最終話 解放

 シズカナルの村の四方に、柱のようにそびえる尖頭巨大青石があった。その根本から上に向かって光が移動していく。先端に達すると、溜め込んだ光を空へ打ち出し、中心で収束、弾けるように拡散し八方へ飛び散った。

 その巨大青石をコントロールする制御室にミセがやってきた。

「具合はどうですか?」

 制御盤を操っているのは、あの男――この村の長である。

「……もう、大丈夫です。あの、シズカナルって何なんですか?」

 村長はスイッチを押す。また光が飛び散った。

「シズカナル人の中で、稀れに、俗世への興味から村を離れる者達がいます。あなたのご両親もそうでした」

 スイッチを押す。

「しかし、俗世は衰え、我らが何者なのかを理解できなくなった」

 スイッチを押す。

「我らにとっては地続きの神話も、彼らにとっては空想でしかない。そうした現状を憂い、我々は決断しました」

 スイッチを押す。

「じき我らは俗世を離れ、神世かみよへ旅立ちます」

「二人をどうか……」

 スイッチを押す。

「レイヒはともかく、タクスはあなたの……」

「きっと、私が娘だって気付いてました。でも、私のために黙っていたのです。どうせ旅立つのなら、二人を解放してください。お願いします」

 スイッチを押す。村長は振り返り、片膝を付いた。

「……なんと優しい子でしょう」

 ミセの心優しさに感動すると、立ち上がり―― スイッチを押す。


 牢の前に村長とミセがやってくる。タクスはミセに言葉を掛ける勇気が持てない。

 村長が牢の鍵を開けた。

「ミセに感謝しなさい。この子があなた方の解放を請い願ったのです」

 そのまま二人は崖壁の外まで連れ出された。

「ミセ……すまない。全部俺のせいだ……」

 ミセはタクスの手を両手で握り、胸の前に持っていく。

「タクスさんが差し伸べてくれた手、忘れません」

 レイヒがミセを抱き締める。ミセも抱き返す。

「ミセ、お元気で……」

「お二人も……」

 タクスは空を見上げる。村から光がいくつも飛んでいくのが見えた。

「なぁ、あれはなんだ?」

 皆も見上げる。

「あぁ、あれですか。旅立つ前の準備ですよ。……さ、ミセ、もう戻りましょう」

 ミセが二人へ手を振る。レイヒは慣れた動きで小さく上品に振り返す。タクスは二、三度ぎこちなく振り返した。

 ミセは村へ戻っていった。崖壁に開いた入り口が閉じていく。

 大地震ののち、山が丸ごと雲散霧消した。あとには底が見えない大穴が空いていた。

「夢でも見ていたの……?」

「ここは俺達にとっての安息の地じゃなかったな……。帝国軍が来る前に離れよう」


 翌日、森の中の宿場町に行き着く。町を丸太がぐるりと囲み壁になっている。そのため町の様子が伺えない。門も閉まっている。

「まるで城郭都市みたいだな」

 呼び掛けるも返事がない。それどころか人気ひとけも感じられなかった。

「タクス、中の様子を見に行ってくれない?」

「そこまでする必要あるか?」

「宿場町で閉鎖なんてあまり聞かないわ。何か事故が起こっている可能性もあるし」

 タクスは渋々投げ縄で壁を上っていった。上から覗き込むも、人の姿がない。それ以上に、家々がボロボロだった。

 そのまま中に下り立つ。家の屋根や壁、床にいくつもの穴が空いている。倒壊した家もある。だが、やはり人がいない。死体も血の一滴もない。侵略に遇ったわけではなさそうだ。

 町の外に出ると、レイヒが肩にリスを乗せて戯れていた。タクスは見てきたことを話す。

「自然災害かしら……。全員避難したのかも知れないわね」

 それからは、歩けど歩けど廃村ばかり。嵐か侵略か、めちゃくちゃになった村に死体一つ骨一本とない。そして、さも当然かのように、生きた人間とは一人も出会わなかった。


 わずかな食料で食い繋ぎながら、さらに数ヶ月――、ウリマッセにまで戻ってきた。いや、かつてウリマッセだった廃都……。

 世界中の港と繋がり栄えていた都が滅んでいた。古い遺跡のような無人の都。しかし、わずかな痕跡が少し前まで人々が生活していたことを示していた。荒唐無稽にも思える最悪の予感は、すでに否定しきれない事実として認めるしかなかった。

「やっぱりそうなんだ……。あいつら……、人間全部殺していきやがったんだッ!」

 殴りつけた家の壁が脆く砕けた。レイヒは膝から崩れ、乾いた地面に涙を落とす。

「私たちは許されてなどいなかった……。これ以上ない罰を与えられたのよ……」

 タクスは街の遠くを眺める。あれだけ賑わっていたこの広い街、視界に入るこの範囲の間に、人が誰もいないなんて……。勝手に笑みが浮かんだ。

「罰……? はは……違うね。もう逃げなくても良くなったんだ」

 タクスは天を仰ぐ。

「戦争もない、身分もない、奴隷も娼婦もいない。これ以上ないほどの自由……静かなる世界だ」


(了)

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シズカナル ~奴隷剣闘士と奴隷娼婦の逃避行~ TMMタマムシ @TMM_tamamushi

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