第13話 籠城
エレラフは多くの街の例に漏れず、堅固な壁に守られた城郭都市である。
それは戦や賊に備えるためのものでもあるが、何より魔獣の襲来を恐れてのものだ。
大陸には大崩壊以前の建造物や都市の残骸も多いが、
魔獣によって滅ぼされ、廃墟としての躯を晒している場所が殆どだ。
現代では人々は高く厚い壁を築き、その内側で暮らすのが常だった。
稀に壁の外側を生きる流浪の者たちもいるが、ほんの少数派である。
今や再現不可能な素材と技術をふんだんに用いた大崩壊以前の建築物、かつ魔獣に蹂躙されていないものは非常に稀少で、その全てを四大勢力が抑えている。
教団の本拠地である聖都シルバエルもその一つであり、かつて教団と騎士団の間で、百年にも渡る壮絶な領有争いが行われたと聞いている。
そんなことを思い返していると、伝令兵が寄ってきた。
「ラザン様よりのお言伝をお伝えします。
東側の外壁は制圧しましたが、即席の障壁により市街地へすぐには進めません。
現在は北を集中的に攻撃しておりますが、西も限界が近いです。
そのため、陥落次第突入のご支度をお願いするとのことです」
「ほほ、お早いですな。
若いとは良い。
……勇者殿、そろそろ大司教の方へお行きなされ。
儂は南に待機しておりましょう。
ワーレン司教には、西への助太刀をお願いしても良いですかな?」
「承知いたしました、枢機卿様。
北の大司教様の元へ馳せ参じ、御力になります」
「……はい。仰せのままに」
ルダクの要請にシノレが応え、やや遅れてエルクが小さく頷く。
そのまま一隊を引き連れて西へ回っていく。
それから程なくして、攻勢が更に勢いを増したのが伝わってきた。
ここまで聞こえる物音が、徐々に激しくなっていく。
一際大きな轟音とともに、煙が空に上っていった。
推測だが東の障壁を崩すために、爆薬か何かを使ったのだろう。
だが、大砲の影は見えない。
砲撃の轟音も聞こえない。
ということは、今回教団はエレラフを完全に灰燼に帰すつもりはない。
少なくともその容れ物の利用価値は認めているということだろう。
籠城は守る方が有利だ。
相手も決死の覚悟で抵抗している。
見境なく壊せば修復も楽ではないため、教団も苛烈な手段は謹んでいる。
それでも、勝負になる実力差ではない。
エレラフの民と教団では闘志も装備も数も、ついでに栄養状態も段違いなのだ。
こんなものは、戦闘というよりいっそ掃討に近い。
そうなることなど、誰の目にも分かり切っていた。
それなのに、反乱が起こってしまったのだ。勝てるなどとはきっと誰も思っていない。
一人残らず玉砕したとしても、自分たちを踏みにじった教団に一矢報いることができれば、それが彼らにとって最上の勝利だろう。
飢えの苦しみに苛まれ、せめて屈辱を晴らさんと、ありもしない望みに縋ったのだろう。
指揮者専用に設けられた天幕で事の推移を見守りながら、外壁が崩されていく様を苦々しく思う。
弱い者は負けて滅びて死ぬ。
当たり前の道理とは言え、その様を見せつけられて愉快なはずもない。
シノレ自身も弱い者であり、一つ何かが違えばあちら側にいたであろうから尚更だ。
決して高くも厚くもないそれは劣化しきっており、矢などとうに尽きて石くらいしか投げるものがない有様だ。
過ぎ去るそれらを横目に眺めている内に、目的地に到着してしまった。
指揮を執っていたラザンが振り返り、こちらを認める。
「む、来たか。こちらは順調だ」
「何よりです。
何か御力になれることはありますでしょうか」
「ああ。今は特にない。
外壁の制圧など我らが駆け回ってすることでもなし。
暇なら落ちてきた負傷兵を退避でもさせてやればいい」
「分かりました」
「壁が落ちたら突入する。
その際はすぐに戻れ」
「はい」
頭を下げ、駆け足で負傷者を回収しに行く。
今も壁には大きな梯子がかかり、兵士たちは続々と登っては落とされている。
不安定な体勢かつ至近距離ともなると分が悪いのか、殆どが負傷していた。
押し潰されたり、踏みつけにされないように医療班の付近まで引きずっていく。
それを繰り返す内に段々無心になってくるのを感じた。
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