第21話 面倒事

その日は朝一番に面倒事に見舞われた。


「これは、司祭殿。まさかこちらでお会いするとは」


歩いていると声をかけられた。

その声調にある予感を感じ、嫌々振り返る。


そこにいたのは二人の教徒だった。

その顔に見覚えはなかったが、声色と面構えから要件は何となく分かった。

面倒くさいと叫びたくなるのを堪えて向き直る。


「叙階ももう五日後ですな。

生涯司祭から上がれぬ者も数多いるというのに、流石神に選ばれた御方は違う」

「――……」


あからさまなやっかみと当てこすりを沈黙で返す。

シノレが勇者と言われているのは、聖者がそう呼び習わしたからだ。

そのために色々と異例の扱いを受けている。

そうした経緯は教団では周知の事実のはずだが、こうしてちょっかいをかけられることも多かった。


取り分けあからさまに睨んでくるのは、中堅程度の家柄の教徒が多かった。

反発しても良いことは何もない。

開口一番嫌味を叩きつけた教徒はまだ収まらないのか、汚らしい鼠でも見るような視線を向けてくる。


「血で汚れることもなく、お綺麗なものですね。

降伏した者は傷つけないとは。

いやはや逆徒どもにも情をかけられるとは、流石勇者と呼ばれるだけの方は違いますねえ。

……ああそれとも、お仲間だからなのでしょうか」


「……いつどんな時であれ、迷える者に手を差し伸べることが教祖の御旨と教わりましたので」


適当に流す。まだ何か言い募ろうとした教徒を、今一人が静止する。


「もうよさないか。

聖者様がお選びになったのだ。

下賤の輩と言えど、我らには分からぬような特質がおありなのだろう」


そう言いながらもその目には明らかな軽侮が浮かんでいる。

だが「聖者様」と、そう呼んだところだけは深い敬服が籠もっていた。

こいつはこいつでそういう手合かと悪寒を感じつつも、適当に言い返す。


「ええ、肝に銘じます。

今回の鎮圧は猊下のご意向、教徒の一人としてそれに沿うために、余計なことなど気にしておれませんので」


暗に、こうして突っかかってくるお前らは何なのだと言ってやる。

鼻白んだ様子の教徒たちに一方的に「失礼します」と告げ、さっさと踵を返す。


「全く」

苛々と息を吐き出す。

こんなところで、こんなことにまで付き合っていられない。

そろそろ本気で嫌になってきた。


(……これを機に逃げてしまおうか。完全に身一つで)


そんな考えがふっと浮かび上がる。

しかしそれを深堀りする前に、新たな声がかけられた。


「シノレ、おはようございます」

「……あ、ワーレン、司教。どうも……」


少し先に佇んでいた少年の姿に、ぎょっとしつつ何とか応える。

相手がこんなところにいるのも驚きだったし、顔色が悪いながらもきちんと立っているのも驚きだったし、こうして声をかけてきたのも驚きだった。


「……また、君の話を聞きたいです。

話は通してありますから、ついてきてくれますか」

「それは、僕は構いませんが。

お顔色が良くないですよ、休まれては」

「……こんなこと、何でもありません」


あれから眠らず、色々懊悩したのだろう。

たった一夜でエルクは随分窶れたようで、削げた顔には濃い疲労が浮かんでいる。

それだけに声をかけられたことに驚いた。あれだけどぎつい話を聞かされて、まだ自分と話そうと思えるのか。


(ただ繊細で、世間知らずなだけのお坊ちゃんじゃなかったんだな……)


シノレの思考は、彼には青天の霹靂だっただろうに。

一方的に決めつけて、姑息な手段で遠ざけようとしたのをやや反省した。

人気のない場所を目指し、見晴らしの良い塔に上る。

付き人たちを下がらせて人払いして、暫し沈黙した。


正直、話題に困る。

目線を動かして辺りを確認しながら、時間が過ぎるのをやり過ごしていると、不意に下がざわついた。

エルクはじっと、それを見下ろしている。その目線の先には縄を打たれ、引きずっていかれるエレラフの住民たちがいた。


「……昨日あれだけ喋ったんだし、君の思うところも聞かせてよ。

教徒からして、これはどう見える?君たちはどういう論理で動いているの?」


「……ワーレン教の本質は、贖罪です。

人は皆、祖先の犯した罪を贖い、地獄と化したこの大地を浄化するために生きている」


何を言い出すのかと視線を向けた。更に頭の角度が傾き、髪に隠れて顔は見えない。

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