第4話 国境門
「いいですか」
「なんですか」
馬上で講釈が始まる。
「大きな街は壁で囲われています。これを城郭都市といいます」
「俺が元住んでいたところには、壁なんかなかったけど」
「城郭都市の外側には外縁領地という自然が広がっており、そこに村がある場合もあります。これを外縁集落といいます」
「つまり、今走ってるここが、外縁なんとかってことか」
「そのとおりです。一つの城郭都市と外縁領地からなる国を単一城郭都市国家といい、チサキ国もこれに当たります」
「一つじゃないとこもあるのか?」
「はい。外縁領地の中に複数の城郭都市がある国を、城郭都市連合国家といい、ハドュカン帝国がこれに当たります」
「あのデカい街が他にもたくさんあるのか」
「大きさは街によりますが、あそこは特に大きいほうでしょう」
「てことはさ、もしかして国境門てめちゃくちゃ遠かったりする?」
「はい、あと街二つほどは」
「二つ……門を出たり入ったり大変だな」
「何を言ってるの。逃亡奴隷が街に入れるわけないでしょ」
「追手は来ないんじゃなかったのかよ。……そうか、外縁集落だな。壁が無いから入り放題だ」
レイヒが深くため息をついた。
「い、い、で、す、か。……外縁集落へは遠回り過ぎますし、私達は盗賊をするのです。あなたは村に見知らぬ旅人がやってきて、同時に野盗被害が出たら、どう思いますか」
「……じゃあどうするんだよ?」
「これまでと同じですよ。人気のないところで野盗をして野宿。街も村も入りません」
「反乱に加わってた方がましだったかも……」
数日後――。
月明かりを頼りに、左右を山に挟まれた谷間の細い道を進むと、川辺の国境門に着く。城郭都市とは違い、国境門は簡素な造りで、傍に門番用の宿舎があるだけ。巨大な壁はない。
川辺という地形もあるが、防壁としての城郭都市の壁と違い、こちらはただの国境の出入口の意味合いが強い。
宿舎から門番が一人顔を出す。
「なんだ、こんな時間に」
「中でお話よろしいかしら?」
服装こそ奴隷には見えないが、女が操る馬に二人だけで乗る怪しい出で立ち。門番は怪訝な視線を向ける。そこに門番がさらに二人出てきた。
いま宿舎にいるのは三人だ。
「実は私達、駆け落ちしてきたの。だから通行手形を用意できなくて……」
「それじゃあ通せないな」
門の通過には必須であり、特に主の同伴がない奴隷は拘束される。
「それは困ったわ……。通してくれたら、一応お礼もしようと思ったのに……。中でじっくりお話ししない? 四人で……」
三人はタクスを見る。苦々しくそっぽを向いている。門番達は意味を理解し、たぎり出す。
「そりゃ是非聞いてみないとなぁ。まぁ、とりあえず入りな」
宿舎の中に案内される。執務室と調理室、仮眠室、奥に物置がある。人が住むのに最低限のものしかない。
「彼氏さんはそこの椅子で横になってな。長くなりそうだからな……」
門番に肩を抱かれ、レイヒが隣の仮眠室へ入っていく――。
扉が閉まると、すぐに男らの饗宴が始まった。新しいオモチャを与えられた子どものようにはしゃぐ、三人の楽しげな声。代わる代わる取り合っては、ギシギシと壊れんばかりにベッドを軋ませて遊ぶ。レイヒの悲痛な嬌声は扇情的で、ますます男らを乱暴にする。
タクスは眠れなかった。レイヒが娼婦なのは頭では知っていた。だが、これが娼婦の仕事なのか。足元を見られ無抵抗に隷従するしかない弱者ではないか。
野盗の時みたいに、門番も殺して行けばいい。その提案を却下したレイヒが、今、自らの身体をケダモノに差し出している。
無力、無力、無力――。タクスは何一つ王女を守れていない自分自身を恨み、この不条理な世界を呪った。
気付けば朝だった。悪夢を見ていたように目覚めが悪い。
部屋にはレイヒが一人、優雅にカップで何かを飲んでいた。
「おはよう。門番の方が朝食をご馳走してくれたの。あなたも頂いたら?」
テーブルにはタクスの分の簡素な食事が用意されていた。
「……ここを出たら、どこへ行くんだ?」
タクスは固いパンを噛み千切る。
「国境門の外は、どの国にも属さない非干渉地帯になるわ。広大すぎる領地を持つと管理しきれないでしょ。だから、各国が自分の手の届く範囲を領地とすると、どの国からも遠すぎる場所が出てくるの」
タクスは野菜の出汁が利いたスープを飲み干す。
「じゃあ、そこには誰も住んでないのか?」
「いいえ。どの国にも属さないからこそ、勝手に住み着いて村や町を作ってる人たちがいるわ。宿場町と呼ばれることがあるわね」
「宿場町?」
タクスはカップに茶葉を入れ、ケトルのお湯を注ぐ。
「国から国へ移動する際に、中継地として活用されるの。だから、周囲の国家にとっても便利な存在なのよ。各国家も、かつてはそういう村から発展してきたのでしょうね」
タクスはお茶をすする。
「その宿場町には入れるのか?」
「えぇ、比較的出入りは自由なはずよ」
「……じゃあ、そこなら野宿しなくてもいいんだな」
「そうね」
タクスはお茶を飲み干した。
「よしっ、なら早く行こうぜ」
「えぇ。……タクス、お茶っ葉は食べないのよ」
宿舎を出ると、レイヒは馬の頬を撫でてやる。ここ数日ですっかり懐いてしまった。
門番らが淡々と開門作業をしている。まるで昨晩は何もなかったかのような、だがこれが彼らの普段の仕事風景であった。タクスと目が合っても特に何もない。にやり一笑してくれとさえ、タクスは思った。
門を抜け、川を跨ぐ木製の橋を渡っていく。眼前には平原が地平線まで広がっていた。
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