第11話 砂漠

 砂漠の真ん中を二頭のラクダが歩いている。片方はレイヒとミセを、他方にはタクスと荷物を乗せている。

 商都は外縁領地を持たない数少ない城郭都市で、その理由は非干渉地帯を広大な砂漠地帯が占めるためだ。資源もなく、村もなく、この砂漠を越えて進軍する国もない。だからこそ海上貿易で栄えた都市でもある。

 レイヒは地図を広げて確認した。

「あそこで休めそうですね」

 砂漠地帯には水が涌き、木々が繁るオアシスが点在する。旅人にとっては安らぎの場所であり、同時に進路の目印でもある。


「ん~っ……涼しいぃ~っ!」

 タクスが木陰で伸びをした。

 泉の水は透き通り、ギラつく太陽光を水鏡となって反射している。

「水浴びできそうね! ちょうど他に誰もいないようだし、入りましょう?」

 レイヒがためらいなく脱ぎ出した。すべての肌を晒し、ゆっくりと足先から泉に入っていく。水はぬるいが、下の方にいくにつれひんやりとしてくる。底は堆積した葉っぱと藻でふかふかしている。深いところだと、レイヒの首くらいまでになる。さすがに魚はいない。

「大丈夫よ。さ、いらっしゃい」

 それを見てミセも脱ぎ始める。全身を水に浸けたのは何日ぶりか、懐かしい心地よさに表情が緩む。

「タクスもいらっしゃいな! ……タクス?」

 タクスの姿がない。木の影に隠れ、背を向けていた。

「俺はあとでいい!」

「私は気にしないわよ!」

 ……返事はない。夫婦か恋人だと思っていたミセは、なぜ二人が共に旅をしているのか分からなくなった。


 夜の砂漠は冷える。テントの中で、タクス、レイヒ、ミセの順に身を寄せて横になる。ミセには少し寒かったようで、体をぎゅっと縮めていた。

「タクス、ミセの隣に移って」

 レイヒに言われ、二人でミセを挟む並びになった。レイヒがミセの背に腕を回し抱えるようにする。向こうのタクスの体をまさぐり、右手を握った。タクスも同じようにして、ミセとレイヒをいだく。

「……ミセ、かえって寝づらくないか?」

「最初だけ。ミセが眠るまで」

 ミセは正直、窮屈だなと思った。だが、嫌ではなかった。まるで両親に包まれているような感覚。特にレイヒには母の面影すら感じた。タクスがちょっと腰を引いたのは、……察した。


 ――ハドュカン帝国、その皇帝直轄の城郭都市にある城で、謁見中にも関わらずに役人が飛び込んでくる。

「失礼致します、皇帝陛下! かねてよりお探してあったの例の物が、発見されました!」

 謁見していた貴族の男が役人を叱責する。

「おい、貴様。いくら陛下への報告とはいえ、大事な謁見中に入ってくるなど無礼ではないか」

「よい」

 玉座に片肘を乗せ、頬杖を付きながら皇帝が諌める。そして、貴族へ言い放つ。

「お前のくだらん自慢話より重要な案件だ。下がれ」

 貴族は皇帝に会釈して帰っていった。入れ違いに役人が皇帝の前に進み出る。

「先日、宿場町の質屋より入手した青石を調べたところ、本物であることが確認されました」

 皇帝は身を乗り出す。

「あの場所を指し示したというのか?」

「はい」

 側近の大臣が進言する。

「陛下、まずは実在と所在地を先遣隊に確認させましょう」

「いや、すぐに出兵せよ。連中ならすでに仲間の死を確認し、何か行動に移しておるかもしれん。その前に落とす」

「では、すぐに準備にかかります」

 大臣と役人は出ていった。

 皇帝は玉座に座り直す。長年追い求めていた伝説の地、それが手の届く距離にまで来たことに、興奮が抑えきれない。

「シズカナル……もうすぐだ」

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