第2幕 妃かえで(2)
まばらな拍手が、路地裏に響きわたる。
その音にハッと、気づくといつの間にかステージの上に立っていることに、かえでは気づいた。
陽の光のように眩しいライトのせいで、ジリジリと身を焦がすような感覚に襲われる。
「実に退屈な舞台でした。」
一本のスポットライトが観客席を向くと、パイプ椅子に腰掛けた、どう見ても人間離れしたピエロが、かえでの最期についての感想を述べる。
ひっ!とだけ一声あげるも、自分が死んだ事実をはっきりと思い出した彼女は、あっけなく現状を受け入れる。
「…死んだんだっけ、アタシ。……あーあ、相馬さん…。まだ私のこと…想ってくれてるかなぁ。」
彼女が言う相馬と言う人間は、生前に彼女が執着していた男性の名前だった。
「……。」
ピエロはその一言を聞いて、少しだけ笑みを強める。
「イカれてますねぇ。まだ想ってくれているか、なんて言葉が出るとは…。」
かえではステージから降りていくと、ピエロのそばまで寄っていき、その隣のパイプ椅子に腰掛ける。
「当然でしょ?アタシはこれまで散々がんばったの!それなのに、他の女に尻尾振ってさ!死んだ後くらい、想っててくれてもいいじゃない!」
頭をぐしゃぐしゃにしてかきむしりながら、彼女は椅子に縮こまった。
「…随分おちついてらっしゃいますね。」
「全然落ち着いてないわよぉ…。……相馬さん…。」
彼女は膝に顔を沈み込ませると、ズビズビと鼻を鳴らした。
「私を見て、その態度でいられるのは、落ち着いている、意外に言い表すことはできないと思いますが。生前のご様子から考えると、まるで憑き物が落ちたようだ。」
そりゃね、と彼女は答える。
「やるべきことは、やったし。つか、アタシの生きてる頃知ってるわけ?」
その質問にピエロは答えず、代わりにくつくつと笑う。
「ちょっと!何がおかしいのよ!」
「いえね、ピエロが言うのもなんですが、滑稽だな、と思いまして。」
そういって、未だに湧き上がる笑いを止めることが出来ないピエロに、かえでは酷く憤慨した。
「どういう意味よ!それ!」
「だって、生きてらっしゃいますよ?」
その言葉を聞いたかえでは、顔を青くする。
次いで林檎のように真っ赤になりながら声を荒げる。
「生きてる!?はぁっ!?そんな訳ないわ!アタシは…!」
立ち上がりながら、ピエロの目の前へと移動したかえでは、明らかに狼狽しながら、告げる。
「アタシは、相馬さんを殺したのよ!?確かに相馬さんの息が止まってるのも確認したし!優雅に紅茶を飲んでる後ろから、電源コードで締め付けられて、紅茶でビシャビシャになりながら!泡を吹く姿もみた!この目で!!……、素敵だったわぁ…。」
途中で怒りから恍惚の表情へと変わる彼女の様子に、元々歪な笑顔を、更に満足そうに歪ませて彼女を見る。
「彼にはまた、新しい彼女がいたようですねぇ。医療従事者だったようで。応急処置がうまくいったのでしょう。病院に運ばれるまでの間に息を吹き返したようです。…貴方は服毒ですし、処置も後回しだったようなので、どうにもならなかったようですが。」
「別の女っ!?なんで…どうして!!」
取り乱すかえでに鞭打つかのように、ピエロは更に言葉を続ける。
「貴方が死んだあの日よりずっと前から、付き合っていたようですよ?貴方とは違って。」
その言葉を聞いて、先程まで満足感に満たされていたはずの心は砕け、言葉で割られた底の無くなった心の器の中には、ドボドボと恨みつらみが注がれていく。
彼女が金切り声を上げると同時に、ピエロは指先を天に向ける。
「さぁ、アンコールの時間ですよ?このくだらない舞台も脚本家が変われば、少しはマシになるでしょう。」
そうして弾けるような音を響かせると、客席も、舞台も、暗転した。
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