第12話 アルテ・ランドという男12



 村に設けた酒場にて。



「では俺たちの出会いに、乾杯」


「乾杯」



 ヒラム監査官と酒杯を打ち合わせた。いやぁ~昼間っから酒が飲めるのはいいね。スローライフだってばよ。



「ふふふ、ビール最高。んぐぐぐっ……!」



 勢いよく飲むと、炭酸のしゅわしゅわとした刺激が口の中に広がり、その後からほんのりとした苦味とコクが押し寄せた。そして最後に麦芽のこうばしい香りが溢れ、一気に喉を滑り降りていく。ぷはぁ~~~!



「はは、美味しそうに飲みますな。監査官を前にして青ざめる在地領主は多いのですが」


「ふふ、後ろめたいことは一つもないので。身綺麗さだけには自信がありますから」



 過去の汚点は一つ残らず『なかったこと』にするからね! おかげで酒うめぇ~!



「アルテ村長。貴殿の未開域調査および村の運営については、何も言うことはありますまい。むしろよそに見習ってほしいほどですな」


「おぉ」



 褒められた嬉しい。最初はカタブツっぽかったけど、好感を得ればなかなか話してくれる御仁のようだ。



「私の故郷は領主の横暴が酷い地でしてなぁ……監査官も賄賂におぼれ、本当に腐っておりました。ただの領民であった私は、耐えることしかできなかった」


「ん?」


「それで私こそは正義のメスたらんと、監査官を志したわけで……」



 ちびちびと酒を飲みながら話すヒラムさん。急にどうした?



「アルテ村長、質問があります」


「なんです?」


「――隣領のヒドロア男爵、どのような御仁で?」



 あーそゆこと。あの男爵のこと、腐れ貴族として疑ってるのね。


 それならぶっちゃけよ。



「クソですね」


「ク、クソですか」


「ええ。そもそもウチの村人全員、あの男爵が押し付けてきた病人たちでしたから」


「!?」



 監査官は目を見開いた。なんと外道な、と表情で訴えてる。



「それは……むごいことをしますなぁ……。噂以上の悪人でしたか。病人とはいえ、領民でしょうに……それを切り捨てて貴殿に押し付け、貴殿の地で死なせて評価を落とすつもりでしたか」


「でしょうね。まぁ無駄でしたが」



 とそこで、俺たちの前に料理が差し出された。そして持ってきた者が「ご主人様のおかげです」と言う。



「ご主人様ことアルテ・ランド村長は、様々な良薬を取り揃えてわたくしたちを癒してくださったのですよ?」



 そう言って微笑んだのは、メイド服の低学年風ロリエルフなシトリーさんだ。


 このシトリーさんは、昼間は村の酒場で調理当番をさせている。


 料理好きな人だからねー。最初は二十四時間俺に尽くしたいとか言ってたけど、それは俺的にも嫌なのでココで働かせることにした。今や本人は色んな人に料理を食べてもらえてうれしそうだ。



「ほほぉ……アルテ村長はやはり傑物ですな。……あまり大きな声では言えませんが、村の設立にあたり王族から与えられた資金など、雀の涙だったでしょうに……!」



 ポケットマネーを使ったのですか、と俺を尊敬の目で見てくるヒラムさん。


 ははは。例の男爵から盗んだ金を使いましたとか言えね~。



「まぁそのへんはいいでしょう。それより、料理を楽しみましょう」


「おぉそうですな」



 運ばれてきたのは、香ばしい醤油の香りが立ち上る和風パスタだ。

 湯気とともにバターが香る。う~~んっこの香りだけでも食欲がそそられるぜ。



「じゃ、いただきます」



 箸を手に取り、一口分のパスタを持ち上げる。きのことベーコンが絡まり、照りのある醤油のタレを纏った細麺が目の前に来た。うまそ。



「どれどれ~……んぐっ、ん~!」



 うんまい!

 口に運ぶと、バターの混ざった醤油のコクが舌の上で踊った。そこに、きのこの旨味とベーコンの塩気が加わり、最後に面の小麦由来の甘さが味に調和をもたらしてくれる。もちもちとした食感もたまらんぜよ。



「ぬっ、これは美味しい……!」



 ヒラム監査官もお気に召した様子だ。初老ゆえ勢いよくはかきこめないが、ングッングッとかなりの勢いで食べ始めた。


 酒場ご飯はがっつくように食べると美味いよね~。



「ふはは、どうです監査官殿? うちのシトリーさんのメシは美味いでしょう?」


「んぐっ……あぁ、こちらのお嬢さんが作ったのですか。ええ、いい腕をしております。月並みな賞賛ですが、将来はよいお嫁さんになりますな」



 彼にそう言われると、シトリーさんは「まぁっ」と言いながら頬を染め、俺の方をチラチラチラチラッと高速で見てきた。ひえ~。



「(話そらそ)あぁ、ちなみにビールも彼女が氷魔法術で冷やしてるんです。冷えたビール、口の中が醤油とバターで限界になった後に飲むとすごく美味しいですよ」


「おぉっ、それは悪魔的な」



 こうして俺たちはビールを飲み、また和風パスタをがっついてはビールで流し込む幸せループを楽しむのだった。



「ふぅ……満足しましたな。御馳走さまです」



 やがて、ヒラムさんが綺麗になった皿の上に箸を置いた。お粗末さまです。



「シトリーさんでしたか。あのお嬢さんの腕もさることながら、醤油がいい味をしてましたな」


「わかりましたか。高級品を仕入れましたので」


「ほほぉ。海の遠いこの地では、かなりの搬入コストがかかったでしょうに。やはりそれも、ポケットマネーで?」



 はっはっは。盗んだお金だよ。



「(と言えるわけもないので)はい、そうです」


「おぉおお素晴らしい!」



 テキトーにヒラムさんを騙しちゃいました。


 ごめんね? でも例のヒドロア男爵が悪いんだよ? 俺は俺を害そうとした人間にはスッキリする程度の害を与えるようにしてるから。


 恩讐はきっちり遂げてハートに澱を残さない。スローライフだね!



『そんなスローライフがあるかッッッ!』


(お、ナイフくん)



 いつの間にか足元にナイフが落ちてた。びょんびょん跳ねてきたらしい。すごいね。



「あれ、ナイフくん光の紋様が走ってない? もしや素材にしたゴーレムの黒鋼が、成層圏突入で鍛えられて進化した……?」


「おや、どうしたのですかなアルテ村長」


「あっ、なんでもないっす」



 俺はヒラムさんに向き直って足元のナイフをげしっと踏んだ。『殺してやるぅううううううーーーーーーーーーーッ!』と思念を送ってきた。うるせえ。



「さて……食事前に話しましたが、ヒドロア男爵の件です。私としても悪い噂は聞いてましたが……」


「噂どころか事実、悪いでしょう。処分はできないのですか?」


「できません。不正を上に報告する権利を持つのは、あくまで担当の監査官のみですので」



 そーなの? 異世界のルールよくわからんね。



「貴族の権威は絶対です。そんな彼らに対し、担当の監査官のみは『王族の目』として正面から調査する権利を与えられますが、それ以外の者は無力ですよ」


「はぁ」


「非番に勝手に調べ上げようものなら、侵入罪やら不敬罪やらで貴族にぶっ殺されますし、上げた報告書も頭のおかしい犯罪者が捏造したモノとして処理されますよ……ケッ!」


(ケッ!?)



 ナイスミドルだったヒラムさんが毒づいた。


 その顔はほんのりと赤い。どうやら酒精が回ってきたことで、本音がこぼれ出たようだ。



「まぁー理解は出来るんですがねー……。監査官に力を持たせすぎては、貴族たちが王族に敵愾心を持たせることになってしまう……。王族にとっては貴族などぶっちゃけ、きちんと税を納めてくれたらなんでもいいですからねぇ……。ガス抜き程度の犯罪行為やんちゃくらい些事たること……被害に遭う平民などどーでもいい……」



 やがてヒラムさんはうつらうつらとし始めた。この人、あんまりお酒は強くないらしいな。


 てかそもそも王都からは遥か離れたド田舎まで、初老の身体でやってきたわけだし。


 俺が一回チェンジしたとはいえ、その歳でそんな過酷な任に付かされるあたり、



「ヒラムさん、結構疎まれてたり?」


「えぇそうですよー……やれ厳しすぎるだの、あちこちの貴族どころか、王族サマからも苦情食らってますよぉ~……ケッ!」


「また言った」



 机に突っ伏するヒラムさん。いよいよ完全ダウンのようだ。


 そんな彼に苦笑しつつ、俺はコートをかけてやった。あとシトリーさんに「この席、しばし使うぞ」と言うと、彼女は微笑みながら頷いてくれた。



「だから、アルテそんちょー……」


「なんだ?」


「もし、例の男爵が……ヒドロアのヤローが、なんかしてきたら、ばちこーんって、一発やってちゃってくださいねぇ~……!」



 っておいおい。



「アンタ酔いすぎだって。どんな理由があろうが、貴族への暴行はお縄だろ」


「いいんです~……わたし権限でゆるします……!」



 ははは。閑職のアンタにそんな権限ないだろーがよ。


 だが、



「いいぜ、監査官殿」



 俺のスローライフを阻む存在は、どのみち薙ぎ払うつもりだからな。




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第一章、終了!

ここまで読んでくださり、ありがとうございました!



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