第9話 伝道という名の非道
「寒いな。これから冬が深まれば、ますます動きにくくなるんだろうな」
「今回の伝道は早く終ると良いなあ」
移動していると、そんな声が聞こえてきた。
今回のような鎮圧を、教徒は伝道と言い習わす。
神の教えに背いた逆徒たちを正道に立ち返らせるための武力の行使と、そういう名目なのだ。
(……要は暴力という本質を、聖なる教えを伝えるという建前で覆い隠しているわけだ。
ここは言い回しが一々面倒臭い)
口に出せば大目玉では済まないことを考えつつ、シノレは移動する中に混ざって行軍していた。
目指すは南である。
エレラフは騎士団領の北端、教団領から見れば南端の地方だ。
その西側、やや離れた場所に、スーバという街がある。
今回戦うにあたって、教団の逗留先となったスーバの代表は、生白い顔にいっそ不気味なほどのにこやかさを貼り付けて、街の門前で教徒たちを出迎えた。
「ようこそいらっしゃいました。
かくも誉れ高き方々にお目にかかれるとは幸甚の至り、末代までの栄誉でございます」
門を入ってからも同じだった。
誰もがどこかしらに教団の紋章を縫取った布を身に着け、笑顔を浮かべている。
よく見れば顔が強張っている者もいるが、それでも街全体の空気は教団の来訪に沸き立っている。
(……まあ、そうするしか、ないのだろうけれど)
敬服と、畏れと、抑えようもない緊張感。
何とも言えない気分になりながら道を歩いていた時、その騒ぎは聞こえてきた。
見ると、伸びた路地の奥の方で数人が揉み合っている。
シノレは何気なくそちらを見やり、僅かに顔を強張らせた。
中心にいたのはまだ幼い少年だった。
何事か叫ぼうとし、周りの大人に抑え込まれようとしている。
声は聞き取れないが、その険しい顔がこちらを向いているのは分かる。
少年は周囲の腕を振り解き、甲高い声を上げた。
「皆おかしいよ!なんで、なんでエレラフを責めるんだ!?」
ぴたりと、教団の歩みが止まった。
辺りが水を打ったように静まり返る。
「……おや?」
「……思いの外、教化は行き届いていないようだな」
ルダクが首を巡らせる。
ラザンが眉根を寄せ、エルクは微かに顔色を白くする。
冷え冷えと静まった辺りに、静かな声が酷く重い響きを帯びる。
周囲の住人は顔面蒼白だ。がしゃりと硬いものが鳴る音がする。
声を上げる間もなかった。
つかつかと近寄った一人が、いつの間にか抜刀していた剣を振りかざす。
少年の小さな身体は斬り伏せられ、地面に臥した。
どろどろと赤い血が広がっていく。
「――――……っ」
近くから、ひゅうっと息を呑む音が聞こえた。
エルクは唇を震わせ、顔面蒼白になっていた。
(これは、不味い。
スーバの住人の眼の前で、こんな空気の中で、ワーレン家の一員が倒れたりしようものなら)
咄嗟にそう考えて今にも卒倒しそうな様子の少年に近寄り、それとなく寄り掛かるようにして体を支えた。
手を添えた背中は凍りつくように冷たく、明らかに痙攣している。
これでは一人で立って歩くことはできないだろう。
「ワーレン司教、申し訳ないのですが気分が悪く……手を貸して頂けないでしょうか」
「な――、ああ、そうか。……ワーレンの、シノレを支えてやると良い」
振り返ったラザンが文句を言いたげにしたが、すぐに事態を察した様子で口を噤む。
周囲もそれとなく配置を変えてエルクの姿を隠した。
その間にもルダクは静かに、倒れ伏した少年を見つめていた。
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