第30話 灰色の町

それから程なくして、言伝を預かった教徒が呼びに来た。

移送がじきに完了する。それが終わり次第、スーバへ向かうという連絡だった。


訪れたスーバの街は、先日訪れた時とまるで変わりのない様子だった。


「皆様、ようこそお戻り下さいました。

スーバを代表し、此度の鎮圧完遂をお喜び申し上げます」


スーバの代表は相変わらずの様子で、行きと変わりない笑みで教団を迎えた。

そんな代表にルダクは静かに、あくまでも穏やかな声で通牒を突きつけた。


「エレラフはかようなことになってしまいましたが……これからもスーバの皆様とは宜しくお付き合い願いたいものですな」

「……無論でございますとも。平和の得難さを、スーバはどの街よりも存じております。

我らの方こそ、何よりも猊下の御慈悲を願っております。宜しくお伝え下さいますよう」

「エレラフは今後、我が教団の料地……主に要塞として運営されることとなるでしょう。

互いに良き隣人として寄り添い支え合うことを期待します」

「ええ、こちらこそ宜しくお願い致します。

宴の席を用意してございますので、今夜はどうぞお寛ぎを」


各代表は薄ら寒いやり取りをしながら微笑み合う。

そうして催されたのは、再びの饗宴だった。

元々鎮圧を終えた後はスーバに一泊し、明朝出発してシルバエルに戻ることになっていた。

それまでに可能な限りの歓待の用意がされていたようだ。

誰もが先を競うように教主を称え、戦勝の祝いを口にする。

その目に、シノレは寒気を感じた。

そうしている間にも、人々の囁きが、やり取りが耳に入ってくる。


「……思いの外抵抗が強く、こちらにも犠牲が出まして……つきましてはスーバにも、一層人員や物資の供出をお願いすることになるかと思いますが」

「ええ、ええ。猊下の御恩に僅かでも報いることが叶いますならば、望外の幸せに存じます」

「楽団との抗争も、いつ再開するか分かりませんからなあ。

一層の力添えを頂ければ心強いばかり、猊下もお喜びになるでしょう」


(待て。待ってよ。これって)


周囲では変わらず、明るく賑やかな宴が続いている。

そんな空気とは裏腹に、手足が冷たくなっていくのを感じた。

耳鳴りがする。視界が霞み、辺りの物音が遠ざかっていくようだった。



シノレの故郷は灰色の街、そこは楽団領の辺境も辺境の貧民街であった。


名前はもう誰も覚えていない。

こことか、そことか、あそことかで事足りたからだ。

誰も名指しで呼び習わす価値を見出さない場所だったからだ。

一番それらしいのは灰の街とか、いつかの教育係が呼んだ廃墟街だろうか。

地理的な問題からか、妙に魔獣の襲来が多い場所で、上の連中も管理しきれず真っ先に見放された。

その後は荒廃する一方で、見渡す限り廃墟とすら呼べないような残骸が広がるばかりの、正真正銘の掃き溜め。

楽団ですら支配する旨味を見出だせずに放置した、そんな街だ。

その住人の大半は棄民か流れ者の末裔だった。

シノレ自身はどこで誰から生まれたかも覚えていないが、きっとその内の誰かから生まれたか、何処かで生まれて捨てられたのだろうと思っている。

赤児が生きられるほど優しい場所ではないし、後者の方が可能性は高いだろう。

別にどちらでも良いが。


いっそ完全な廃墟になった方が良かっただろうに、少数ながら常に人が住んでいた。

怪しい商人や流れ者たちによって、貧弱ながら辛うじて流通や売買も成立している状態だった。

行きずりの者が不要品を捨てていくこともあった。

乏しいそれらの物資はいつだって住民全てを満たすには足らず、だからあの街で奪い合いは当然のことだった。

殴って殴られて、罠を仕掛けて仕掛けられて、時には殺し殺されて。

外からは度々魔獣の群れがやって来て。

面子を変えながらも延々と変わらない日常が続く、そういう場所だった。

だがそんな街にも、時として突発的な出来事はある。


それが楽団の襲来――あの街で取れる唯一の資源、人間を取り立てる奴隷狩りだ。

ある日、シノレはそれに捕まった。


「………朝、か」

朝早く、日も昇らない内に起こされたことで、薄暗い回想は中断された。

さあ、起きなければ。祈りと支度と食事を終え、各関係者への挨拶やら念押しをして。

それが済めば、いよいよシルバエルへの帰還である。

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