第14話 陥落

北壁が陥落したのは、日が中天に差し掛かった頃だった。

更に爆薬を使い、障壁の解体作業に入る。

爆薬が弾ける。場違いなほど明るい音と火花が上がった。木っ端微塵にされた破片が舞い、また少し障壁が崩れる。

それを何度も繰り返し、とうとう全てが崩れ落ちた。


「よし、突っ込めい!!

逆らう者は殺して良い、それ以外は生け捕りにせよ!」


指揮官のその号令に応え、隊が雄叫びとともに突っ込んでいく。

建物の残骸が踏みつけられ、その向こうに人々の悲鳴の残響が響いた。


「ぐあああああぁっっ!!」

「助けて、助けて助けて!!殺さないで、誰か……!」

「よくも、よくも弟を……!これがお前らのやり方か!!」


飛び交う声は、もうよく聞こえない。

耳に入ってはいるのだが、頭が理解を拒否している。

武器を叩き落された男が何事か喚くのにも構わず剣を突きつけた。


「……良いから降伏してよ。

君らが抵抗すればするほど、生き残った連中は虐げられるんだ」


溜まった鬱憤が噴出し、思わず睨みつける。

棒立ちになった男の体からがくりと力が抜け、完全に目から戦意が喪失する。

速やかに動けないように拘束して道端に転がしておく。

同じようにされた住民たちが引きずっていかれるのを見送りながら、空を見上げた。

天気は今にも崩折れそうな重い曇り空である。


エレラフに到着してから、早一昼夜が経っていた。

その間に感覚が麻痺し、最早血の匂いに何も感じない。

服も手も剣も、すっかり血で汚れていた。

足が鉛のように重いのは単純な肉体の疲労からではない。

これまでの人生、そんな温い生き方はしていない。


東西南北、全ての障壁が崩れ落ちた後は、なし崩しだった。

今やエレラフの六割は教団の手に落ち、教徒が暴虐の限りを尽くしている。


それはまるで、異様な熱狂の渦だった。目まぐるしいほどの、剣戟と血の匂いで埋め尽くされる。

教徒にとって、それは正当な殺しであり救いですらある。

正しき神への祈りに使われない命など存在が罪であり、世界の弊害なのだから。


「あー気持ち悪い……」


そんな声も、周囲の喧騒に紛れて消えていく。


無機質な外壁や障壁に阻まれ、相手の顔が見えない内はまだ良かった。

それが剥がれてみれば、そこにあったのは文字通りの地獄絵図だ。


箱物はなるべく壊すなと言い渡されているため、道路や建物の佇まいはしっかりしたものだ。

だからこそ至る場所に撒き散らされた血痕が壮絶だった。

今いるのは兵たちが捕まった子供を人質に親を誘い出し、諸共に殺した惨劇の場所だった。

略奪と暴行の嵐も当たり前のように吹き荒れる。

建前上誰もあからさまに口にしないが、暗黙の了解というやつだ。


死の連鎖など、どこにでもあることだ。

生き延びるための殺しならお互い様だ。

享楽のための殺しもありふれたことだ。

けれど教徒たちは、神の教えと称する狂った論理を掲げ、正義を果たしたと謳うのだ。


しかもそれを建前としているのではなく、心からそう信じているのだ。

日頃は慎ましく、助け合いを旨とする教徒たちが、一歩敵地に踏み入ればこうも変貌する。

それを目の当たりにして、込み上げるこの感情は何なのだろう。

教徒たちの言う正しい生とやらは、それほど上等なものなのだろうか。


事情が何であろうと所詮殺しは殺し、結果は同じかもしれない。

似たようなことかもしれない。

けれど、シノレには、それは。


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