第8話 密航(2)

「帝都はなんであんな小さな村を襲ったんだ?」

「そうね……理由は二つかしら」

「そんなにあるのかよ」

「一つは奴隷確保ね。帝国は支配地域の領民を奴隷とします。でも都市に住む奴隷はその後も都市開発のため街に残す。そこで、外縁集落の住民を連れていくのです」

「同じ人間なのに……、奴隷って何なんだ」

「労働力です。あなたも農家なら分かるでしょう。農耕用の牛や馬が多い方が、より仕事が早く、大きくできる。それが人間に置き換わったのが奴隷です。力では劣りますが、牛や馬にはできない複雑で知的な仕事をさせられます」


「じゃあ、村を襲ったもう一つの理由は?」

「あなたの村が、城郭都市に攻め込む、その途中経路にあったのです」

「……それじゃあつまり、たまたま通りがかりに村があったから、行き掛けの駄賃にしたってことか? 冗談じゃない! ……なぁ、前にあんた教えてくれたよな。国の管理が行き届く範囲が領地だって。なら、チサキ国の軍はなんで村を守ってくれなかったんだよ!」

「……軍は都市の守りを優先して派遣しませんでした」

「……優先して?」

「進軍の情報は国境を越えられる前から入っていました。でも、チサキ国軍の戦力では、都市での籠城戦がギリギリと判断されたのです。だから村には、……都市への避難を促したではありませんか!」

「……は? 嘘付け。そんな話、聞いてない」

「強く説得したはずです。それを、村を離れたくない、畑があるから、足の悪い老人がいる、こんな村襲われるわけがない、そう言って逃げようとしなかったと聞いています」

「そんな話知らない!」

 本当に知らなかった。村の長老達が話を止めていたのだろう、そう想像するに難くない性格の人達だった。きっと、今文句を言えば、「村のみんなを不安にさせたくなかったんだ」と言いそうな人達だ。

「……いずれにせよ、都市に避難しても、負けてしまいますけどね」

「……そうだな。怒鳴ってごめん。それであんたも奴隷だもんな」

「いえ、……本来なら王族は全員処刑です。旧支配者を公衆の前で辱しめ、殺す。こうして支配者が変わったことを知らしめ、反抗する意思を奪うのです」

「なら、今あんたがここにいるのは……?」


 城郭の門が突破され、街に帝国軍がなだれ込んだ。街中での戦闘は地獄絵図だった。

 中心に位置する王宮に軍が達すると、もはや敗北は確定的となる。恐怖から自害する者まで現れ、レイヒも死を覚悟したとき、歳が近く仲の良かった侍女がレイヒと服を取り替えた。

 侍女は全力で王女の振る舞いを演じ、レイヒの家族も彼女を別人だとは告げなかった。

 その後、広場に設置された処刑場で裸にされた王族達が火炙りになった。この時も、チサキ国の誰一人として、レイヒではない別人を指摘する者はいなかった。煤にまみれた死体は数日の間、放置されていた。

 一方のレイヒは、その容姿の美しさから敵兵に目をつけられ、捕らえられたその場で慰み物にされてから、帝国に移送され娼館へ。そして、娼婦としての生活が始まった――。


 足音が近づく。二人は息を殺し、遠のくのを待つ――。

「……辛かったろ、なんて、簡単には言えないけど、言わずにはいられない」

「世俗の男達に凌辱される日々。王女としての屈辱に、女としての侮辱に……、たくさん泣いた。涙が枯れるまで泣いて……、人は絶望では死なないと知ってしまった……。どんなに心が傷付いても、心臓は動いてるの。心と身体って別なのかなって思った。私の中で娼婦の仕事は、世の中のあらゆる仕事の中の一つとしか思わなくなった。そう割り切れるようになったら、生きなきゃなって。私の変わりに死んだ人がいるから……」

 海に風が吹き始める。

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