第6幕 村井ケンジ(3)
俺は、ここらのローカルランキングで最速のドライバーだ。
俺より早く走るやつは、この辺じゃ居なかった。
今日は、実際の峠を走ろうと、ゲームのモデルになった場所まで来ていた。
雰囲気を出すために、ゲームのサントラも買ったし、タイムが確認できるように、ストップウォッチもフロントガラスに取り付けた。
運転席に座ってみると、まるでゲームの中に入り込んだかのようなクオリティだった。
さて、と。
今日も、峠を駆け抜ける。くぅ〜!俺かっこいい!…なんてな。峠を攻めるのはこれが初めてだけど、運転席で格好つけていたら、そんなセリフが頭の中に湧いてきた。
とはいえ、実際、ゲームの出来が相当良かったのか、初めて走る気がしなかった。
ぐんぐんと加速させた愛車が、通り過ぎた後にはテールランプが置き去りにされて怪しく光る。
ラップタイムを画面上で確認して、ベストを更新していることを確認すると、心のなかでガッツポーズをする。
スピーカーから聞こえるアップテンポの曲が、俺のテンションを更に上げた。
「よっしゃ!このまま全国1位目指してやるぜ!」
ガチャガチャとシフトレバーを操り、ヘアピンカーブでドリフトを決める。
テンションが上がり、興奮しすぎていたのか、急に目眩がしたかと思うと、俺の意識は闇に飲まれていった。
ゲームと同じ感覚、同じ場所でドリフトを決めた彼の愛車は、無残にも壁に激突する。
夜の闇で先が見えなかったばかりに、ゲーム上で左右逆に作っていた場所に気づかなかったのだ。
法定速度を大幅に無視した速さでぶつかった車は、大破し、何処からが村井で何処からが車なのかも分からなくなってしまっていたのでした。
☆
魂のみになってもペチャンコになってしまっている村井を指差し、嘲笑う観客達。
「カーテンコールは…今回も無理そうですね。」
ピエロは足早に壇上に上がると、村井に近づいていき、空中からノートを取り出した。
「あまり臨場感を求めるのも、考えものですねぇ。さて、貴方も脚本にしてあげますからね。再演するかは…分かりませんが。」
ピエロがノートを開き、魂は引き寄せられ、吸い込まれていく。
ボッと音を立てて、燃え上がると、焦げ跡が文字となって書き留められる。
「おや、随分と生に執着があったようですね。こういう方は楽でいい。」
ピエロはそう呟くと、こちらを向いて恭しくお辞儀をする。
「皆様方も、ゲームと現実の境界にはお気をつけを…。まだ、こちら側には、来たくないでしょう?」
第四の壁を気にもとめないピエロの戯言が宙に溶けると、舞台の幕が降りていった。
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