第5話 アルテ・ランドという男5
村の中央に建てた村長邸にて。寝室に射す朝日を浴びながら、俺は「ん~っ」と背筋を伸ばした。
「いい朝だぁ。まさにスローライフだな」
村が出来てから数日が経った。
全ては順調だ。病んでいた村人らはすくすくと回復し、すでに畑作りなど仕事を始めている者もいる。
助かるよ。ヒドロア男爵から三億ゴールドほど奪って大量に食材を買い込んだが、いずれは自給自足する必要が出てくるからな。
「男爵といえば、もうちょっかいを出してくれないと助かるなぁ。あんま能力使いたくないし」
――スキル【時間操作】。俺が生まれながらに持っていた異能だ。
時間に関することなら何でもできる。
過去に戻ったり未来に行くほか、肉体や物体の時間を操ったりな。
ただし使用は慎重に、だ。
過去を大規模に変えでもしたら、産まれなくなる命があるかもしれない。
未来の技術を持ち込みすぎたら、生み出すはずだった開発者が不幸になる。
それで罪悪感が生まれちまうのはスローライフじゃないからなぁ。バレたら解剖不可避だし、自重して使わねば。
「――失礼します」
と、その時だった。こんこんと扉が叩かれ、涼やかな声がかけられた。
「シトリーさんだな、入ってくれ」
「はいっ」
返事と共に入ってきたのは、片目を包帯で覆った薄銀髪エルフのシトリーさんだ。
ちなみに服装はメイド服。クラシックなデザインで、深い黒の生地に純白のフリルが際立っている。十歳未満の幼い身体にだぶついたエプロンドレスが可愛らしい。黒のニーハイソックスとローファーも、細い足首を見せつけるようでよく似合っている。
「おはようございます、愛おしいご主人様……♡」
……ふわふわとした声で俺をそう呼ぶ彼女。
本人たっての希望で家政婦をやってくれているシトリーさんだが、どうにも俺への好感度が高すぎるような……!?
「お、おはようシトリーさん。その呼び方はあの」
「なんでしょうか、愛おしいご主人様……!♡」
「……いえ、なんでもないです」
俺が助けて以来、とろとろシトリーさんだ。
まぁ放っといてもええか……。そのうち感謝も薄れてイイ相手見つけるだろ。中身日本人感覚な俺からしたらこの世界、美形だらけに見えるし。謝意に付け込んでアレコレする気も俺にはないし。シトリーさん見た目幼女だし。
「ではご主人様。どうぞ、お顔をお洗いくださいませ」
そう言って彼女はカラの桶を用意した。そして、
「氷の息吹、水と交じりてここに。
シトリーさんの青い隻眼に魔法陣が浮かぶ。彼女が手を振り翳すと、桶の中に氷混じりの水が溢れた。
相変わらずすごいな。
「魔法術か。俺は苦手なんだよなぁ」
この世界には魔力と呼ばれるエネルギーが溢れている。
それゆえ、酸素の濃かった古代の地球に恐竜がいたように、魔獣という凶悪な生命に溢れ、また人間たちも特異な力を宿していた。
それが魔法術だ。思い描くだけで『水・火・土・風・雷』に関連した自然現象を起こすことが出来るらしい。
ただし難易度は激ムズだ。
「どうすれば出来るんだ? 現象の完全な想像なんて」
これがまったくわからんて。
たとえば火種を出す想像をするとしよう。まぁイメージ自体は何となくできるよな?
ただそのイメージの火種、ちゃんと揺らめいているか? 三次元的にイメージできてるか? 上や横から見たイメージもできてるか? 匂いや温度や音はどうだ?
難しすぎるだろう。だからほとんどの人間は、火花や水の一滴を出すのが限界だ。
「起こす現象が大きくなるほど、イメージは難しくなる。桶いっぱいに氷水を張れるシトリーさんはすごいよ」
「いっ、いえいえいえっ。これが精いっぱいですから。戦闘で使える人たちに比べたら……!」
「そんなのはごく一部だって」
どこの世界にもバケモノはいる。
正確で大規模なイメージが、戦闘中にも関わらず出来るヤツ。そういうヤツは『魔法使い』と呼ばれて畏怖を集めている。
マジどうやってんだろうね。俺が時間を操るときは、なんかゲームで設定操作する程度の感覚で出来るんだが、それに近いのか?
「脳の構造が違うのかねぇ。俺の冒険者時代の知り合いにもちょいちょいいたが、どいつも一癖あるヤツばかりだったよ。常識人の俺と違って」
「まぁ、ご主人様は冒険者様だったのですね。未開の地で魔獣を狩るお仕事ですよね……! すごいですっ、ご立派です!」
うぁ、シトリーさんの好き好きオーラがさらに強まった……! こ、このままじゃホントにいかんな。一時の感情で、俺みたいなのんびり野郎を選ぶと後悔するからな?
「シ、シトリーさん、俺お腹空いたよ。顔洗ったら食卓行くから、先に準備しててくれるか?」
「かしこまりましたっ。ではごゆっくり」
嬉しそうに礼をして去っていくシトリーさん。食堂の娘だけあり、料理は大好きなんだそうだ。いい女性である。
「まぁ後ろ姿は完全に幼女なんだが……」
関係を持つのは本当にまずい。改めてそう思いつつ、俺はバシャリと顔に水をかけた。
◆ ◇ ◆
「できました。今日はコッコの卵丼です」
「おぉ……!」
ふわりと蒸気を上げる丼の中には、黄金色に輝く半熟卵がとろりと広がっていた。
優しい黄色が目にも鮮やかだ。さらにアクセントとして散らされた青ネギが、色合いをきゅっと引き締めている。
それに香りが堪らない。醤油ダレのこうばしい匂いが、『絶対美味い』とすでに脳を確信させている。
「あぁ。好きなんだよなぁ、コッコの卵料理」
コッコとはこの世界でいうニワトリ的な魔獣だ。比較的弱くて美味しい卵をポコジャカ産むため、羽根とクチバシを切って畜産動物として飼われている。ウチの領でも飼育済みだ。村人のハルファスくんが面倒を見てくれている。ありがとねー。
「じゃ、いただきます」
箸ですくって、一口頬張る。すると、
「っ! めっちゃ美味いっ!」
旨味が口いっぱいに広がった。
ご飯の甘さと卵のまろやかさ、そこに煮詰めた醤油ダレが絡み、絶秒な味のハーモニーを生み出していた。
卵のとろとろとした食感も堪らない。ときおり刻みネギがシャキッとした歯ごたえと爽やかな苦みをもたらし、口の中をリフレッシュさせてくれる。
「はぁぁぁ~、最高だよシトリーさん……! 相変わらず料理がうますぎる……!」
「うふふっ、お口に合いましたようで何よりです。愛おしいご主人様♡」
食えば食うほど食欲が湧くとはこのことか。
俺ははぐはぐと丼を掻きこんでいった。うぅん、やっぱドンブリにがっつくのは幸せだなぁ。
「うぉおお……! シトリーさんの腕前に、大好きな卵、そしてコメと醤油が俺に活力を与えてくれる……!」
この世界にはお米様とお醤油様がバッチリ存在してくれていた。
俺の名前のモチーフともなった『古の大賢者アルテ』が人類に広めたらしい。
たぶんそいつも転生者なんだろうな。箸もついでに広めてくれたし。
まぁ別にいいさ。美味いモノを齎してくれたんだからありがたいよ。
「んぐっんぐッ……ふぅ、よし、ごちそうさま。今日も最高に美味かったよ」
あっという間に食事を終えた。
いかんなぁ。本当はゆっくりと味わいたいのに、シトリーさんの料理がそれを許さない。これも一種の魔法術だよ。
「お粗末さまでした、愛おしいご主人様。本日はこれからどうなさいますか?」
「そうだなぁ。今日はそろそろ『痛みの森』のほうを調査するよ」
――『痛みの森』。この村の近隣にある危険地帯だ。
俺が村長に任じられたのも、その地を調査・開拓するための前払い報酬みたいなものだ。
「『痛みの森』、ですか。わたくしも知っております。曰く、住まう魔物は警戒心が強くとても凶悪で、森から飛び出すことはほとんどないものの、入ってきた者は絶対に生かして帰さないとか。……そんな森に、入らないとダメなんですか……?」
シトリーさんはちょっと涙目で俺を見つめてきた。心配が、とてもありがたい。
「仕方ないさ。国からの命令だからな。一月ごとに監査官もやってくるそうだし」
サボっていないかチェックし、そして調査レポートを回収するために、お役人がやってくることになっている。
だからいい加減に動き出さないとだ。
「愛おしいご主人様……ちゃんと、帰ってこれますか?」
「もちろんだ」
安心させるためにシトリーさんの髪を撫でてやる。
「すぐにまったりな日常に帰ってくるさ。俺はプロのスローライファーだからな」
冗談めかしてそう言うと、シトリーさんは「ふふっ、なんですか、それ?」と笑顔を見せてくれた。かわいい。
「じゃあ行ってくるかなっと」
そうして席を立った、その時。
『――パァァァイィィィィセェェェンンン~~~~!』
「わぁっ!?」
窓に、猫耳少女が張り付いていた!
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