第1話

 結衣と出逢ったのは、忘れもしないパンデミックの日だった。


 無限に残業させられ、自転車を漕ぎながら帰宅していた深夜2時、あちこちで救急車のサイレンが鳴り、普段あまり見かけない軍用車が国道の大通りを走っている。


 なにかあったのか、ぼんやりとした頭で家までの道を進んでいると


「お父さん、お母さん、なにがあったの?ね、返事してよ……ねぇってば」


 一軒家の開きっぱなしに玄関から声が漏れている。こんな時間になにしてんだろう?声かけたほうがいいのかな。でも、不審者と思われて、警察に捕まりたくないしな。ま、無視するか。早く寝ないと、明日は9時には出勤しなきゃだし。


 自転車のペダルに足をかけた瞬間、凄まじい叫び声が聞こえる。考える前に身体が動いた。土足も気にせず、玄関を抜け、リビングに飛び込む、血溜まりのなかに倒れている二人の男女と、近くに放心状態で座っている制服をきた女の子、女子高生かもしれない。


「え、これどういう状況?君、大丈夫?」


「様子がおかしいの、お父さんとお母さんが、病院に電話したんだけど来てくれなくて」


「様子がおかしいっていうか、もう死んでるんじゃない?」


「死んでない!」


「ご、ごめん、でも、なんとかしないと……」


 女子高生の背後でゆらりと起き上がった。お父さんと呼ばれていた男性が。そのまま口をあんぐりと開き、噛みつこうとしている。


 咄嗟に女子高生の手を取り、引っ張り上げた。


「いたっ……」


「ごめん、とりあえず逃げよう」


「いやっ、お父さんとお母さんを置いて行けない」


 男性は立ち上がり、僕と女子高生ににじり寄ってくる。歩くというよりも奇怪な動きをして、迫ってきていた。


「お父さん、わたし、結衣だよ。ね、お母さんもつれて病院にいかなきゃ」


「近づいちゃだめだ」


 咄嗟に、間に割り込んで身体を抑える。凄い力で進んでくる。止めようがない。


「これは、お父さんじゃない。……早く逃げないと、なにが起きてるのか知らないけど、かなりやばいって」


「そんな……」


 なんとか突き飛ばすと、そのまま手を取り玄関へと向かう。知能は高くないのか、立ち上がるのに苦労しているようで、追ってこなかった。


「後ろに乗って」


 女子高生は無言でうなずく。


「とりあえず、逃げないとって、まじかよ」


 目の前には、お父さんに似た状態の人間が複数歩いている。どれも血を垂れ流し、なかには胸元に包丁が刺さったままの人もいる。


「これって、まさかゾンビか」


 すると、大きな爆発音がした。空が煌々と赤く燃えている。明らかに緊急事態だった。


「ごめん、下心とかじゃなくて、とりあえず、家に避難するね」


「ううん、いいよもう」


「え、なにがいいの?」




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