第11幕 弓弦サヤカ(2)

スポットライトで熱された床の熱さに、サヤカは飛び起きる。


どこかあどけなさの残る少女は状況が飲み込めず、辺りを、見回す。


いつもなら何かしら反応を示す観客も、ピエロも今日はやけに静かだった。


「わたし、屋上から落ちちゃったんじゃ…」

「えぇ、その通りですよ。…弓弦サヤカ。」


パイプ椅子の上で足を組みながら、氷のように冷え切った声で彼女の言葉を肯定する。


声の主を探したサヤカは、ピエロの姿を見て…


―明るい笑顔を見せた。


「うわぁ!ピエロさんだ!わたし初めて見た!」


壇上から走って降りていくと、ピエロに近づき興奮気味に握手を求める。


「わたしね、わたしね!絵本でピエロさん見てて、一度は会ってみたかったんだ!ここってサーカスなの?」


無邪気な彼女は、まるでのように落ち着きがなかった。


「…ここは舞台です。我々の脚本の為、亡くなった方に、その最期を演じていただいているのですよ。貴方は…今回の【主演】です。」


「しゅえん?しゅえんってなぁに?」


彼女は首を傾げる。

その仕草、一挙手一投足。

それらを、ピエロは苦々しく見つめる。


「…貴方が主人公、ということです。シンデレラと言ったら、伝わりますかね。」


その言葉を聞いて、少女はクルクルと回りだした。


「素敵!わたし、今まで、自分の人生の脇役にもなれなかったから!」


その言葉を聞いて、ピエロが抑えていたものがポロポロと溢れてくる。


「…馬鹿にするなよ。」


少女は、回るのをやめ、ピエロを見つめた。


「どうしたの?ピエロさん?」

「馬鹿にするなと言ったのです!!貴方の人生の主役は、貴方以外居ないでしょう!それは他の方を侮辱することにも繋がります!!一番信頼できる筈の母とロクに話し合いもせず!!どうしてのですか!!」


二人の間に、沈黙が流れる。

暫くの後、少女は口を開いた。


「…だって、わたし、すぐ死んじゃうって。看護師さんにも、迷惑、かけてたし。お母さんは、何聞いても、大丈夫しか言わないんだもん!!」


わかりきっていたことだった。

ピエロは、ここに来たものの全てを理解している。

そのうえで、おちょくるのが彼の楽しみだと言っても過言ではない。

しかし、今回のケースばかりは、ピエロにも思うところがある。

だが、亡くなる寸前の所で、既に彼女の精神は限界を迎えて、今回の事件の引き金となっていしまっている。

選んだ言葉の数々は、ピエロの中で泡のように浮かんでは消え、その中の1つが水面にたどり着いたかのように、口から溢れた。


「…親子の間の、信頼関係ですら、積み上げるのは難しく…崩れるときは、息を吹きかけた程度でも簡単に崩れる…ということですかね。」


残りの人生への不安。

勘違い。すれ違い。

不運。焦り。


そして、最後に彼女の前に現れた2で、最悪の選択をしてしまうことは、きっと必然だったのだろう。


「…何故、手を離したのですか。」


理解っている。


「この先、生きてても、仕方ないもん…。」


学校にも行けず、白い壁に囲まれ。

その中で一生を過ごしてきた彼女の病気が治ったとて、その身一つで、どうやって生きていけるだろう。

親もいずれは居なくなる。

その時、彼女を救うものが、現れる保証は何処にあるのだろう。


ピエロはやり場のない怒りを抑えながら、せめて彼女のために出来ることを考え、指を鳴らした。






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