第9幕 竹中マリア(3)

「ちょっと、触らないで」

私は、満更でもなかったけど、口から出たのは拒否の言葉だった。


血まみれの手で触られるのは、嬉しいけど

身体が汚れるのが面倒だったから。


「いいじゃないか、少しくらい」

彼が、手を掴みながら愛を囁く。


「あーん、もうベタベタ。汗かいちゃった。」


身体中、、ベタついて気持ちが悪かった私は、文句が口をついて出た。


「はは、俺も。シャワー浴びようか。」


彼の提案に、私も同意する。


もう少しこのままで居たかったけど、流れる汗に耐えかねてしまった。


蛇口のノブが捻られると、私たち3の汚れが洗い流される。


「…あれ?硬くなってきてる。」


彼が視線を下に落とすと、そんな事を呟いた。


彼は足で死体と化した男を触ってその感触を確かめる。


いつもだったら、もう少し時間がかかるのに。


「もう?案外、早いじゃない。」


素直な感想が私の口から溢れ出た。


今まで、何人もの自殺志願者を利用して性欲を満たしてきたが、死後硬直が始まるのがここまで早いのは初めてだった。


「それじゃ、もうひと踏ん張りしますかね。」


彼は脚を持ち上げると、そこにをあてがい、前後に揺れる。


「きゃっ!折角シャワー浴びたのに…。」


私は思わず悲鳴を上げた。


彼が刃物を引いた直後に飛び散った血が私の身体にかかったのだ。


彼には喜びの嬌声も混じっていることが隠しきれていないだろうな、なんて思いながら。


「どうせ、もう一回、入るつもりだっただろ。」


息を切らしながら彼は、前後に揺れる速度をあげる。ジワッと溢れてきた汁に、興奮が隠しきれない。

滲んでいく真っ赤な血に、私の興奮はまた高まっていく。


「…ふぅ。さて、もうひとっ風呂浴びようぜ。」


暫くそうして一息つくと、私の手を握って湯船へと向かう。


血と水で濡れた床。

散乱した、遺体の一部。

私達が躓いて転ぶのは、自明の理でした。


私と彼は、お互いに自分の身可愛さに、倒れ込みながら揉み合いになりました。


大きな音が、浴場に響きます。


3人の血は混ざりあい、仲良く天に召されましたとさ。



先程までのブーイングとは打って変わって、今度は大歓声が巻き起こります。

床で倒れ伏す、3人の亡骸。


そうして2つの亡骸からは、揺らめくように炎が立ち上り、それは球体となりました。


赤く染まった2つの魂に近寄ると、ピエロはポツリと呟きます。


「一体、何人目だったんでしょうねぇ…。悪魔になりかける程に、魂が汚れています…。まぁ、どうでもよろしいですが。」


ピエロはまるでボロ雑巾でも触るかのように、指先軽く突ついた、そうしていつものようにノートを開くと、彼らの魂は、文字にならずに燃え続けている。


「あらぁ、やっぱり駄目ですか。仕方有りませんね。」


ピエロはスーツの内ポケットから一本のシンプルなペンを取り出すと、その先をノートの炎に触れさせる。

すると、ペン先に炎が灯り、サラサラと事の顛末を記載すると、ノートを閉じた。


「4、5人程度じゃ、こうはならないんですがねぇ…。あぁ、怖い怖い。皆様も欲求を優先し、他人を巻き込むことは、くれぐれもご注意ください。何処に落とし穴があるか、分かりませんからね。」


それだけ言うと、スポットライトがついているにも関わらず、ピエロの姿は見えなくなった。


「た、たす…たすけ……。」


1つの亡骸から、声が聞こえる。


だが、その言葉は、誰に届くことなく

闇に溶けていった。




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