第3話 廃校 -スクウモノ-

とある日の事。椿から呼び出された蘭はソファに腰掛けていると彼女からとある話を持ち掛けられた。


「…私に助手を?」



「そうそう、この間新しく入った子を蘭の助手にしたいんだけど……。」



「…結構です、必要有りません。」



「固い事言わないでよ…私の分のどら焼きもあげるからさ?ね?ね?」



「…私が椿さんに頼まれて和菓子屋さんで買って来た奴じゃないですか。」


蘭はじーっと椿の方を見つめてから溜め息をつくと肝心な質問を椿へしてみる。


「…そもそも、助手って誰ですか?」



「そろそろ帰って来るんじゃない?」



「…?」


するとガチャッと事務所のドアが開くと荷物を持った剣介と共に後から手ぶらの神楽弥が入って来た。


「買って来ましたよ、椿さん。幾ら何でも買い過ぎじゃないッスか?お菓子にジュースとかカップ麺とか色々…!」



「ご苦労さん、それは奥に置いといて。神楽弥も御遣いお疲れ様。」



「外は暑いし、人が多いからイヤ!オマケに待ってたらナンパされそうになったし……。」


むぅっとした神楽弥は部屋の奥にある扇風機の前へ来ると座り込んで風を直に浴びていた。一通りのドタバタが有った後、蘭はキョトンとした顔で椿を見つめる。


「…助手ってまさか……高岸君?」



「そう、剣介君が貴女の助手。だから──」


椿が続いて何かを言う前に蘭は立ち上がると同時に彼女の言葉を遮った。


「…私1人でやれます。そのお菓子は好きに食べて下さい…では、失礼します。」


そう言い残し、頭を下げると刀袋を手にした蘭はドアを開けて行ってしまった。


「あ、おい!土御門!!」


剣介が声を掛け、追い掛けようとしたが間に合わなかった。


「あちゃー……こりゃ失敗だったかなぁ?まぁ、ずっと1人でやって来たし…その方が慣れてるまで有るしなぁ。」



「奥寺は手伝わないんスか?」



「由利香は主に情報収集がメイン、討滅するのは主に蘭がやってる。刀裁きは蘭が卓越しして上だからねぇ。」


椿は机の上に有ったどら焼きの包みを開けてそれを食べ始めた時、剣介がある事を彼女へ尋ねてみた。


「そういや…土御門の刀って何なんですか?どう見ても普通じゃないような。」



「いいや、アレはねぇ…私と知り合いが一緒に造ったの。名付けて退魔刀・佰華猟爛ひゃっかりょうらん零式!!」


まるでネーミングセンスが問われる様な名前の物だとは知らず、剣介はポカンとしていた。


「鞘は特別製で鐺に銃口を仕込んでる。此処から撃ち出すのは9mmの対怪異用特殊弾、鞘と鍔の接触する付近に格納式トリガー付き。そして此奴は抜く前に従来の刀と同じ持ち方にする事でトリガーが自動で格納される。此処からがこの刀の凄い所なのさ。」



「は、はぁ……?」


呆気に取られている剣介を他所に椿は話を続ける。


「先程と同じく鞘と鍔の接触面付近…今度は上側にあるスイッチを強く押し込む事で特殊弾を利用しての居合が可能。従来の居合切りの力を割り増しさせ、そこに蘭本人の力を合わせてより強力な居合切りを敵に叩き込めるって訳!凄いだろう?」



「でも、空になった薬莢は?」



「その辺は自動排莢だからご心配なく。鞘から排出されるからノープロブレム!」


もはや話だけなら兵器そのもの。

あの時見た強烈な抜刀は居合だったのだという事が解った。


「でも、それにコスト掛けすぎてうちが経営破綻仕掛けた時は流石に本気で怒ったけど。家賃も光熱費も人件費さえギリギリなのに…あんなの造っちゃってさ。」


戻って来た神楽弥が後ろでポツリと呟くと振り返った椿は彼女から目を逸らしていた。


「と、兎に角!今も使えてるから良いんだってば!!仕方ないだろ…ったくもう。」



「普通の刀にすれば良かったのに。」



「だってさぁ、可愛い子にはカッコイイ武器持たせたいじゃない?それと同じだって…前に言ったのに。」



「椿のロマンと事務所の財政は違うの!!それと、今月も無駄な出費抑えないと今度こそ電気と水道止まっちゃうんだから憶えておいて!!」


ぷくーっと頬を膨らませた神楽弥は自分用のデスクへ腰掛けるとカタカタとパソコンを開いて仕事を始めた。


「……手厳しい式神様だこと。それじゃ、助手の剣介君は蘭のサポートに行って貰おうかな。場所は隣町にある廃校、此処の管理者の人がポルターガイストに悩まされてるらしいから蘭に向かって貰ってる。今から行けば電車で間に合うから宜しく!」



「宜しくって…俺、まさか丸腰で行くんスか!?」



「大丈夫、そんな呆気なく死なせる様な真似させないから。ねぇ神楽弥ぁー?アレ何処しまってたっけ?」


椿が振り返ると神楽弥は「奥にあるロッカーの中」とだけ呟いた。彼女が立ち上がり、その話しているアレを取りに行くと戻って来ては再び座り、テーブルの上に置く。それは柄も鞘も赤い刀でこれといって特別な改造は施されていない。


「刀?」



「名前は牙麗、護身用には丁度良いと思うから持ってって。少し癖有るけど……。」


椿が最後に何かを言い掛けたのを剣介は知らず、傍にあった紫色の刀袋へテーブルの上に有ったそれを手にし入れると左手に持った。


「えーっと…学校の名前は?」



「徳原東中学校だよ。着いたら連絡頂戴?名刺に書いてある番号に掛けてくれれば出るからさ。」


そして椿は「行ってらっしゃい」と付け加え、剣介が出て行くのを見送っていた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

電車に乗って約15分、電車から降りて駅員に徳原東中学校の場所を聞いてからそこを目指して通りを歩いて行く。

そして辿り着いた先に有ったのは木造の校舎で長い事使われていないのは明白だった。


「此処が例の……。」


剣介は意を決して校門を抜け、玄関の方向へ向けて歩いて行く。靴は脱がずに土足のまま中に上がると廊下から冷たい空気と何処かカビ臭い匂いがした。玄関から見て左へ歩いて行くと教務室と書かれた札が視界に入り、ガラスの窓から見えるのは何も無い長机と丁寧に置かれた椅子だけ。いつの間にか日も傾きオレンジ色の夕焼けが外から差し込んで来る。今の所、変わった所は何も無いまま剣介は1階に有る1年生の教室を見て回っていた。


「ったく、此処までキッチリ色々残ってると気味が悪い…。早く土御門と合流して、化け物ぶっ倒して帰ろ……。」


1組、2組、3組と順々に見ていた時、4組の付近へ差し掛かった途端にガタンッ!!という乾いた大きな音が聞こえると剣介は後ろを振り返った。しかし後方には何も無く、ただ長い廊下が広がっているだけに過ぎない。

再び歩き出した直後、剣介の後頭部に何かがコンッと命中してまた振り返る。


「痛ってぇッ!?黒板消し…何でこんなモンが。」


落ちていたのは黒板消しで学校で使うお馴染みの四角形のアレ。だが何故これが此処に落ちているのかは解らない。今は4組から離れて5組へ差し掛かった辺りだった。

それをしゃがんで拾った時、視線を戻すと離れに黒い学生服を着た男子生徒が立っている事に気付くと剣介は彼を見つめていた。

青白い肌と落窪んだ両目は明らかに生きている人間ではない。


「え、えーっと……どちら様…ですか?」



「……。」


彼がニヤリと笑った瞬間、周囲からカタカタと音がし始めると彼の右横の教室内にある学習机2つが廊下側のガラスを勢い良く突き破って飛んで来た。


「おわぁああッ!?」


咄嗟にその場に伏せた事で直撃こそ免れたものの、回避が少しでも遅かったら大ケガをしていただろう。今度は椅子や備品である花瓶も飛んで来るとそれを何とか身をこなして躱し走り出した。直ぐ後ろで机が壁へぶつかって大きな音を立てて落下する。


「おいおい…マジかよ、冗談じゃねぇぞ!?」


階段を駆け上がって2階へ逃げ、その最中に振り返ってみると相手も2階へ来ていた。そして今度はロッカーが開いたかと思えばT字型の箒が剣介目掛けて飛んで来たのだ。

真っ直ぐ廊下を駆け抜けて行った先で誰かにグイッと右手を引っ張られて通路の右側へ連れ込まれ、直後に転んでしまうと同時に箒が廊下の奥へ消えた。


「…どうして来たの。」


聞き覚えの有る声に倒れていた剣介が顔を上げると見下ろす様に蘭が彼を見ていた。


「どうしてって…椿さんがお前をサポートしてやれって言うから…!」



「…私は断った。」


ガバッと剣介は立ち上がるとムスッとした蘭の方を見ながら溜め息をついた。


「あのなぁ、こっちは殺されそうに──!!」



「…退いて!!」


咄嗟に蘭が剣介の前へ立ち、右手に持っていた抜刀前の刀を振って飛んで来た何かを連続で叩き落す。それは数学の授業で使う三角定規だった。1枚はあらぬ方向へ落ち、もう1枚は真っ二つに割れてしまっている。


「……。」


2人が後退した後に通路を塞ぐ形で現れたのは剣介が見た男子生徒、2人を見てニヤニヤと不気味に笑っていた。


「なぁ土御門、アイツが原因なのか?」



「…違う、此処に居るのは彼1人じゃない。」


蘭が刀袋から自分の刀を取り出して鞘を握り締めると目の前の相手を見ながら警戒を続ける。同じタイミングで剣介が何かの気配を感じて後ろを振り返った時、ユラユラと蠢く赤い目をした黒い影が廊下の後方に現れていた。


「確かに俺も霊は見えるけど…あんな真っ黒なの見た事ねぇぞ!?」



「…低級の霊、アレでも人に害を成すのは変わらない。」



「ッ…そうだ、刀!俺も刀が…!!」


剣介は自分も刀を持っていた事を思い出し、刀袋から取り出して身構えると後方の連中を睨み付けていた。

一応、剣道は中3の時まで続けていたから後はその腕前を信じるしかない。

蘭は僅かに振り返ると彼の刀を見て少し眉間に皺を寄せていた。


「…牙麗。どうして高岸君が?」



「護身用で借してくれたんだよ、椿さんが!!」



「…止めた方が良い、それは──」


蘭の静止を振り切った剣介が刀の柄を右手で握り締めて引き抜こうとした時に異変は起きた。


「悪霊共、覚悟しろ!!全員纏めて斬って……ってあれ?抜けねぇぞ、どうなってんだよコレ!?クソッ!抜けろよ…抜けろってんだッ!!」


ガチャガチャと剣介は必死に鞘から引き抜こうとしたが抜ける気配がない。そして低級の悪霊達が剣介へ一斉に襲い掛かって来た。


「──玖遠ッ!!」


蘭が叫んだ直後、剣介の前へ青白い火の玉が現れたかと思うとそれが瞬時に白い狐の姿へ変わる。

そして彼の代わりに連中へ挑み掛かると首筋や腕に噛み付いて戦い始めたのだ。


「…遊びに来たのなら帰って。」


蘭は剣介を睨んで威圧した直後、目の前の相手が飛ばして来た学習机3個を慣れた動作から刀を引き抜いて次々と斬り裂いた。大きな音を立ててそれ等が落下すると彼女は駆け出して斬り掛かる。そして間合いが詰まる瞬間、鋭い一閃が袈裟斬りに左斜め下へ放たれた。しかしそれは空を切る音と共に紙一重で躱されてしまう。


「…躱された!?」



「……!!」


相手はそれを寸前で避け、挑発する様に更に上へ逃げて行くと彼を追って蘭も続く。


「あ、おい待てって!!だぁあッ、どいつもこいつも!!」


玖遠が戦っているのを他所に剣介は蘭を追って自分も上の階へ向かう。3階へ差し掛かった途端に今度は真っ二つにされた椅子の切れ端が飛んで来てそれが剣介の足元へ落下した。そして視線を再び戻すと先程の男と蘭が

交戦状態に突入していて、対する相手は細長い約90cm位もある黒い棒状の物を振り回して蘭と広間で渡り合っていた。刺突や薙ぎ払いを刃で受け流し、時に弾いたりと普段の大人しい彼女とは大違いの戦いぶりを剣介へ見せ付けていた。


「アイツ、マジで強えぇ……。」


彼女の動きに合わせて舞う結ばれた黒く長いい髪、そして繰り出される一閃は鋭い上に繊細そのもの。今の剣介では到底敵わないし何なら足元にさえも及ばないだろう。


「…貴方が此処を大切に想う気持ちは解る。でも、此処に長く留まるは出来ない…だから私が貴方を除霊する。」


鞘を置き、刀の刃先を相手へ向けたまま左手で眼鏡を外すと同時にリボンを解いて髪を下ろす。その2つを胸ポケットへ押し込むと深呼吸した直後に呟いた。


「──朱眼。 」


両目が血の様に赤く染まり、瞳孔もまた獣の様に変化する。それは普段の彼女とは違うもう1つの姿……いや、この方が本物と言えるのかもしれない。


「……!!」


ただならぬ雰囲気を察した相手は後退し階段の方へ逃げ、振り返ると同時に左手を突き出し今度は廊下に置かれていた古い鉄製のロッカーを浮かせて蘭へ飛ばして来る。だが逆に彼女は駆け出すと共に地面をスライディングしそれを屈んで躱し、素早く立ち上がると彼を追い掛けて屋上へ向かう。

追い掛けた先にあるドアの開かれた先は古くボロボロになった緑色のタイルが広がっていた。そこに彼は蘭を迎えるかの様に中央に立っている。


「…もう逃げ道はない。」



「…。」


刀を構えた蘭が彼へ投げ掛けた時、彼は手にしていた棒を片手で一回転させたかと思えばそれを向けて蘭へ挑み掛かって来た。

幾度も繰り出される刺突を蘭は次々に弾き返し、左から右へ薙ぎ払う様な一撃が来たかと思えばそれを身体を後方に反らし躱す。

そして今度は蘭が右足を踏み込んで構え直すと同時に攻め立て、何度も刃を振り下ろし立て続けに斬撃を繰り出していった。


「……!!」


確かな急所を狙った一撃を放ったが受け流され、蘭の鳩尾へ棒による刺突がめり込む。


「うぐぁ…ッ!?」


鋭く鈍い痛み、そして口から吐き出される唾液と肺の中の空気。連撃の末に放たれた頭上からの一撃を彼女は刀の反りへ左手を翳して受け止めた。

そこへ力が込められてギリギリと押し込まれそうになる。それでも弾き返し、振り払った着後に右から左へ逆一文字による一閃を浴びせて棒を真ん中から叩き斬る。

そして流れで刺突の構えを取ると1歩2歩と踏み込んでは刃先を突き出して相手の胸元を力強く刺し貫いた。


「……!?」



「──ッ!!」


そして勢い良く引き抜くと同時に赤い血が噴き出し、相手は2つになった棒を手放して背中から地面へ倒れてしまった。

蘭は手を合わせた後に彼へ背を向け、振り返る事はせずその場から立ち去った。

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帰りの電車内でも蘭と剣介は話す事はなかった。ただガタンゴトンと電車が揺れて車体が軋む音だけが響いている。重たい空気の中、剣介は意を決して彼女を見ながら自ずと口を開いた。


「な、なぁ…土御門?いつから…その…アイツらと戦ってるんだ?」



「…中学2年生から。」



「そうか…怖くはないのか?」



「…怖いよ。向こうも本気だから。」


彼女の言葉には説得力が有った。向こうも自分という存在を退魔師により消されまいと必死に足掻いている、だからこそケガもするのだ。


「俺さ…さっきの奴に襲われた後、腰が抜けちまって中々立てなかった……。」



「…そう。」



「お前の助手とか偉そうに言っておきながら…結局はお前に助けられてただけだった……。玖遠…だっけ?此奴が居なけれりゃ俺は多分…死んでた。」



「…そう。」


蘭は呟いてから静かに頷くとそれ以上は何も言わなかった。それでも剣介は彼女へ向けて話しを続ける。


「俺…強くなるよ。土御門と肩を並べられる位、強くなる…お前の事、守ってやれる位に。」


蘭が彼の方を向いた時に視線が合わさる。

彼の目は真剣そのもの、普段の雰囲気とはまた異なった顔付きをしていた。

そして電車が鈴夏駅の1つ前で止まると蘭は立ち上がった。


「…私、此処からの方が家に近いから。」



「あ、あぁ…そうか……また明日。これ返すよ…大事な奴なんだろ?」


そっと剣介は紙切れを手渡すとそれを蘭が受け取り、自分の制服の内ポケットへしまった。彼女は剣介へ背を向けて歩き出すと電車を降りて人混みに紛れて歩いて行ってしまった。ドアが閉まると剣介は1人で電車に揺られながら終点の駅へと辿り着くと、彼も降りてから歩いて改札を抜けてホームへと出て立ち止まった。


「土御門…蘭……か。まさかこんな変な形でアイツと関わるなんてな……。さっさとコレ返して俺も帰ろ。」


彼は刀袋を握り締めたまま、再び歩き出すと人混みに紛れて消えて行った。

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