第3話 野盗

 雑木林で野宿をした二人。夜が明け、タクスは決心する。

 街道を通り掛かる二台の二頭立て馬車。片方は人を乗せ、他方は荷馬車だ。

 その前に飛び出すと、馬車は急停止した。馬がいななく。

「おい! 危ないじゃないか!」

 馭者ぎょしゃがタクスを怒鳴り付ける。

タクスは馭者に歩み寄っていく。

「すみません、実はですね……ッ!」

 そう言いながら、突如馭者のところまで駆け上り首を斬りつけた。馭者はもんどり打って馬車から転げ落ちる。その騒ぎに護衛の男二人が馬車の扉を開けて降りてくる。

「盗賊か!」

 馬車から下りたタクスを一人が相手し、もう一人は他の仲間を警戒し森へ注意を向ける。

 護衛の素早い剣撃をすれすれで防ぐタクス。力量ではタクスが劣るが、不思議と絶望感はなかった。もっと恐ろしい相手と闘技場で何度も戦った。それに比べれば、心に余裕を持って繰り出される洗練された剣術は、死の恐怖を感じない。

「今だ!」

 森の中から突然レイヒが叫ぶ。護衛二人は反射的に森を見る。その一瞬の隙が、勝敗を決した。タクスの剣が相手の腹へねじ込まれる。

 タクスは後ろの荷馬車へ駆けると、馭者を人質に取って護衛を脅す。

「剣を捨てろ!」

 護衛は捨てようとしない。護衛が守っているのは馭者ではないからだ。命乞いをする馭者を斬り捨て、護衛との一対一に挑む。

「絡め手はもう効かんぞ!」

 先の護衛よりも剣撃に重みがある。殺意だ。全身から嫌な汗が涌き出る。

 タクスは馬車を背にした。そこに守るべき雇い主がいるという認識が、護衛の剣に躊躇を生じさせた。それは、一瞬早くタクスの剣が届く隙を作った。護衛に致命傷を与える。

 タクスは馬車の扉を開ける。中で裕福そうな格好の中年の男女が怯えていた。

「ま、待ってくれ。金が欲しいならあげよう」

 タクスは素手で男の顔を鷲掴み、窓ガラスに叩きつけた。悲鳴を上げる女の首を両手で締める。……女が大人しくなった。もう動かない。

「終わったぞ」

 森に隠れるレイヒに告げる。明確に殺意を持って人を殺したのは初めてだった。応戦してくる護衛は別としても、武器を持たない相手を一方的に殺すなんて、まるで悪鬼羅刹にでもなったような不快感だった。

「見事です。元は盗賊かしら?」

 馬車を雑木林に隠す。

「あなた、馬は?」

「いいや」

 一頭を残して、三頭は逃がした。


 男女の衣服を剥ぎ取る。血で汚れないように剣で殺さなかったのは、レイヒのアイデアだ。男女は褐色の肌をしている。タクスのような日焼けではなく、そうした肌の異民族だ。

「いい服着てるな」

 触り心地のいい生地、金糸の装飾、宝飾品も着けている。

「成り上がりの豪商ね……ふふっ」

 タクスを見て失笑する。

「なんだよ」

「あなたには似合わないわ。もっと雑に着なさい。仮装パーティーに行くみたいよ」

 不相応な服はやめ、新品同然の綺麗な服はわざと土で汚した。


 荷馬車の方には見慣れない道具がたくさん積まれていた。

「見ろよ、これ。ナイフが内向きに二本くっついてるぜ」

「これはハサミという、布や紙を切る道具よ。……とても品質が良いわね」

「なぁ、この細い木の棒はなんだ?」

「これは……、さぁ、何かしら」

 それは先端を削って露出させた黒鉛で書き物をする道具だったが、それを知る者は少ない。

「タクス、宝石だけいくつか取って、よく分からないものは置いていきましょう」

「なんでだ? 珍しい物なら高く売れそうじゃないか」

「いいですか。見るからに盗んできましたとでもいうような物は怪しまれます。逃げ出した奴隷身分では働くことができないんですから、今後は盗んだものを売る盗賊稼業になるわけです。つまり、不審者が持ってくる怪しい物は買い取りません、と言われたらゴミ同然なんです。ですから――」

「はいはい、分かった分かった」

 レイヒが「いいですか」と言い始めたら要注意だな、とタクスは肝に銘じた。

「じゃあ、これは捨ててくか? 男が持ってたんだが」

 青い宝石がついたロケットをレイヒは受け取る。

「……サファイア、ではないわね。すごく深みがある……」

 ロケットは二枚貝のようにパカッと開いた。たいていはお守りとして縁起のいい物や形見を入れて首から提げるものだったが、そこに入っていた小さな肖像画にレイヒは驚く。

「何これ……、こんなに小さいのに、宮廷画家が描いたような精密な絵。まるで本人をそのまま写し取ったみたい……」

 レイヒは中の肖像画だけ外してロケットは持っていくことにした。


 馬は馬車用で、鞍など人が乗るための馬具は付いていない。レイヒはタクスの膝を踏み台にして馬に跨がる。その後ろにタクスが乗った。

「姫様は馬にも乗れるんだな」

「えぇ、騎乗は得意なの」

「ふ~ん。で、これからどこ行くんだ?」

 レイヒのジョークはタクスには分からなかった。

「国境門を目指すわ」

「どこの国に入るんだ?」

 レイヒは呆れた。

「何を言ってるの。ここはまだハドュカン帝国の領地内、入るんじゃなく出るのよ。あなた、どこの田舎者?」

「チサキ国っていうド田舎ですよ」

「……行きますよ。しっかり掴まってなさい」

 レイヒは手綱を握り直した。二人を乗せた馬が軽快に走りだす。

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