第18話 スーバとエレラフ

前提となる知識の確認を終え、核心に触れる。


「二つの都市に対峙するにあたり、先代の教主は、調略を弄した。

教団の傘下に入り改宗を受け入れるならば、より良い条件で統治してやろうと。


スーバはそれを受け入れ、エレラフは拒んだ。

スーバは何よりも現実を重視し、少しでも早く降伏の意思を示すべきと考えた。

だけどエレラフは、昔気質だったんだろうね、長年従ってきた騎士団に背くことはできない、

教団の教えも信じられないと撥ねつけた。そこで明暗が決したんだよ」


戦いの末、結果的にどちらも教団の支配下に組み込まれたが、その扱いの差は凄まじいものだった。


元々、後から教団に降った地方は課される税も重くなる。

スーバへの税は他地方と同じか、やや軽いくらいだった。

格別の優遇というわけではないが、騎士団の取り立てに弱っていたスーバにとって、一息つける待遇ではあったようだ。


「対してエレラフに課された税は、常軌を逸するとしか言いようのないものだった。

僕も教団で資料を見て確認したから間違いない、あんなのは殆ど住民への死刑宣告に等しい。

実際十年足らずで人口は大幅に落ち込んで、餓死者の溢れ返る惨状がそこら中で展開されて

――そんな惨劇を、異教徒が当然受けるべき禊と、涼しい顔で言い捨てられるのが君ら教徒なんだろ?」


一度口火を切るとするすると、言葉は次々流れ落ちていく。

自分で思っていたより鬱憤が溜まっていたようで、吐き出す口調は強くなる。

話すごとにエルクの顔は強張り、歪んでいくが、それでも逃げ出そうとはせず、懸命に耳を傾けていた。


「……知らなかった。

二つの都市で差が生じたとは知っていたけれど、まさかそれほどの……」


「当たり前だよ。

こんなこと、まさか君の耳に入るわけがない。

入らせるようなら、君の付き人連中は軒並み木偶の坊しかいないことになるよ……

でもここの、エレラフの住人たちは断末魔であれこれ叫んでいたし、幾つか繋ぎ合わせれば色々見えてくる。

それに、禊とかそういう象徴的な意味合いばかりでもない。

まだ手に入れていない騎士団領への脅し、スーバとの連携の阻止っていう実利的な効果もある。

スーバを優遇し、エレラフを虐げることで二地方の間に亀裂を入れられるし、教団への憎しみも分散させられる――」


苦難の根源は教団であっても、似たような経緯で安穏としている隣人がいれば険悪な感情を抱くのも道理である。

当然それは相手にも伝わる。

同情や罪悪感はあっても、憎しみを向けてくる隣人に、好意的な感情は持ちづらい。

やがて後ろめたさもあって、新たな支配者に傾倒し、教化を受け入れるようになっていく。


「スーバでのことは、覚えているよね。

あそこの連中がどんな顔をしていたか。

飼い慣らされた犬みたいに、まるで何十年と教団の膝下にあったかのような従順さだったよね。

……要するにこの反乱は周囲から孤立し、行くところまで追い詰められた窮鼠が牙を剥いた、そんな反乱だったんだと僕は思っているよ」


無論、まさかこんなこと、教団で教わったわけではない。

教団で教わる勉学はこれでもかと教えと教主への賛美で満ちている。

だが諸々の虚飾を剥いで事実のみ突き詰めれば、そういうことなのだ。

規模とやり方は違えど、本質的にはあの貧民街で日夜行われていたことと大差ない。


「広い土地を恙無く治めるためにあれこれ策を打つこと、それ自体は別におかしくない。

そしてこの手のことは悪辣であればあるほど効果的だ。

どこにでもある、誰でもやっているようなことだよ。

けれどこんな泥臭い血塗れの生存競争を、神に与えられた使命だの正義だのとお題目で飾って本気で自己陶酔する君たちを、僕は強烈に気持ち悪いと思うよ」


辛辣な言葉に、絶句していたエルクは顔を歪める。


「それは、その通りです。

僕も衝撃でした。

猊下の代行と謳いながらも、見るからに暴虐を楽しんでいて……

何故ああも、彼らを痛めつける必要があるのでしょうか。

あまつさえまだ幼い子を捕らえて、言うだに恐ろしいことを――」


やっとの思いで言葉を紡ぐが、徐々に声が先細っていく。

遂に言葉を切り、言うに耐えないという風に悲痛に顔を歪め、頭を抱えた。


「どうしてあのようなことになるのでしょう。

皆、普段は良き人たちであるのに」


「…………普段良き人であるために、時々は発散させてやらなきゃいけないんじゃないの。

規律を守らせるための代償として」


楽団育ちのシノレには寧ろ、ああいう姿こそ普遍的な人間らしいものに思える。

尤もらしく畏まって、取り澄ました顔で清廉潔白を気取るよりもずっと。

けれどエルクには逆であるようだ。

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