第2話 城郭

 城郭の門に着く頃には、街の火も遠く、すっかり夜だった。

 門番が二人いる。

「何が起きてる! 火事か?」

 一人の問いかけにタクスが答える。

「剣闘士が――」

「素敵なショーよ。一生に一度のお祭りに行けないなんて可哀そぉ……」

 女の即興芝居にタクスは少し呆れ、すぐに感心に変わる。

 祝勝祭の日に限って運悪く門番の役になったことに、やはり悔しさがあるようで、

「……ちょっとだけならいいよな?」

「お前先に行ってこいよ。俺つぎ行くから」

 一人の門番が駆けていくのを三人で見送った。

「で、……お前達はここで何してる?」

 女は門番の脇をゆっくりと回り込んでいく。

「そりゃあ……、男と女が……、二人で暗がりに来たら……」 

 タクスが門番を背後から斬りつけた。一撃で門番を沈める。

「お見事です」

「あんたこそ。で、この門、どうやって開けるんだ?」

「こっちです」

 門の傍にある階段から中に入り、城郭の上に出る。

「さ、降りましょう」

「嘘だろ……」

 建物三、四階はある高さだった。


 近くに置かれていたロープを使い城郭を降りた。左手に森、右手は平原、その間を街道が伸びている。二人は、木々の影に紛れながら街を離れる。

 タクスは何度も振り返りながら、早足で進む。

「……なぁ、誰か追って来ないか?」

「来ませんよ」

 女は断言した。

「いいですか。街では反乱が起きています。軍はその鎮圧で手一杯でしょう」

 三日月だけが二人を見つめている。

「でも、門番一人やっちゃったし、祭りに行った方も戻ってくるだろ。そしたらさ……」

「仮にそうだとして、わざわざ外に逃げた奴隷なんて誰も捜しませんよ」

「どうして?」

「いいですか。あなたは牧場でヤギを一万頭飼育していたとします」

「そんなわけない」

「……いたとします。そのうち二頭が逃げ出し、行方も分かりません。さて、あなたはどうしますか?」

 そのうちタクスは立ち止まり、振り返って遠くの街を眺めた。街の上だけ空が橙色に染まっている。

 奴隷剣闘士として毎日死にものぐるいで生きてきたのに、いざ逃げ出しても誰も捕まえに来ない。激動の人生を歩む悲劇の主人公のつもりが、ただの逃げたヤギだったらしい。


 この娼婦はいったい何者だろう、そう思ったとき、タクスはまだ名前も聞いていないことに気付いた。

「俺は剣闘士のタクス。あんたは?」

「……レイヒ」

 頭の隅で何かが引っ掛かった。

「……たしか、チサキ国の王女がそんな名前……。そ、そんなわけないか、ハハ……」

 三日月がいつもより尖がって見えた。

 亡国後の王族の話など聞いた事がなかったし、顔も知らない王女など考えた事さえない。それがこれほどの美女で、金で男に抱かれる娼婦に堕ちているなど……。タクスは体が震えた。

 レイヒがタクスに身を寄せ、イヤらしい笑みで見上げてくる。

「どうしたの? そんなに震えて。私が温めてあげましょうか?」

 レイヒの吐息がタクスの首にかかる。仰け反った拍子に、樹にもたれ掛かった。

「いけません……姫様がこんな……」

「連れ出してくれたお礼をしなきゃ……。このコも欲しがってるみたい」

 下腹部で硬く腫れ上がったモノを、服越しに撫で上げる。

「私の身体はただの商品。何百という男達が買って楽しんだわ」

 耳元に唇を近づけ、囁く。

「姫様とエッチしよう?」

 どんっと突き離し、タクスは傍らの樹に頭突きをした。

「うあァァァッ!!」

 絶叫しながら、握った右手を激しく動かした。レイヒは呆気に取られ、その背をただ見つめる。

 ――白い液が樹皮をけがす。タクスは荒れた呼吸と服を整え、腕で目元を擦ると、レイヒに向き直る。

「……姫様は、俺が守ります」

「……そうですか。ありがとう、タクス」

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