第15話 来訪

「――……?」

その日の夜、シノレはふっと目を覚ました。辺りはまだ暗い。


教団幹部たちが滞在するのは、陥落した地区の館の一つだった。

幾重も防衛線を張り渡し、敵が近づけないようになっている。

シノレもまた、その一部屋を与えられていた。


調度は流石にきちんとしたものではあったが、人々の血と悲鳴が染み付いているようで、心底嫌な気分になった。

だがそれでもさっさと眠った。

いつどんな場所でも、取れる時に休息を取るのが生きる上での鉄則だ。

昼の惨劇が頭を過ると言ってもそれはそれ、これはこれ。

シノレはそこまで繊細ではなかった。


しかし、眠っている間に異変を感じた。近づいてくる気配に意識が覚醒する。


何事だろうか。

騒ぎが起きていないことから、敵襲ではないだろうが。

しかしそちらの方が不味い。

この状況で静かに刺客が来るとすれば、下手人は教徒で、つまり人知れずの処刑だ。

神経を張り詰め、室外の気配を窺う。


(とは言え、足音からして手練れではない……か?)


耳を澄ませてそこまで察知し、眉を寄せる。

足音はいよいよ近くまで迫り、通り過ぎずに扉越しに止まる。


一呼吸の間の後、小さく戸を叩かれた。


「……起きていますか?」


シノレはその声に思わず絶句する。ゆっくりと扉を開く。

そこにいたのは予想に違わず、思いがけない人物だった。


「…………シノレ。少し良いですか」

夜半だというのに白い正装姿のエルク=ワーレンが、供の一人すら連れずシノレを見つめていた。


#16 真相を探る思い

新しくつけた燭台の火が小さく揺れている。

それからややあって、黙り込んでいたエルクがぽつりと呟いた。


「昨日から。

君と話をしてみたいと、ずっとそう思っていました。

恐らく君は僕に見えず、見ることを許されないものを見ているひとだから」


既に部屋に入り込み、椅子の一つに腰掛けている。

来訪者があまりに予想外で呆然としてしまい、止める間もなかった。


「……まずは、連絡を。

明日以降は僕の傘下に入って戦って貰うということになりました。

そういうことですので、お願いします」


「それは、……はい。承知しました。

よろしくお願いします。

ご要件はそれだけですか?」


「いえ、まさか」


しかし、それきりまた黙ってしまう。

そのまま俯いていたが、やっと再び顔を上げた。


「僕は、何も知りませんでした」と、

赤みがかった色の目が、シノレを見つめる。

「今回のエレラフの鎮圧について。

どうしてこのようなことが起こってしまったのか、君の思うところを聞かせてくれませんか」


「お付の方が、幾らでもそうしたことは教えてくれるでしょう。

何も僕などにわざわざ……」


「いいえ。

僕の元へ届く情報は様々に選り分けられ、多くが遮断されています。

……僕が心を乱さぬよう、迷うことがないようにと」


「正しいことでしょう。

ワーレン司教は下賤の者の考えなど、お耳に入れて良いお立場ではないのですから」


「……それが、嫌なのです。

だから君を訪ねました。

此度のことについて。

君には、何か、考えがあるのではないですか?

何も、聞き出して罰しようというのではありません。

ただ知りたいのです」


「……それを知って、どうするおつもりなのですか?」


警戒心が沸き起こる。

エルクの、その真剣な顔に悪意は感じない。

だからといって、用心しなくていいことにはならない。


「ワーレン司教に要らぬことを吹き込んで悪影響を与えたとなれば、猊下はお怒りになるでしょう。

後々問題になった場合咎めを受けるのは僕なのですが、それをお分かりですか」


思いの外声が尖ってしまう。

知りたいという望みは良いが、そのために生じる諸々の影響は知ったことではないというのなら、それは権力者の傲慢というものだ。


だがエルクはそれに、寂しげに微笑んだ。

「猊下とはもう何年も、私的な会話の一つもしていません。

僕の立場がどういうものかは、君にも分かるでしょう。

ワーレンの一人と言えども僕の影響力など些細なもの、聖者様に到底及ぶものではありません。

……まして、人死にを前に倒れかけるような僕が。

そんな情けない有り様で何かを主張したとて、誰が耳を傾けるでしょう。

心配しなくても、君が言うのはただの独り言です。

僕はそれを偶々聞いてしまっただけです」


そこまで一気に捲し立てて、いよいよ切羽詰まった調子で続ける。


「お願いです。知りたいのです。考えたい。

これ以上の無様を晒さないためにも。

そして君は、本来僕に与えられない考えを教えてくれると思うから」


初対面の物静かな印象はどこへやら。

形振り構わず頼み込むその顔に、どうしてか妙な懐かしさを覚えた。

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