第22話 教祖ワーレン
「……偉大なる始祖。
教祖ワーレンは今から二百年前、騎士団領ヴェリアの羊飼いの家に生まれました。
二十六になったある日、天啓を受けた彼は周囲に神の教えを説き、当時の騎士団にその存在を異端とされ放逐されました。
そして騎士団が放棄したかつての領土、領民と合流し、人々を束ねて教団を立ち上げた偉大なる教祖です。
彼が説いた教えは大崩壊によって混沌に落ちた世界の救済、即ち人の原罪の贖いです」
それは、シノレ自身も何度も聞かされたことだ。
話し続けるエルクの襟の辺りにあしらわれた意匠を見つめる。
絶対神が持つという裁きの天秤を模したそれは彼の家の紋であり、ワーレン教の象徴だ。
それを見ていると、会ったこともない教祖の声が耳に響いてくるようだった。
『異端の祈りは、世界を穢す。唯一絶対の神のみを崇めよ』
『人は一人の例外もなく、その全てが罪深い。されど恐れることはない』
『――神を信じることこそが、人に許された最後の幸福である』
……ワーレン教において、かつての大崩壊は人類へ神が下した天罰であるとされている。
今から二百年ほど前を生きた、初代教主にして教祖ワーレン。
騎士団領に生まれた彼は、後退した時代において稀なる資質を備え、そのために神の言葉を授かった。
彼は人々に神の教えを説いて周り、領内の秩序を乱す異端者として当時の大公によって放逐された。
その後使徒を見出し、同じく追放された棄民の者たちと合流し、彼らを導き教団の基盤を築き上げたとされる。
そんな彼によって伝えられた教えは、闇に埋もれた歴史に端を発する。
「千五百年前、大陸に住んでいた人間たちは、今とは異なる文明を築き上げましたが、自らの力に驕り、歪んだ栄華と享楽に耽りました。
のみならず、神を冒涜する恐ろしい罪を犯したのです」
かつての旧文明については実際に、遺跡などから確実視されていることだ。
かつての世界は、今よりも遥かに優れた技術と文明に溢れていた。
教団はそれを、人類の堕落の証と解釈する。
古代人は神の存在を忘れ去り、肥大し淀んだ文明に裏打ちされた発展だけをうず高く積み上げた。
のみならず、いつしか人間たちは、自分たちこそが世界の主であると自惚れた。
終いには神を冒涜する罪を犯し、結果大地は邪悪に汚染されたのだ。
これをワーレン教は原罪と呼ぶ。
神は驕れる人間たちに罰を下した。
天から星を落とし、地を燃やして大陸に広がった人間の罪を焼き滅ぼしたのだ。
それこそが大崩壊であり、それ故に大地は傷つき、世界はどうしようもない苦難に満ちている。
暗がりに沈んでいる。
生きることそのものが不断の苦しみである。
それが神が人間に下した罰であり、教徒はそれを敬虔に贖わねばならない。
神はその手に、人類の功罪を量る天秤を持つ。
人の原罪と信心が載せられたその天秤を功徳によって傾け、地上を救済することが教徒の使命だ。
信じ、祈り、許しを請う神は唯一でなければならない。
生きる上でどんな不条理が襲いかかろうと、贖罪の試練として受け入れねばならない。
そして如何なる欲にも流されることなく身を慎み、祈り、祖先の罪の償いを伝え継ぐことこそが教徒の使命である。
それによってのみ人は赦され、そうした者のみが死後楽園へ迎えられる。
要するに教団が掲げているのはそんな感じの教義である。
「故に教徒の使命は祖先の罪を懺悔し、祈りを以て神に許しを請うことです。
人は死後霊魂となりますが、悪行を尽くしたものは魔獣の一部に、信心の足らぬ者は再び転生します。
祈りを尽くした敬虔な教徒のみが神に招かれ、死後楽園に迎えられます。
そのために全ての教徒は互いに助け合い、身を慎み清廉な暮らしを送ることを旨とされます。
だから教団領はどこも、地上で最も平和で、人の助け合いが実現し得るところだと……そう、教えられたのに」
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