。この辺に打ち付けられた藁人形を放置した結果、此奴が生まれたのさ。此奴が生まれるパターンは幾つか存在するけどね……。」
椿がそう話した時、呪詛女は急に駆け出して一行へ襲い掛かって来る。咄嗟に剣介が抜刀し彼女が逆手持ち振り上げた何かを刃で受け止めた。
それは包丁でどう見ても長さは従来の包丁よりも超えていて長さは恐らく約20cmも有る。
「いぃッ!?」
「シネ…シネシネシネェエエッ!!」
くぐもった低い声は不気味そのもので剣介も辛うじて恐怖を押し殺しながら相手と競り合っていた。
「何してんの、早く振り払って!!」
椿が身構えながら剣介へ向けて叫ぶ。
「わ、解ってますよ!この…おりゃあぁッ!!」
競り合った末に彼は互いの刃を力ずくで右側へ追いやって弾き飛ばすと距離を取ると呪詛女が再び間合いを詰めて来る。
「──舞え、神楽弥ぁッ!!」
今度は神楽弥が椿の声に応じて駆け出す。
そして剣介の前に割って入ると相手が彼へ目掛けて振り下ろした包丁を鉄扇で受け止めて弾き飛ばすと今度は左手を突き出し、色白の刀の様な光を次々と展開、放たれたそれが呪詛女の身体を刺し貫いた。悲鳴と共に悶えながら揺ら揺らと身体を左右に揺らしつつ此方を見つめている。
「ギャアアアァアアァアァアッ!?」
「……。」
神楽弥が相手へ鉄扇を向けて警戒、その後ろで椿が出方を伺っている。
「もう終いにしよう…これ以上はアンタの為には成らないよ。」
椿が自身の右手の人差し指と中指だけを立てて残る指を内側へ折り畳む。そして目の前で右腕を曲げた状態からゆっくりと左側へ向け、上へと跳ね上げた。すると神楽弥が呪詛女へ目掛けて駆け出し、襲って来た相手の包丁による刺突攻撃を紙一重で躱しては鉄扇を用いて胴体を横一閃に斬り裂いた。
「悪鬼退散ッ!!」
そして椿が叫ぶと呪詛女の身体から光が噴き出してそのまま消滅してしまう。身に付けていた能面が外れ、落下すると相手の素顔を見た椿は何処か難しい表情を浮かべていた。
「霊装解除…お疲れさん。大丈夫?高岸君。」
椿から見て左側に居た彼へ声を掛ける。
剣介は振り返ると納刀してから何度も頷いていた。
「だ、大丈夫ッス…!!」
「腰がちょっと引けてたから、もっとちゃんと構えないと。蘭の護衛役なんだからしっかりしなよ?」
近寄って来た椿は彼の背をバシッと叩いた。
そして落ちていた若女の面を拾い、何かを唱えるとそれが跡形もなく消えてしまう。
戻って来た神楽弥が彼女の方を心配そうな顔で見つめて来る。
「…椿。」
「神楽弥、この事は伏せとこうか…。大体の検討は付いてたしそれが偶然当たっただけだよ。高岸君も話だけはするけど外部に口外厳禁、
その事は覚えといて。」
神楽弥の方を見てから椿が宥めると彼女は携帯を取り出し、何処かへ連絡してから3人は立ち去った。
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翌朝、椿がテレビのニュースを見ていると
そこには
[女子大生、交通事故により大ケガ]
という見出しのタイトルで報道されていた。
続いてテロップに表示されたのは三島乃亜さん(20)という聞き覚えのある物だった。
「やっぱりね…呪いは彼女の元に返った。」
彼女の机の上に神楽弥がトレイの上に有るコーヒーの入ったマグカップを置いた。
「でも、何で解ったの?」
「この仕事を色々やってると自然と解るのさ。呪いを掛けられるか…なんて聞いた後に私が無理だと断ったら植木鉢が降って来ただろう?」
「確かにそうだけど…事実、乃亜さんは何もしてないじゃない。」
「藁人形に貼られた紙、アレに名前が書いてあったろう?そしてあの時彼女に書かせた文字…それの筆跡が書類に書かせた筆跡と似てた。だから彼女が一連の事件における真犯人だって解ったんだよ。植木鉢が落ちて来たのは私の名を知った為…そして立ち去った後、僅かな時間帯で呪ったんだ。それこそ呪詛でね。」
「何か複雑…依頼料も取らなかったし。」
「ま、これ以上の事は私達には何も出来ない…呪詛女も祓った事だから後は本人の気持ち次第だろうね。さぁーて…仕事だ仕事!」
椿はテレビを消して書類仕事に励み出した。
呪いを掛けた時にその相手がどうなるのか?
それは自分にも何かしらの仕返しが来るという事が身を持って解る自体となってしまった。
本当に恐ろしいのは怪異でも悪霊でも、ましてや魍魎でもなく…心を持った人間なのかもしれないという事実を思い知らされた依頼だった。
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