第40話 真相

そんな一方で、シノレは広く青い空の下にいた。


「……『これ』をするのも久しぶりだな」


掌に乗せた銅貨を見つめ、細く長く息を吹きかける。

僅かに表面が波打ったのを確認して、指で弾いて上に跳ね上げた。

高く上がり、落ちてきたものを手の甲で受け止め、開いて確認する。表裏と角度を見て、


「……まあ悪くはなさそうだな」と呟いた。

出た面は表、ほぼ曲がらずに手の甲に乗っている。

僅かな傾きと地図と照らし合わせ、方角と進路を決め馬首を巡らす。


「じゃあ、こっちにしようか」

術と呼ぶにも及ばない、簡便な占い程度のものである。

楽団にいた頃はたまにしていた。

時と場所次第ではうんともすんとも言わないので、あまり当てにできるものでもなかったが、気休めくらいにはなる。

シノレは市街で調達した馬車を操り、壁の外を一途に駆け抜けた。


外界は危険が満載だが、無茶無謀をするのは正直嫌いではない。

思えば故郷での日々は生きるか死ぬかの連続だったのだから、こういう状況の方がシノレの肌には合っている。

安泰な環境で、些細なことで状況が悪化するのを恐れて気を揉むなど元より柄ではないのだ。

今は一足毎に生の実感を得られる。

結局、物心ついた頃から染み付いたものは、半年そこらで抜けきるものではないのだろう。


馬には無理をさせ遠しだが、とにかく少しでもシルバエルから距離を取りたいので休まず走らせ続ける。

昨夜から一晩中、盗んだ馬車で一昨日通ったばかりの道筋を一途に駆けている。月が明るかったのが幸いした。

月と星の位置、頭に広げた地図と方位磁石を駆使して暗い道行も迷わずに済んだ。


「どうして?」

それは、とても素朴な声だった。

子供が疑問を口にするような、純朴なそれが人の声だと気づくのに、数秒が必要だった。


ずっと黙り込んでいた聖者が漸く口を開いたのは、日が高く昇り、休憩に入った後のことだった。

もう大分進み、シルバエルからは遠ざかっている。

道のりは順調と言えた。

入り組んだ森林は大分放置されているようで、雑草やら何やらが好き放題に生い茂っている。

そこをやや進み、比較的開けた場所に出たところだった。


先程まで御者台で馬を駆っていたシノレも馬車に入り、持ち出した食料を口にしていた。

だが、かけられた声に手を止めて向かいを見据える。

今の聖者は灰色の頭巾を目深に被っており、その表情は良く見えない。

装いも目立ちすぎる使徒家のそれからシノレの着替えに変え、一般の司祭の装いになっていた。


夜の聖堂で剣を突きつけられた聖者の反応は、異様に静かなものだった。

騒いで抵抗するようなら、というかそうなると思っていたのだが、その場合は多少の怪我はさせるかもしれないと思っていた。

しかし蓋を開ければ抵抗など何もなく、そればかりか一言もなく、ここまでずっと従順についてきた。

正直どうしてと聞きたいのはシノレの方だ。

だがこの期に及んで隠すべきことなど何もないし、聞かれた以上は答えるべきだろう。

「……エレラフに行ってきたんだよね、僕。

今更だけど聞いてくれる?」


そのまま相手の反応を待たず、一方的に語りだした。

起きたこと、見たもの、出会った相手。それぞれ順を追って語っていく。

聖者は口を挟まず、ただ黙って置物のように座っていた。


「……違和感は色々あった。帰り際にスーバの連中の顔を見てやっと分かったよ」


そこまで気づかなかったなど、自分も大概間抜けであると自嘲する。


「今回のこれは、教団流の棄民だ」

そもそも、本当に追い込まれた人間には反抗する力などない。

動けないまま、ただ從容と待ち受ける死と見つめ合うだけだ。

状況から見て、エレラフはそうでなくてはおかしかった。

それなのに反乱は起きた。


途中から、もしくは最初から教団の仕向けた自作自演、そう考えればしっくり来る。

散々税収を搾り取って、用済みとなった街と人の後始末。

反乱鎮圧という名目で攻め入り、僅かに残った財も箱物も奪う。

生き残った住人は残らず奴隷に落とし、余りは楽団に売り出して使い切る。

ついでにスーバに長年の隣人を見捨てさせ、圧力をかけてより恭順させる。

恐らくだが、楽団と休戦している間に自領の内側を整えておきたかったのだろう。


「セヴレイル枢機卿が筆頭指揮者な時点で気づくべきだった。

武門のカドラスとヴェンリル、或いはその分家筋。

探せば幾らでも適任がいただろうに、何でセヴレイルの長老が出てくる?」


行きの滞在で、宴の途中に退席させられたことを思い出す。

推測に過ぎないが、あの後えげつない談合でもしたのだろう。

殺された子供の一件も持ち出してじわじわと追い詰め、不利な条件を呑ませるくらいはやりかねない。


「ああ、ついでに人口調整も兼ねていたのかもね。

……気づいてしまえば露骨なものだよ」


味方の犠牲すら計算に織り込んで、庇護すべき全体数の調整を行う。

空になった容れ物には新たな人員を入れて再利用する。

無駄がない、成る程合理的だ。

外聞を考えれば、騎士団より優れているとさえ言える。


実際、後始末もせず放り出す騎士団と、どちらがましなのかは分からない。

だが、どちらにも反吐が出るというのが正直な感想だった。

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