第6話 行先

 旅人が自由に出入りできる小さな宿場町をいくつも経由する、宛のない旅が続いた。

 町の出入り、買い物、宿泊も、身分を確認されることはない。だが、逃亡奴隷は身元保証人がいないため信用がなく、働くことができなかった。

そこで盗品を少しずつ質屋で売り、早々に村を出るということを繰り返した。

 

「こりゃあ見たことない珍しい石だね」

 ある町に着く頃には高値で売れそうな盗品も底をついていた。あとはあの価値の分からない青い石がついたロケットくらいだった。

「うちに古くからある物です。旅の資金にと適当に見繕ってきたので……」

「……よくわからんから、これだけだな」

 子どもの駄賃ほどの額を受け取り、宿に入る。

「なぁ、どうするよ。もう売る物ないぜ?」

「そうですね……」

 いつものようにレイヒが何かアイデアを出してくれるのを待ったが、何も言ってはくれなかった。タクスはベッドに寝転がり、天井を眺めた。

「また、野盗野宿生活か……」


 夜、レイヒは何も言わず部屋を出ていったきり、戻らなかった。物音一つしない妙な夜だった。

 朝目覚めると、隣のベッドでレイヒが寝ていた。寝顔は娼婦でも王女でもない、年相応のあどけない少女に見えた。


 宿一階の食堂にて、小さなテーブルで向かい合って座る。タクスは塩を振りかけた目玉焼き、レタスと茹でた人参をパンに挟んで頬張る。下品な食べ方、とレイヒは思いつつも、自分もやってみたくてウズウズして見ていた。

「こんな破滅的な逃避行、もうやめよう。交渉も金の工面もあんたに頼りきりで、これじゃあ前と何も変わらない」

 ――『ここに残って、また男の相手するのか?』『それ以外、何を?』――

 最初に出遇ったあの場所で、息巻いてそう言った自分が恥ずかしかった。変わらないのは、自らの無力さゆえだ。レイヒの方こそ、どこででも生きてゆける逞しさを持っていた。

 レイヒはフォークとナイフで器用に目玉焼きを口に運ぶ。

「では、……伝説の地、シズカナルへ行きましょう。誰も近づけない安息の地とか……。海を越えた先にある商都ウリマッセなら、きっと情報を得られるでしょう」

「シズカナル……、そこなら安らかに暮らせるんだな。おい、まだ黄身残ってるぞ」

「え?」

 崩れて流れ出た半熟の黄身が皿に付いていた。タクスは立ち上がり、レイヒが食べようとしていた残り一口のパンを奪って黄身を拭き取った。

「ほれ」

 黄身をぬぐったパンをレイヒの口元に持っていく。

「……下品」

 レイヒは歯を立ててやった。

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