第9話 アルテ・ランドという男9



「うぇ~んっ、五分も待つなんて生殺しっスー! もう食べたいっスー!」


「やめとけ、生焼けで細菌感染して死ぬぞ?」


「ホントに生殺しだった!?」



 騒がしい後輩のティアと待機だ。料理を最後に仕上げるのは時間ってな。



「つっても安心しろティア。たぶんヒマしねーよ」


「ふぇ? ――むむっ」



 彼女が鼻をヒクっとさせた。そして遠くの一点を見る。



「やるな。なんとなく視線を感じる俺とは違い、方角までわかるのか」


「獣人族っスからね……! それよりパイセン、なんかあっちに……!」


「ああ。ここは、魔獣蔓延る未開域だからな」



 ヒマなんて、魔獣が勝手に潰してくれるさ。



『ブモォオオオーーーーッ!』



 そしてそいつは顔を出した。

 雑木林を踏み砕き、赤黒い牛のバケモノが現れる。

 デカイ。普通の牛の何倍のデカさか……平屋の一軒家くらいはあるな。



「ひぇっ、なんスかパイセンこいつぅ!?」


「『キング・ブル』だな。最大級の大きさを誇るブル系魔獣で、そこらの未開域なら深層でボスやってるようなヤツだ。それが表層で出てくるとは……いや」



 ブルの身体を注視する。だいぶ傷が多く、足元もふらついて見えた。



「なるほど。縄張り争いに負けたか。それで中層から追い出され、表層をうろついている個体だな」



 魔獣にも縄張り争いは存在する。というか前世の野生の獣よりよっぽど熾烈だ。


 なにせコイツらは、魔素に溢れた土地でしか生きられない。巨体だったり攻撃的器官が発達しすぎて、栄養摂取だけじゃ生きていけないのだ。


 魔素とは酸素のようなもの。そして魔素の溜まり具合は、土地によってバラつきがある。中層の中でも薄い範囲や濃い範囲があったり……まぁそんな感じだ。



「ティア覚えておけ。縄張りと縄張りの隙間あたりを見極めれば、わりとのんびりキャンプが出来る。だがたまにコイツみたいに縄張りを追い出されて放浪する個体も出てくるぞ」


「それ、結局どこも安心できないってことじゃないッスか!?」


「っスっス」


「っスー!?」



 まぁ~縄張りを追われた個体は基本弱ってるから処理もラクだがな。



『ブッ、ブモォオォオォオオッ!』



 巨大牛が吼えた。最後の力を振り絞るように、足に力を込めている。



「突っ込んでくる気だな。その前に、スローライフにしてやるよ」



 うざいナイフくんを構える。なんか『死をスローライフと言うなッッッ!』と言ってくるが無視無視。俺に異論を唱えるやつはスローライフじゃないから消したくなるよ。



「ま、待ってくださいッス!」


「ぬん?」



 とその時だった。ティアが俺の前に来て、短い双剣を構えた。



「ティアにも、戦わせてくれませんか?」



 なんだと?



「待て。今日は見学しとけと言っただろう? いくら弱った相手とはいえ、お前にはまだ」


「でも、いつかは戦わなきゃダメな相手っス! 決して無理はしませんから……!」



 むぅ。この俺の指示に異論を唱えるとは。



『消すのか!? 消すのか!?』


(可愛いから許します)


『ゴミ野郎ッッッ!』



 そんなやり取りをしていると、いよいよ巨大牛が突っ込んできた。速さこそないがまるで小山が向かってくるようだ。行きがけに木々が薙ぎ倒される。



「パイセン!」


「よし、許す! サポートしてやるから行ってこい!」


「ッ、はいっス!」



 後輩は風となって敵に駆けた。瞬く間に最高速に達すると、忍者のように木々を跳ねながら前に、そして上に向かわんとする。

 狙うは牛の頸動脈か。いいぜ、それなら。



「行ってこい、ナイフくん!」



 俺は複数本のナイフを投げた。そして、



「【時間操作:物体加速マテリアル・アクセラレート】発動」



 高速のスローが雷速に変わる。ナイフはバグったようにぶっ飛んでいった。


 はたしてそれらは牛の前脚の関節部に突き刺さり、『ブモオオーーッ!?』と声を上げさせて、キング・ブルをその場につまずかせた。さらに、



(ナイフくん動かないと消す)


『ゴミ野郎アルテ・ランド!!!』



 俺の友情に応え、二本のナイフがジェット機のように軌道を変えて牛の両目に突き刺さった。

 さぁ、これでお膳立ては出来たぞ。



「やっちまえ、後輩!」


「はいっスーーーッ!」



 ティアは空中で回転しながら、キング・ブルの首を一気に裂いたのだった――!




 ◆ ◇ ◆




「は、はふぅううぅううう……! 勝てたっス~!」


「お疲れ。カッコよかったぜ、後輩」


「パイセン~!」



 巨大牛を倒した後のこと。格上魔獣との初勝利に興奮した後輩が抱き着いてきた。


 お~よしよしかわゆいかわゆい。小学生低学年くらいの身体付きだから、軽いなぁ~。匂いもミルクみたいだ。



『ロリコン!』


(ちげーよ)



 俺はティアの認知できない亜光速の動作で、ナイフを宇宙に投げた。星になった。ばいばい。



「じゃ、そろそろメシにしようか」



 ナイフのことはきっぱり忘れてティアに呼びかける。



「あっ、そーいえばお鍋を煮てたんでしたね! えへへっ、美味しくなったかなぁ~!」


「ああ、頑張った後のご飯だからな。きっと忘れられない味になってるぞ」


「わぁ~! 楽しみっス~!」



 そう言って鍋の方を見るティア。


 そこには、巨大牛の突っ込んできた振動でこぼれた、台無しの鍋があった。



「あっ……ぁあああああぁ~~~!? お鍋がぁああーーーーーーッ!?」


「はいリセットリセット!!!」



 スキル【時間操作:世界逆行チェンジ・ザ・ワールド】発動!







「あっ、そーいえばお鍋を煮てたんでしたね! えへへっ、美味しくなったかなぁ~!」


「あ、ああ。頑張った後のご飯だからな。あと、俺が必死に守り抜いたご飯だから……!」



 あのあと、時間をちょっと戻した俺は、鍋を必死に抑えながらバトルした……!


 おかげでこぼれることなく無事だ。ふぅ~、勝利の味は守られたぜ。



『そんなことで時間を巻き戻すなゴミ野郎……!』


(うるせー)



 ついでに宇宙に捨てたことも『なかったこと』になり、うざいナイフは戻ってきてしまった。運のいい奴だ。



「じゃ、開けるぞ~」



 鍋の蓋を取る。すると、



「うっ、わぁ~~~っ!? 鳥とお味噌の香りがドワーッてきたっス~!?」



 湯気がぶわっと立ち上る。濃縮された香ばしい味噌の香りが鼻腔いっぱいに広がった。ティアは鍋の前で目を輝かせながら、待ちきれない様子で「パイセンッ、パイセン!」と呼びかけてきた。



「ああ、これはすごいな。ほれ箸だぞ」


「は、はいっス!」


「それじゃ、いただきますだ」


「いただきま~す!」



 ティアはさっそく鳥肉を摘まみ上げた。柔らかく煮込まれた肉に、とろりとした味噌のタレが絡み、見てるだけでも美味しそうだ。



「じゃあさっそく……はぁふっ……んんん~~~~っ!?」



 一口目を口に運ぶと、ティアの表情がぱっと明るくなり、「美味しい!」と嬉しそうに声を上げた。その様子を見て、俺も自然と笑顔になる。



「よぉし、俺は麵からいただこうかな」



 しこしことした麺をすくう。

 入れる前はやせ細っていた乾麺。だが味噌や脂身や香辛野菜の旨味をたっぷりと吸い、ぷりっぷりっに肥えてテラッテラッに輝いていた。さっそく一口……んーっ! 豊かな風味が、口に広がる!



「鳥肉も……んんっ、美味いなぁ。歯ごたえがコリコリして最高だ」



 コッコより筋肉質なぶん、心地いい歯ごたえが堪らないな。たんぱく質の塊を摂取してるみたいだ。



「っスね~! 雀のお肉、もっと食べたいっス!」


「はは。じゃあ明日からはブラッドスパローを乱獲しようか。村のみんなにも食べさせたいからな」


「っスっス!」



 危険な森の中、野性味あふれる狩猟肉に舌つづみを打つ俺たち。


 新鮮な味だ。こればっかりは前世でも味わえない贅沢だろう。冒険者になった甲斐がある。



「ほんと、幸せな毎日だよなぁ」



 帰るべき村があり、慕ってくれる村人たちがいて、可愛い後輩もいる人生。

 充実してるよ。アルテ・ランドとしてのスローライフは。


 邪魔者いっぱい消してきてよかった。




————————————


 ここまで読んで下さり、ありがとうございました!


 ↓『面白い』『更新止めるんじゃねぇぞ』『こんな展開が見たい!』『これどういうこと?』『こんなキャラ出せ!』『更新止めるな!』『これはスローライフ』


 と思って頂けた方は、ぜひコメント&フォローと、

 最新話からの

 『☆☆☆』評価をしていただけると、

 「書籍化の誘いが来る確率」が上がります!


 特に、まだしたことない方はぜひよろしくお願い致します!!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る