第8話アルテ・ランドという男8


 森に潜って数時間が経った。あれから幾度か戦闘したが、今んところ無事だ。



「表層に出てくる魔獣は、ブラッドスパロー、スライムプラント、ゴブリンレイダー、コボルトスカウト、シャドウバット、ダストインプ、ミストレイスってところか」



 折を見てメモ帳に書き加えていく。国の命令でレポート取らなきゃだからなぁ。



「やはり難易度が高いな。どいつも他の魔獣発生区域じゃ、中層あたりから出てくる連中だ」



 と言ってメモをしまい込んだところで、横の猫ピンクが「ぶえぇぇ……」と奇声をあげてへたり込んだ。



「疲れたか、ティア?」


「はひ……すみませんっス、パイセン。ここまでティア、戦ってないのに……」


「気にすんな」



 ここまでの会敵は全部俺が処理してきた。時間加速ナイフサク~でぽぽいとな。



「でも、パイセンのお役に立ちたいのに……!」


「その気持ちだけでありがたすぎるよ」



 後輩のふわふわな髪をなでる。ほんと、俺みたいなのんびり屋と違って勤勉すぎるよ。出来過ぎた後輩だ。



「今は森の雰囲気に慣れるのと、どんな敵が出るのかだけ学習しておけ」



 攻略本で先に情報仕入れるようなもんだ。死亡率は大きく落ちるだろう。



「うぅ、なんかすんませんっス……。結局、パイセン一人を働かせちゃって」


「いいさ。元々俺だけでやる予定の仕事だったからな。側にいてくれるだけでありがたいよ」



 話し相手にもなってくれるしな。一応ナイフも話せるけど、あいつはうざいからいいや。従順な可愛い女の子と話せるほうが一億倍イイよ。



『ゴミ野郎!!!』


(ぎゃーぎゃー喚くヤツが側にいるのってスローライフじゃないんだよね。作ったこと、『なかったこと』にしようかな)


『!?!?!?』



 さてそれは気が向いた時にやるとして、



「見ろ。この先は中層みたいだぞ」



 ある程度進んだところで、血色の草木が茂るエリアが目に入った。まるでラインが引かれているようでわかりやすい。



「い、いよいよっスね……! 『痛みの森』の中核エリア……! がんばるぞっ、おー!」


「よし帰るか」


「はいっ、頑張っていきましょう! ……って、えぇええ!?」



 ティアがびょんと跳ねて驚いた。かわいいやつだ。



「潜らないんスか!?」



 潜らないっスよ。



「焦る必要はないからなぁ。しばらくの間は表層エリアの探索だ。ルート作りに分布調査、それと生えてる薬草も調べたりな」



 魔素の濃い地帯の薬草は、べらぼーな効果を持つモノもある。


 それこそ煎じて薬にして塗れば、ファンタジーのポーションみたいに傷がすぐに塞がったりな。売ればなかなかの金額になるし。



「敵がわかれば対処がラクになる。高低が少なく、比較的魔物が出ないルートがわかれば、次から中層までラクに辿り着けるようになる。役立つ薬草を知っておけばいざという時の応急薬になる。深く潜るのはそれらの準備が出来てからだよ」



 いきなりダンジョン奥地まで突っ込む必要はない。別に俺一人ならいけなくもないが、ティアちゃんを教育しなきゃだしな。順当に行く予定だ。



「な、なるほどー。焦りは禁物なんスね」


「おう、スローライフの精神でいけばいいさ。つーわけでメシにするぞ」



 俺はフードの懐から鍋を出した。



「って鍋が出てきた!?」


「俺の黒フードも魔装の一種だ。次元粒子獣『ティンダロス』の革から作ったから、人から観測されない内側は広大な亜空間になってるんだよ」



 だから色々しまってあるぞ。まぁ重さは感じるが、そこはズルで鍛えた筋肉パワーでなんとかしてる。



「『ティンダロス』ってめちゃ上位の魔獣じゃないスか……!? よく倒せましたねぇ」


「あー俺も苦労したわ」



 実際結構大変だった。人に観測されない間は亜空間移動し放題な性質持つから攻撃当てづらいし、何より犬系の魔物って【時間操作】が効きづらいんだよね。なぜか。

 時間止めても動いてくるからビビッたよ。



「でも倒せたんスよねぇパイセン。やっぱゴールド級に出世しては?」


「貴族からの依頼とかあるから無理。俺黒髪だしバカにされるから」


「あ~……」



 そういうのスローライフじゃないんだよねぇ。


 あんまイジワルしてくるヤツは、生まれてきたことを『なかったこと』にしたくなっちゃうからやめてほしいな。昔はよくやってたっけ。あの頃はやんちゃでした。



『やんちゃで済むか!!!!!!!』


(お前は消す)


『ヒ!?』



 さてアホナイフ消す前に腹ごしらえだ。

 俺はフードから薪をガラガラッと出して地面に敷いた。そこらの枝でもいいけど、今日は後輩もいるのでよく燃える薪でちゃちゃっと調理します。



「ティア。火の魔法術は使えるか?」


「う、うっス! 結構得意っス!」



 薪に手をかざすティア。瞳を閉じて精神を集中させると、ボッと炎が薪に灯った。なかなかの大きさだ。



「すごいなぁ。発生速度をもう少し上げれば、戦闘中にも使えそうだぞ」


「え、えへへっ、そうっスか?」


「っスっス」


「口調パクらないでほしいっス!」



 そんな後輩に笑いつつ、俺は燃える薪の上に鍋を載せた。そしてフードから巨大雀『ブラッドスパロー』の死体を取り出した。ニワトリに輪をかけた大きさだ。スズメとは一体。まぁ食い出があるからいいけど。



「今日は『鳥の味噌煮』を作るぞ。最初に獲ったブラッドスパローが、フードの中でいい感じに血抜きできたからな」


「あっ、いつの間にか死体消えたと思ったら、そのフードの中に入れてたんスか。てかフードの中で血抜きって!?」


「お前も言ってたとおり、魔装には魂が宿ってるからな。生肉とか放り込むと血を吸い取るんだよ」



 ティンダロスくん、実は脳内で『おんおん!』と美味しそうな声を出しておりました。

 コイツアホだから好き。



「じゃーアルテ先輩の料理タイムだ。見ておけよ後輩!」


「おっスお願いします!」



 まずは皮むきだ。羽根毟るのがだるいので皮ごと剥ぐ。



「鳥は皮を剥きやすいからいい。脚の付け根と翼の第一関節部を切り落とし、腹部正中線をナイフで薄く切る。そして指を突っ込んで両側に引っ張ることで」



 ミチミチミチィイッと皮が縦に裂け、ピンクの中身が露わになった。



「わお、あっという間っスね!」


「ははは。コツは勢いよくやることだ。変に躊躇うと失敗するぞ」



 ワンポイントアドバイス:失敗したら時間を巻き戻そう!



『出来るか!!!』


(お前この調理が最後の出番だからな?)


『!?!?!??』



 じゃ、次は鳥肉をうざいナイフで切り取って鍋に入れます。鳥鍋を作る際は先に鳥肉を焼いておくと、脂身と旨味が中にとどまってパサパサしづらくなるぞ。



「サイズや形はテキトーでヨシだ。野外調理だからな。そして、最後にごま油を垂らすことで……」


「うわっ、ジュワッていい音が響いたッス!? もう絶対うまいっすよコレ……!」



 ティアは猫尻尾と猫耳をびんびんさせた。猫獣人だからか、鳥肉は大好物のようだな。



「このままちょっと火にかける。あんまり焼きすぎると味噌がしみ込みづらくなるから、一分以内でいい」



 やがて表面がこんがりと焼けてきた。脂身の弾ける香ばしい匂いに、ティアは「にゃぁああ!?」と興奮の声を上げる。

 よし、ここでフードより生姜とにんにくを投入だ。そしてニラも入れたことで、香りは極上を超えて犯罪的になった。



「にゃっ、にゃっ、にゃっ、にゃっ、にゃ!?」


「生姜、にんにく、ニラなどの香辛野菜は、抗酸化作用を持つため腐りづらいんだよ。そして身体に活力をくれるから、持ち運ぶのにも最適の食材で……」


「早く食べたいっス早く食べたいっス早く食べたいっス早く食べたいっス早く食べたいっス早く食べたいっス!!!」


「おっ、おう!?」



 後輩の食欲が限界みたいだ。じゃあ後はちゃちゃっと行きますか。



「次はいよいよ煮ていくぞ。水を注ぎ、たっぷりの味噌と、醤油、みりん、砂糖を加え、少しの酒も垂らしてよく混ぜる。おぉ~さらに匂いがよくなったなぁ」


「にゃぁあああーー!?」


「ははは」



 ティアが奇声を上げるのもおかしくはない。

 濃厚な味噌の風味が混ざり合い、鳥肉の香りと混然一体になった破壊力は最強だ。鍋の中でさまざまな旨味が鳥肉に絡んでいく。



「よーし、炭水化物も摂取しなきゃな。ここに乾麺も入れちゃうぞ~」


「にゃぎゃぁあああああああ~~~~!?」



 いよいよ後輩がビックンビックンし始めた。元気なようで何よりだ。



「さぁ~味噌味を吸った鶏肉とすべての旨味を吸収した麺は、どれだけ美味しいだろうなぁ~?」


「あわわわわ……! は、はやく、はやくっ」


「ではこのまま蓋をして五分待ちます!」


「五分もォオオオーーー!?」



 いよいよ白目を剥くティアさん。この後輩ほんと好きだわ。




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 ここまで読んで下さり、ありがとうございます!


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