第3幕 妃かえで(3)
愛おしかった。
大好きだった。
アタシを求めていたはずのその目が、他の誰かを求めるのがたまらなく嫌だった。
他の何処かを向かないように、彼の知らないところで、彼のために必死に努力した。
元々、少しぽっちゃり寄りだったアタシの身体は、骨と皮しかないんじゃないかと疑うくらいにダイエットした。
だって彼が、モデルみたいな女と付き合うから。
嫉妬に狂ったアタシは、そいつの腹を引き裂いて、中にアタシが吸引した脂肪の塊を詰めてやった。
今までスッピンだった顔も、朝早く起きて何時間もかけてメイクするようになった。
アタシだってもっとキレイになれるのに!
嫉妬に狂ったアタシは、そいつの顔に何度もナイフを突き立てて、引きちぎったパーツを福笑いみたいにしてやった。
貴方が新しい女と付き合うたび、料理だって、家事だって、なんだって覚えた。
嫉妬に狂ったアタシは、鍋で煮込んでやった。
嫉妬に狂ったアタシは、洗濯物みたいに吊るしてやった。
嫉妬に狂ったアタシは―。
嫉妬にクルッたアタしハ―。
嫉
妬
に
狂
っ
た
ア
タ
シ
は
今、アタシは彼の部屋にいる。
電源コードを伝って、感じた肉の感触に興奮していた。あぁ、やっと触れられた。
彼が用意した紅茶はもうすっかり冷めていたけど、それを飲んだ私の心は、かつてなく満たされていた。
一緒にあの世で一つになりたくて用意した毒が喉を伝っていくのを感じて、涙が伝う。
あぁ、やっと一緒にいられるね。
そんな事を考えながら、アタシは運命に身を委ねる。
暫くすると、彼女の身体は震えだし、身が強張り、汗が止まらなくなる。
苦しみながらも、後ろのベッドに横たわった彼に這い寄る。その彼の表情は、会ったこともないアタシの存在が理解できなかったのか、驚いたまま固まっている。
そうして彼の横で、アタシは眠るように息を引き取った。
☆
ガチャ、と音が鳴りトイレのドアが開く。
そこから出てきたのは、うさぎとも狐ともとれぬ顔をした、おおよそヒトの奇妙な生物。
◇
「公演中に失礼致します。彼らは代役。まだ亡くなられていない方の代わりを務めてくれるのです。」
ピエロは声を潜めているが、文章の上ではその行動は殆ど意味を為していなかった。
◇
玄関の開く音を聞いて、相馬からストーカーの話を聞いていた彼女は、トイレの中で震えていたのだ。
音が聞こえなくなったことで、様子を覗くためにそっと出てきたのである。
既に警察には連絡を入れている。
「相馬くん…?」
胸を締めつけ、痛いほどの緊張が彼女の声を震わせる。
ゆっくりと部屋に近づくと、会ったこともない女性と相馬が横たわっている事に気づいた。
状況をすぐさま把握した彼女は、テキパキと応急処置をしていく。
こうして、一命をとりとめた相馬と彼女は、末永く暮らしましたとさ。
☆
先程とは打って変わっての大歓声と大笑いがステージに響く。
ピエロもまた、先程までの紳士的な様子とは違いゲラゲラと笑い続けていた。
一頻り笑い終えると、彼は一冊のノートを持ち、舞台上に上がっていく。
「カーテンコールは……出来そうも有りませんね。」
かえでは、既に身体と言えるものを持たない状態になっており、魂だけの存在となっていた。
その魂も、生前の毒が蝕み続け苦しんでいることがピエロには伝わってくる。
「おやおや、これは可哀想に。すぐに台本にしてあげましょう。」
ピエロは持っていたノートを開くと、開かれた空白のページにかえでの魂が吸い込まれていく。
すると1人でに文字が書き上がっていき、その筆が止まったところで、ピエロはノートを閉じた。
「まぁ、それなりに楽しい舞台でしたよ。えーっと、誰だったか…。まぁ、誰でも良いでしょう。」
次の主演は、何を見せてくれるのか。
ピエロは、滑稽な女の姿だけを思い出し、笑うのであった。
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