第4話 アルテ・ランドという男4


 村人らに食料やら薬やらハンカチを渡していた時のこと。



「申し訳ありません。わたくしは、この村には住めません……」



 周囲から距離を置いていた少女がそう言った。



「キミの名は、シトリーだったか」


「は、はい……! わたくし、声も身体も小さくて地味なのに、覚えてくださるなんて……」


「フッ、ちゃんと覚えてるさ(時間止めてメモ取ってな!)」



 身体の各所や片目を包帯で覆った、薄銀髪の青眼の子だ。

 年齢はまだ十歳にも満たないくらいか。だが横髪から覗く僅かに尖った耳と、眩しいくらいの肌の白さから、おそらくは、



「キミは森人エルフ族の血筋の者だな?」



 この異世界の人類は多様だ。獣人アニムス魚人マーマンなどもいて、とりあえずヒトっぽくて知性と理性があれば人類に区分される。

 ちなみに俺のような普通の人間の呼び名は基人ノービスだ。特技はないけど、年中発情していて数は一番多いとされてます。ちょっと恥ずかしいね……。


 閑話休題。



森人エルフの者は陽光に好かれるため日焼けせず、また樹木のようにゆっくりと成長するため、基人ノービスの三分の一ほどの早さで老化するとか。失礼だが、シトリーも子供ではなく」


「はい、これでも二十四になります……」


「年上か。なら『シトリーさん』だな」


「シトリーさんっ!? そっ、そんな恐れ多いっ!」



 うるせー。こびりついた日本人メンタル的に、年上を呼び捨てするのはムズムズするんだよ。



「話を戻そう。この村に住めないと言ったが、どういうことだ? 村長の俺が、黒髪だからか?」


「い、いえ! アルテ様に不満などありません! 問題は……わたくしの抱えている感染症です」



 感染症だと?



「わたくしは……『ツクヨミ病』を患っています」



 瞬間、他の村人たちが「っ!?」とたじろいだ。また、一部の者が顔を伏せる。



「『ツクヨミ病』か。体液媒介の病で、潜伏期間は基人ノービス速度で十年。代謝の遅い森人エルフなら二十年以上か。発症すると重度の神経障害に陥り、耐えられないほどの掻痒感に襲われるという。特に夜に酷くなり、寝ている間に眼球を掻き潰して失明する者も多いことから、別名『月狂いの病』とも呼ばれているな」


「お、お詳しいのですね」


「まぁな。百年前、黒髪のツクヨミ一族が滅ぼされた原因とされているからな」


「っ」



 俺の言葉にシトリーさんは表情を曇らせた。


 文献曰く、ツクヨミ一族が流行らせた病だから『ツクヨミ病』と名付けられ、一族は燻蒸消毒の名目で全員殺されて焼かれたんだと。


 ちなみに一族が流行らせたってのは迷信だ。そんな証拠どこにもないしな。王族がそう言いだしたからそうなりました。終わり。って感じだ。


 おかげでいい迷惑してるよ。



「嫌だよな。感染症は。患った者は周囲から忌避され、流言飛語の的にされることもある。シトリーさんも苦労しただろう」


「っ……はい。わたくしは母胎感染だったようで、母と共に発症しました。おそらくは行きずりの旅人だったという父が感染源だったのでしょう」



 彼女は声を暗くし、「昔は幸せだったのに……」と呟いた。



「小さな食堂をしていたんです……。お客さんに喜んでもらうことが、母とわたくしの幸せでした。街のみんなから愛されてました」


「そうか」


「でも、『ツクヨミ病』を発症したことで、みんなから責められて、疎まれて……ついに母は、命を……!」


「……そうか」



 どうしてこんなことに……ッ、と。シトリーさんは膝を突いて嗚咽を漏らした。残った片目から涙がこぼれる。



「『ツクヨミ病』は、いまだに治療薬が開発されていません……! だからわたくしがこの村にいたら、きっと、みなさんのことも苦しめてしまいます……! だから、だから……っ!」


「シトリーさん」



 俺は彼女に近づくと、



「もう大丈夫だ」



 彼女の小さな身体を、優しく抱きしめてやった。 



「っ!? な、なにをしているのですかアルテ様っ!? もしも感染ったらっ!?」


「触れ合っただけじゃ感染らないさ。……シトリーさん、これまでよく耐えてきたな」



 柔らかく頭を撫でてやる。――母親を亡くしてから、きっと一度も触れられなかった彼女の髪を、撫ですかしてやる。



「ぁ、アルテ様いけません……! わ、わたくしなんかに、こんなっ……!」


「なにが『わたくしなんか』だ。悪いのは病気であって、キミの価値は何も落ちちゃいないだろうが」


「っ!?」


「病気なんて関係ない。キミは一人の女性なんだ。だからどうか、俺に支えさせてくれ。じゃなきゃ男が廃れちまうよ」



 冗談めかしてそう言うと、シトリーさんはしばし震え、やがて表情をくしゃりと崩して、俺の胸に顔を埋めた。



「あぁぁああぁあぁっ、アルテ様ぁぁあ……!」


「よしよし」



 感情のままに泣き出す彼女。背中をぽんぽんと優しく叩く。



「遠慮することはないさ。……みんなもどうか、悩みも苦しみも全部打ち明けてくれ」



 一部の村人らに目を向ける。シトリーさんが『ツクヨミ病』を告白した時、顔を俯かせた者たちを。



「お前たちも、治療できない『ツクヨミ病』を患ってるんだな」


『っ……』



 人々はぎこちなく頷いた。っておいおい、怯えたような顔するなよ。



「黙っていたことが後ろめたいか? 申し訳ないか? ならば安心するといい。俺は責めない。だってお前たちは、何も悪くないんだから」


『な……!?』



 彼らは目を見開いて俺を見つめた。いいのですか、と、表情で問うてくる。


 あぁいいとも。



「全ては病気が悪いんだ。ゆえに罪悪感なんて抱かなくていいさ。消していいよ」



 後ろ暗い感情なんて心の癌だ。抱えていても増えるだけ。そんな人生、全然スローライフじゃないからな。



「よし、みんなに教えておこう。俺のモットーはな、〝スローライフな人生を送ること〟なんだ」



 そう言うと、腕の中のシトリーさんが泣き腫らした顔を上げ、「スローライフ、ですか……?」と問いかけてきた。



「あぁそうだ。深い絶望なんていらない。根深い後悔なんて不要だ。日常の出来事に一喜一憂しつつ、最後は笑顔で美味しいご飯を食べて締めくくれる毎日。そんな日々を送ることが人生の目標だ。ステキだろう?」


「は、はい。でも……」



 シトリーさんは暗い顔をした。どうしたどうした。



「じゃあ、わたくしたち病人が押し掛けてきたのは、アルテ様にとって迷惑なんじゃ……」


「馬鹿を言え」



 シトリーさんの頭をもう一度撫でてやる。「はぅぅっ!?」と驚きと恥じらいに顔を赤くした。かわいい。



「不幸な偶然だろうと、俺たちは巡り合うことが出来たんだ。俺は幸せだよ。みんなを笑顔にして、その中で暮らすことが出来たなら、それってすごくスローライフだろ?」


『村長ぉ……!』


「だから俺はお前たちを見捨てない。そんなのはスローライフじゃないからだ。絶望も不幸も憎らしい敵も、全部俺がなかったことにしてやるからな!」



 そう言うと、「村長っ」「村長……!」と人々は呻くように呟き、膝を突いて祈るように俺を見上げてきた。



「おいおいよしてくれ。普通に接してくれって」



 敬われすぎるのはスローライフじゃないっつの。あぁ、それと。



「実は、海外の大帝国とツテがあってな。そこから仕入れてきたんだ、『ツクヨミ病』の治療薬を」


『ッ――!?』



 驚愕する村人たち。そんな彼らに『本当の出所』は伏せつつ、「これだ」と言ってドローチ入りの瓶を取り出した。シトリーさんが信じられないものを見る目でソレを見上げる。



「まさか、そんなものがあるなんて……!?」


「はは。どんな病もは治すのが人間だ。というわけで、まずはシトリーさん」


「は、はいっ!?」


「急速性の舌下錠だ。俺を信じて飲んでくれるか?」



 そう問うと、シトリーさんは一瞬逡巡するも、「アルテ様のおっしゃることなら、信じます……!」と頷いてくれた。嬉しいよ。



「さぁ、口を」


「はい……!」



 彼女の腔内に薬を入れる。柔らかなピンクの舌に指が一瞬触れると、彼女はビクッと身を震わせた。



「すまんな。じゃあ、しばしこのままでいてくれ」


「ふぁい……!」



 錠剤が溶けだしたのか、シトリーさんは苦みに耐える表情を浮かべた。

 だがそれも数秒のこと。やがてハッと目を見開き、



「か、かゆみがっ!? 目を掻き潰すほどのかゆみが、消えました……っ!」


「そうか、薬が効いたな」


「アルテ様ぁぁあああ……っ!」



 もう一度抱き着いて泣き喚く彼女。他の病人らも、「まさか本当に!?」「奇跡だ……! アルテ様ッ、ありがとう……!」「我らに救いを届けてくださるなんて、まさに救世主メシア!」と、見つけた希望に涙を流した。


 あぁ、よかったよ。



「……二百年後の未来まで探してきた甲斐があったな」


「え、アルテ様?」


「いや、なんでもないさ」



 二百年以上先の未来行くのはちょっと苦手なんだよな~。


 世界、『アルテミシア教』とかいう謎の連中に支配されてるから。


 どうしてああなった?



—————————————————————————


A.お前のせい。



 ここまで読んで下さり、ありがとうございます!


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