第12話 シズカナル

 砂漠地帯を十日かけて越えると、少しずつ草や木が生え始め、いつしか森林に入る。ここでラクダは乗り捨てる。時折確認していた通り、青石の光はこの森の先へ向かっている。ここはまだ非干渉地帯だ。

 しばらく進むと、断崖絶壁の高い山にぶつかった。やむなく、山を回り込んでいくが、途中で方向を再確認すると、光は来た道を指していた。妙に思いつつも、戻って再び確認した。やはり山を指している。

「おいおい、まさか、ここからこの崖を登れってのか?」

「待って。山だとしたら、この上を指し示すんじゃないかしら。でも、光はこの崖のこの一点を指している……」

 タクスは光の先の崖に目を凝らす――。そこに不自然に小さな丸い窪みがあった。

「ミセ、ここ!」

 ミセはロケットの青石を窪みに押し当てた。青石を中心に、幾何学的模様を描くように青い光線が崖を走っていく。岩肌が分離して方々にスライドしていき、隠し通路を開いた。

 三人は中へと入っていく。通路は人工的で、直線的な青石造りの壁や天井に囲まれている。入り口が閉じてしまうが、 周囲の青石そのものが淡く発光しているため、真っ暗にはならない。

 通路を抜けた先は森が広がっていた。空が見えており、崖は壁状に森をぐるりと囲でいたことが分かった。城郭都市と似た作りだ。

 森の中心部の開けたところに村があった。そこで、ミセ同様の青髪青眼褐色肌の人々が三人を見つめる。

 正確には、部外者であるタクスとレイヒに対しての視線だった。 

 そこへぞろぞろと現れた集団が三人を囲む。先頭を歩いてきた長髪の若い男が手招く。

「ミセ、こちらに」

 タクスとレイヒの顔を伺う。二人は笑顔で頷いた。恐るおそる男のもとへ歩み寄るミセ。

「よく帰って来ましたね。……彼らを」

 その合図で取り巻き達が一斉に、まるで手品のようにどこからともなく取り出した剣を二人に向けた。タクスも剣を構える。

「タクス、いけません」

 レイヒに諌められ、剣を納める。二人は縄で拘束され、牢へ連行された。


 一つの牢に二人で入れられる。

「このあと、お二人には断罪裁判を受けていただきます」

 タクスが食って掛かる。

「断罪!? 俺達が奴隷だからか!? ここは安息の地じゃないのか!」

「全ては裁判の場で」

 そう言い残し、男は去っていく。

「おい待て! ミセはどこだ! ミセを傷付けたら、ただじゃおかないぞ!」

 最後の言葉に男が立ち止まる。振り返り、何か言いたげな間のあと、結局そのまま立ち去っていった。

「くそッ!」

「落ち着いて。きっとミセなら大丈夫よ。ここはあの子の故郷なのだから……」


 全シズカナル人が見守る公聴会場の中心にタクスとレイヒはいた。その二人の姿を特別傍聴席から見るミセ、その傍らにあの男がいた。

 裁判長はまずレイヒに告げる。

「レイヒ、あなたはチサキ国の王女でありながら、シズカナルとの約束を反故にした」

「何のことですか?」

「シズカナルへは不可侵であり、一切を漏らさぬこと。たった百年前の約束です」

 百年前は高祖父が王を務めた頃だ。

「わたくしはそのようには伝え聞いておりません!」

「継承の怠りも罪深い。よって、自ら崖下へ飛び降りる刑に処する。着底までの間、悔い改めなさい」

「そんな! わたくしの言い分も申し上げさせて頂きたく存じます!」

 裁判とは名ばかりで、一方的に罰を与える裁判だった。

「続いてタクス、あなたはシズカナル人夫婦を殺し略奪。その結果、青石と夫の右目はハドュカン帝国に渡り、帝国軍をこの地へ引き寄せた」

「何のことだ……?」

「侵略軍が今、ここシズカナルへ向かってきています。そして、……夫婦の死に伴い、娘ミセは全資産を失い、娼婦に堕ちた」

 タクスはミセを見た。

「え……ママ……? パパ……? ぅぁぁ……」

 動揺。混乱。焦点が定まらない瞳。これまでの人生が濃縮され、逆行して湧き上がってくる。

 二人に抱かれて眠ったオアシスの夜――地獄で差し伸べてくれたタクスの手――わけも分からず貫かれた身体――突然失った思い出の屋敷――ママとパパの笑顔――。

 そこに両親を殺すタクスの幻影が割り込み、ミセの心を破壊した。

「ぉえぇぇぇ……ッ!!」

 自分を苦しめる全ての毒が正体を現すかのように、喉から溢れてくる。男が背中をさする。

「ミセ……違う……俺じゃ……」

「よって、自我が崩壊まで責め苦を与え続ける刑を与える……がしかし、ミセを保護した行いを勘案して、脳が認識できる最大の痛みを一瞬で与える刑に処する」

 つまり、二人は共に死刑だった。


 再度牢に入れられる二人。執行を待つ間の恐怖も罰だった。

 タクスは涙を流し悶える。

「ミセ……ごめんよ……。俺が……殺したんだ……。俺が……苦しめてたんだ……。ミセ……ミセ……」

「タクス、あなただけの罪ではないわ……。あなたは私の代わりに一人手を汚したの。その手を握っていた私の手も、同じ血で汚れているわ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る