第5話 没落
城郭都市サカエールにある豪邸、そこには青い髪と褐色の肌が特徴の少女が住んでいた。両親は仕事で家を空けることが多く、雇った住み込みのメイド達に世話をしてもらっていた。
そのメイドが客を連れてきた。両親が営む店の従業員、中でも重役の地位にいる青年だ。少女はベルベット生地のソファーに腰掛けながら、自分と同じくらいの大きさをした白い犬を撫でる。青年は片膝をついてゆっくりと話し始める。
「お嬢様、大変重要なお話があって来ました。落ち着いてよく聴いて下さい。……ご両親がお亡くなりになりました」
「ぇ……」
少女は立ち上がって青年の顔を見下ろす。嘘を言ってる顔ではなかった。
「旅の途中で何者かに襲われ、発見された時には……申し訳ありません」
無惨にも目玉をえぐられ、動物に食い散らかされた後だったとは言えなかった。死に顔を見せられる状態ではなかった。
「お悔やみ申し上げます。……それでですね、これからのことなのですが、残された我々ではご両親のお店を維持できません。なので、残念ですが……、お店は閉めさせていただきます」
少女には何も言えなかった。
「ご両親のお店は、便利な商品を作り、売るお店です。ですが、商品は全てご両親が作っていて、我々はその作り方を一切知らされていないのです。そして、これから支払わなければいけないお金がたくさんあります」
――少女の両親が作る商品は高い評価を得ており、商売相手は貴族や富裕層、ひいては国の上層部にまで及ぶ。高額な製造費用に、納品を確約することを条件とした先物取引など、少女の想像できない額のお金が動いていた。つまり、在庫、店舗、土地を売り払っても余りある莫大な借金が残されていた。
「もうメイドを雇うことはできません。このお屋敷にある物も全て処分します。お屋敷とその敷地も売らないといけません」
少女には難しい話でよく理解できなかったが、身の回りのあらゆるものが失われることだけは感じた。
残っているのは――自分。
「しばらくしたら、人が来ると思いますので、その人についていって下さい」
そう言い残し、青年は去っていった。メイドがすすり泣きながら少女を抱き寄せた。
翌日、メイドがいつも通り……よりも少し質素な食事を作ってくれた。昨日の話はなんだったのかと思うほど、特別な変化は感じなかった。
さらに翌日、この日も同じだった。なんとなく、いつもみたいに両親が仕事から帰ってきて、自分を抱き上げてくれるんじゃないかと期待した。
次の日、知らない中年男がやってきた。小綺麗な店の従業員と違い、無精髭を生やした小汚ない服の男。
少女はメイドに手を引かれ、男の前に連れられる。
「この子です」
男が少女を頭から足先まで舐めるように見つめる。
メイドが力強く少女を抱き締める。
「お嬢様、お元気で……」
「行くぞ」
男に促され、少女はわけも分からず屋敷を出る。振り返ると、メイドが一人だけ頭を下げていた。そういえば、今日はまだ愛犬を見てないなと思った。
屋敷を出て、すぐに港の船に乗った。船に乗るのは初めてで、潮の香りを含んだ風が少女の髪をなびかせる。両親もこんな風を浴びて仕事をしていたのかな、と想いを馳せる。
男とは何も話せていないし、男もわざわざ説明をしない。きっと働く場所に連れていってくれるんだと思った。
船で一晩明かすと、沿岸の都市に着港する。乾燥した空気、ジリジリと肌を焼く日差し、風は少し砂っぽい。こじんまりとした建物が並び、狭い通りを行き交う多くの人々は、みな日除けのマントや帽子を被っている。
男に手首を捕まれながら、人の間を縫うように進み、薄暗い路地にある店に入った。
「らっしゃい。……あんたかい」
受付の老婆は男と面識があるようだった。男が少女の腕を引っ張り前に出す。
「これ、この間の」
「ん~ん? ……変な髪の色だねぇ。ほらよ」
老婆から金を受け取った男は店を出ていった。
「話は聞いてるかい?」
少女は首を横に振る。
「ったく、アイツめ。お~い!」
老婆は店の奥に呼び掛けると、中年太りの薄毛の男が顔を出す。老婆の息子だ。
「なんだよ」
「このガキに教えてやんな」
「面倒臭ぇなぁ……来い」
男についていく少女。薄暗い部屋に二人きりだ。臭い。
「どこまで聞いてる?」
「何も……」
「あぁ~面倒臭ぇ! いいか、一回しか言わないからよく覚えろよ。向こうにお前と同じくらいの女の子がいっぱいいて、一人一部屋与えられる。そこでやってきた客と一時間くらい遊べ。分かったか」
「はい……」
聞いたことのない仕事だった。
「じゃあ、これから遊び方を教えるぞ。……脱げ」
言葉の意味が分からず呆然とする。
「脱げって言ってんだ……ッろ!」
振り上げた拳を一瞬躊躇して、傍のテーブルに叩きつける。
少女は震えながら服を一枚……、男の顔色を伺いながらまた一枚……、下着一枚を残して固まった。
「……そこに寝ろ」
言われるがまま従う。ベッドに仰向けになった。
男も自身の服を脱ぐ。全身に縮れた体毛が生えている。ギシリッとベッドに乗る。
「煩くしたらブッ殺すからな」
男が――――。
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