第6話 アルテ・ランドという男6



「誰っスかパイセンッ!? そのロリ女はッ!」


「お前が誰だ」



 窓を開けると、謎の少女が吠えかかってきた。


 ピンク髪の獣人だ。猫耳とネコ尻尾、あとはちっちゃい身体付き的に猫系だな。



「そんなっ……アルテパイセン、ティアのことをお忘れっスか……!?」


「え、すまん。マジで覚えがないんだが」


「あんなに熱い夜を過ごしたのにッ!?」


「変なこと言うな。俺は童貞だ」



 と、謎少女と言い合っていた時だ。「愛おしいご主人様」とシトリーさんが俺を呼んできた。



「どうしたシトリーさん……って、なんか嬉しそうだな。口の端がふひふひしてるぞ」


「いっ、いえいえなんでもないです! ご主人様の見間違いですっ」



 あ、そうなの?



「それよりもその方、いかにも冒険者らしい恰好をされていますね」



 ああ、たしかに。ティアという猫ピンクを見れば、小学生くらいの身体を皮鎧で覆っていた。



「もしや冒険者として関係があったのでは?」


「むむ」



 そう言われると、何か仕事で絡みがあったかもしれない。うーん、ピンクの猫獣人……ピンクの猫獣人……あっ。



「思い出したわ。お前、三か月前の冒険者資格試験で、俺が担当してやった子だろ」


「っスっス~! いやぁ~思い出してくれて嬉しいっス~!」



 ティアは喜びを表すようにくるくる回った。色合いも動きも騒がしい子だ。



「改めまして、ブロンズ級冒険者のティアといいまっス! お二人ともよろしくっス~!」



 ビシッと敬礼するティア。その胸元で銅のプレートが揺れた。



「ほほう、ブロンズか。あれから一つランクアップしたんだな」



 冒険者には五つのランクが存在する。


 最初はアイアン級。駆け出しだ。死ぬ奴はここで死ぬ。

 次にブロンズ級。ボリューム層だ。ティアのランクで、この地位にいる者は多い。

 次にシルバー級。集団の中から一歩頭出た主戦力層だ。

 次にゴールド級。隔絶した力を持つ、人類の切り札のような存在だな。

 そして最後に宝玉プラチナ級。切り札を超えた切り札であり、ぶっちゃけると最強の連中だ。それゆえ歴史上、この地位にいる者は十名もいない。



「ふっへっへ。三か月前が懐かしいっスねぇ。パイセンは、ティアのことを木刀でボコボコにして愉しんでたっス……! 嗜虐心に瞳を濡らすパイセン。やがて息を荒らげていくティア。そこには歪んだ愛の形が」


「ねーよ。試験だからボコってただけだわ」



 危険地帯を探索する職業、冒険者。それはさらっとなれるモノではない。


 現役の冒険者による模擬戦試験があり、見込み無しと判断された者はシバかれて試験料だけ回収されてポイだ。仕事なんで許してくれ。



「ご主人様はそのようなお仕事もされていたのですね。試験官に選ばれたということは、それだけ強かったということで?」



 そう問うシトリーさんに、ティアは「そーなんス!」と答えて目を煌かせた。



「パイセンは『黒雷のアルテ』と謳われる凄腕冒険者だったんスよ! 雷みたいな速度で敵を倒していくんス! かっこいい!」


「まぁ! かっこいい!」



 かっこよくねーよ。長々戦うの嫌だから、バレない程度に身体時間加速して敵どついてただけだよ。



「銀級だけど、ギルドマスターからめっちゃお仕事頼まれてたし! 昇格もめっちゃ請われてたっス!」


「頼られてたんですね~!」



 いい迷惑だったよ……! 昇格したら貴族からの重要依頼とかやらなきゃだろうが。


 俺の目標はスローライフなんだから、縛られず短時間でそこそこの金を稼ぎたくて冒険者になったってのに。



「ちなみに、模擬戦の時にパイセンの服がちらっと捲れて見えたんスけど、パイセンの身体って細く見えてムキムキのバキバキなんスよ……!? マジで『雄』って感じで汚い鳴き声出そうになったっス……!♡」


「まぁ~♡」



 ズル筋だよ……! 能力検証中の一時期、筋肉酷使からの超回復の時間を早めたらすんごい速さでムキムキになっていくのがわかって、面白半分につけた筋肉だよ。


 パワーはあるけど、心のタフネスがないから持久力絶無だぞ!



「あはは、本当はパイセンともっと話したかったんスけどね~……」



 ティアは少しだけ表情を曇らせた。



「でもティアが冒険者になってすぐ、戦争が始まっちゃったっス。お隣のマルクト聖国がすん~ごい兵力で攻め込んできて……」


「聞いております……。冒険者の方々も徴兵されることになり、大規模な衝突が起きたとか」


「そーなんスよぉ。おかげでティア、魔獣狩る前に対人経験積みまくっちゃったっス。あはは……」



 笑う彼女だが、わずかに影が感じられた。おそらく初めて人を殺してしまったんだろうな。年若い彼女には、酷な経験だっただろう。聞いていたシトリーさんが「ティアさん……」と口を押えて瞳を潤ませた。



「ティア……」


「あっ……べ、別に気にすることないっスよ!? ちょこちょこ活躍できたおかげでお金貰えたし、ギルドから特別に昇格させてもらえたっスからねぇ~! だからへーきっスよ!」



 彼女はごまかすように笑うと、胸元の銅のプレートを見せつけてきた。

 ……優しい子だな。シトリーさんを気遣って空気を換えようとしたか。ならば俺も合わせよう。



「そうか、よく頑張ったなティア。お前は試験の時も素早くてセンスがあったからな」


「えへへ~!」


「だが、自分の素早さで体幹を崩して一度すっ転んでたな」


「ってそれは言わない約束っスよ!?」



 そんなやり取りにシトリーさんは笑い、ティアも続けて「あははっ」と笑った。射した影が払えたようでよかったよ。明るい雰囲気がとても似合う子だからな。



「にしても、パイセンはすごいっスよね~!」



 んん?



「パイセン、将軍の一人ぶっ殺して、国から土地を与えられたんでしょう!?」


「あー……まぁな」



 苦々しく俺は答える。本当は、活躍する気などなかったのだから。



「厄介ごとを押し付けられただけだよ……。あの戦場での活躍も、たまたまだしな」



 たまたまってかウッカリだ。めっちゃ強いヤツが奇襲かけてウォーッてきたから、咄嗟に殺したら将軍だった。それで敵将部隊も引っ込んでって大金星アルテくんなわけだ。


 うん、時間巻き戻そうと思ったね。これじゃ絶対厄介なことになると思って。


 だが、



「パイセンには助けられましたよぉ。実はティア、パイセンの近くの部隊に配属されてたんスよね。もしも敵将部隊が突っ込んできてたら、死んでたかもっス」



 ……そう。俺が敵将殺しをなかったことにしたら、そのぶんだけ『生きるはずの命』を奪うことになっていた。


 んなことになったら心労ハンパないっつの。そんなのはスローライフじゃない。結果、村長になっちまったわけだよ。



「思い出話はもういいだろ。それでティア、何の用で来たんだ?」



 ひざを折り、視線を合わせて真摯に問う。


 なお内心は必死なだけだ。『まさか面倒ごと持ち込みに来たんじゃないだろうな……!?』という思いを隠しながら、ティアを見つめた。


 すると彼女は「あわっ、わ……!」と何やら顔を赤くしながら、わたわたした後、



「じ、実はティア――パイセンのお仕事を、手伝いにきたっス!」


「なん、だと……!?」



 仕事って、『痛みの森』の調査のことをか……!?


 冒険者の間でも生還不能地帯と悪名高く、誰も受けることがなかったあの森の調査を!?



「お、お前……ティア……!」


「あ、あはは、迷惑だったスよね。すんません、急に押しかけたりして」


「いやッ、お前は最高にいいやつだ! 大好きだぞティアーッ!」


「わひっ!?」



 俺は思わず彼女のことを抱き締めてしまった!


 まさかっ、まさかこんな面倒な仕事を手伝ってくれるヤツがいるなんて!


 めんどくさがりでとにかくスローライフを送りたい俺からしたら、女神のような精神性だ!



「あわわわわわわっ、パイセン~!? あぁっ、ちから、つよ……っ!?♡」


「よしティア、お前に俺の村の狩人隊長を任せる。どうかこの地に住んでくれ! 一生住んでくれ!」


「はっ、はひっ!?♡」



 いやぁ~嬉しいなぁ。どのみち、戦える人材は育てる予定だったんだよ。


 俺一人のワンオペ調査じゃ怖いし寂しいし大変だし、俺がうっかり死んだら村が詰むし。


 あとは森に深く潜らずとも、表層間際をうろついている低級魔獣を狩って食肉にしてくれる人材な。防衛のため+新鮮な肉食いたいから、そういうヤツも必要だった。労働力、ゲットだぜ!



「ありがとう、ティア……!」



 もう本当に感謝だ。強く抱き寄せ、耳元で感謝を囁く。



「俺にはお前が必要だ……!」


「ちょっ!?♡」


「お前のことをずっと求めていた……!」


「やっ、やめっ!?♡」


「ティア、(後輩として)好きだ、ティア……!」


「あふぅううっ!?♡」



 そうして溢れる謝意を述べまくっていると、ティアは「あひ、あひィ……!♡」と言いながら全身ドロドロになり、シトリーさんは「うふふ、泥棒猫さんだったんですねぇその人……!」と言いながらドロドロオーラを出し始めた。


 ってどうした!?



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る