第11話 司教
「ワーレン司教、入っても宜しいでしょうか」
「…………どうぞ、お入り下さい」
応えたのは、部屋の主ではなかった。
扉を薄く開いた教徒は、廊下に佇むシノレをじろじろと検分し、漸く扉が開く。
取り囲まれて点検され、水と食事の毒見をし、問題がないと確認してからやっと奥の間に通された。
正直驚いた。
一応見舞いに来たとは言え、水だけ受け取って追い払われるかと思っていた。
しかしエルクは寝台から起き上がり、上着だけかけた夜着姿とは言えきちんと椅子に座っていた。
「……昼は、ありがとうございました。
御礼を言っておきたくて。
それに、話も……」
それきり黙り込んでしまう。たっぷりと時間を掛けて、絞り出すように少年は呟いた。
「何故……あんな、ことが……」
やっとのようにそう呟いて、それきり絶句する。
やはり酷く衝撃を受けているらしい。
鳶色の目が戦慄いてシノレを見つめる。
答えを求められているのだと察した。
「……猊下のご裁決に異を唱えること、それはあってはならない罪であるからです」
人目がある以上、そう答えるしかない。
エレラフへの膺懲は教主の裁決、批判がましい言い分は何であれ許されない。
決定的な発言がなければ無かったことにもできただろうが、聞いてしまった以上、教団の面子にかけて処置を取らないわけにはいかない。
そして誰にとっても、あの事態は少年一人の暴走で済ませたかった。
教団としても逗留に使い、背後を預けることになる以上、今ここでスーバと揉めたくはない。
スーバは信心深い街、けれど一人だけ信心の足りない者がいた。
憐れなその子供は命を以て償った。
その筋書きで収めることが最も被害が少ない方法なのだ。
(早速犠牲が出た。
生贄の子供とか、一番嫌な字面だ)
顔を顰めたいのを堪え、何とか無表情を維持する。
エルクはそんなシノレに、縋るように言葉を発した。
「ですが、あのような子供を、何も殺さずとも。猊下は本当に――」
「……エルク様、畏れながらそれ以上は許されません」
控えていた付き人が口を挟む。
まだ若い青年は主人を気遣うようにしながらも、それでも断固とした口調で続けた。
「地上の代理人たる猊下のご意思を恙無く遂行すること、それが教徒の使命です。
猊下もエルク様を信じて、此度の任を託されたのですから。
そのご期待を裏切ってはなりません」
「……分かっています」
相変わらず蒼白な顔で、それでも声だけは気丈にそう答えた。
「……シノレ。
改めて、ありがとうございました。
これからよろしくお願いします」
そう言い、深く頭を下げる。
初対面からかれこれ一日越しで、シノレは漸くエルクとの挨拶を終えたのだった。
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