第10話 歓待
(――――――疲れた)
廊下を歩きながら、シノレは深々とため息を吐きたいのを堪えていた。
この辺りは控えめな照明しかなく薄暗いが、少し先には光が灯り、饗宴と賑いの気配が伝わってくる。
場所は領主館である。
大広間では未だに宴が催されているが、シノレは特別に早くに退出の許可を貰っていた。
いきなり予期せぬ出来事はあったものの、あれからは概ね、予定通りに進んだ。
スーバの人々も教団も何事もなかったように振る舞い、教団用の館に通されてからの大規模な昼食会、鎮圧の打ち合わせと関係者との顔合わせ、果ては歓迎の宴まで催された。
因みにラザン率いる主力は、元々駐屯していた兵と合流して既にエレラフに向かい、街の包囲を始めている。
優雅に歓待を受けたのは主にルダクだった。
この辺りは折衝を得意とするセヴレイル家の真骨頂であり、典型的な役割分担と言えよう。
あまり酒は呑めない上、慣れない移動に気を張り詰め通しの出来事の連続で、シノレは疲労が溜まり切っていた。
それを察してかルダクは、頃合いを見計らって退出許可を出してくれた。
有り難くはあるがタイミングが完璧すぎて不気味さしか感じなかった。
使徒家の連中との駆け引きも神経を磨り減らすものだ。
何なのだあいつらは、神だの戒律だの猊下だのに思考が埋め尽くされていて、禄に話が通じやしない。
その上一つ間違えば異端で吊るされる罠が満載だ。
教団は本当にどうかしている。
(いや、ワーレン司教は違うか……)
幹部たちの影に隠れるようにした、物静かな少年の横顔を思い出す。
あれはあれで、何を考えているのか分からないところがあるが、こちらに干渉してこないだけまだ気楽だった。
というか、もしかしたら教団には稀有な、まっとうな善人かもしれない。
だからといって何かが変わるというものでもないだろうが。
今現在は、そのエルクの部屋に向かっていた。
あれから何とか凌いで取り繕ったが、スーバの者たちの目が無くなるなり倒れてしまったそうだ。
退席時に、その介抱と見舞いを言いつけられたのだった。
預けられた水差しと軽食を揺らさないように歩く。
つくづく危ない局面であったと思う。
(――教団の支配者、ワーレン家。
それが人前で倒れたとなれば、恥晒しもいいところだ。
彼らは常に傲然と君臨していなければならない、そうでもなければ人心が離れ、下が乱れるだけ)
あの一瞬でそこまで考えたわけではない。
寧ろそこに思い至っていれば、助けていなかったかもしれない。
シノレからすれば、教団の権威がどうなろうと知ったことではないのだから。
あくまで咄嗟の行動だった。自分でしておきながら、それにやや驚くほどの――そんなことを考えている内に、目的の部屋に到着した。
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