第36話 茜の屋敷
それから学期が始まる前日までの間は、実家で過ごした。これは、茜さんからの提案で、ちゃんと実家で過ごしてから引っ越そうという話になったからだった。そもそも一時間くらいで移動出来るから、急ぐ必要もないという事もあった。
その期間の間、師匠の指導の下で基礎訓練に集中する事になっていた。人の目に付くところで、魔法を使う事は出来ないから、これは仕方なかった。無駄に広い庭を魔力増加と身体強化と使いながら走り続けるというもので、水分補給はしながら延々と走り続けたり、筋トレをしたりと本当に基礎の訓練ばかりだった。
その中で、師匠との戦闘訓練も挟まった。人に変身した師匠と普通に拳で戦うみたいな訓練だった。そんな事が必要なのかと思ったのだけど、人と戦う時には肉弾戦も重要になるらしい。人と戦う機会があるのか分からないけど。師匠曰く、本当は裏世界でも同様の事をしたかったらしいけど、猫のままだったから諦めていたらしい。
因みに、これは全部負けた。私よりも小さい女の子にいいように転がされる経験をする事になるとは思わなかったけど、師匠の強さが良く分かった。肉体的な方だったけど。
それとは他に、中学の頃の友達とかが訪ねてきた。卒業式に出る事が出来ずに、行方不明になったし、急に帰ってきたしで質問攻めになった。
これに関しては、誘拐にあって必死に逃げたという事になっている。五ヶ月もいない理由を作るのに、これが一番納得させやすいという風に冷音さんが言っていた。それに、これを言っておけば、深掘りされる事はほぼないという考えもあったみたい。実際に、そこまで深く訊かれる事はなかった。
転校に関しては、途中で助けてもらった人と同じ学校に通いたいからという風に伝えておいた。他人から見たら、恋する少女という感じだろうけど、そんな事はないので、皆に変な期待をさせてしまった。今度帰ってくるまでに、そのエピソードを用意しないといけない。面倒くさいので、白と何かしたらそれを話す事にしよう。茜さんとかめぐ姉とかは対象にならないだろうし。
そんなこんなで実家から離れる日がやって来た。茜さんとめぐ姉が車で迎えに来てくれる。引っ越しの荷物は、全部収納魔法に入れているので、手ぶらで移動する事になる。だから、引っ越しという雰囲気はない。
「それじゃあ、行ってくるね。どこかしらで帰省できそうだったらするから」
「それなら、帰省する前に連絡してちょうだいね。いきなり帰ってこられると驚くから」
「は~い」
「灰沢さんに迷惑を掛けないようにな」
「は~い」
二人に手を振りながら、車に乗る。師匠も私の膝に乗る。助手席にはめぐ姉が乗って、車が出発する。お母さん達が見えなくなるまで手を振り続けてから、座席に背中を預ける。
「寂しい?」
車を運転しながら、茜さんが訊いてくる。
「多少は寂しいですけど、会おうと思えば会える距離ですし」
「まぁ、それもそうだねぇ。恵ちゃんも免許は取ってるから、恵ちゃんに運転してもらっても良いしねぇ」
「その場合、先生の車を借りる事になりますよ」
「一言断ってくれたら良いよぉ」
「先生って心が広いですよね……」
「そう? 美玲ちゃんも貸してくれるよぉ?」
「あの時、滅茶苦茶嫌そうな顔をしていましたけどね」
「そう? 快く貸してくれた気がするけどなぁ」
「渋々って雰囲気が前面に出ていましたけどね」
茜さんとめぐ姉のやり取りに苦笑いしか出来ない。師匠は、若干呆れたように息を吐いていた。
「ジルとミアは、昔からあんな感じよ」
「へぇ~、仲が良いんだね」
「まぁ、そうね。あれでも関係が切れないくらいには仲が良いわね。私の弟子達は、大体そんなものよ」
「ふ~ん、私も同じ感じになるかな?」
「そうね。どちらかというと、可愛がられると思うわ。実際、ジルからは可愛がられているでしょう?」
「確かに……」
裏世界での日々を思い出して納得した。それを見ためぐ姉が茜さんの方を見る。
「先生。水琴に何かしました?」
「へっ!? い、いや!? ベッドが一つだけだから、一緒に寝たくらいだよ?」
「…………」
めぐ姉からの鋭い視線を感じているのか茜さんの頬が引き攣っていた。ただ、茜さんの言っている事は本当の事だ。実際には、師匠も一緒に寝ていたけど。
「あっ! そういえば、白ちゃんが水琴ちゃんに会いたがってたよ」
茜さんは、このままだと追及されると思ったのか話題を変えた。
「そうなんですか? 引っ越しの作業が終わったら、会いに行っても大丈夫ですか?」
あれから二週間も経っているし、白も寂しいのだと思うから、時間があれば会いに行きたい。
「う~ん……私は用事があるからなぁ。恵ちゃん、連れて行ってくれるぅ?」
「白の間までですよね? 分かりました」
白がいた部屋は白の間という名前らしい。早めに引っ越し作業を終わらせる理由が出来た。頑張らないと。
そんな話をしていると、魔法学校の結界内に入った。前はそのまま魔法学校の方に行ったけど、今日は少し逸れた道を走る。そのまま車が走り続けると、正面に大きな屋敷が現れる。
「あれが茜さんの家ですか?」
「そうだよぉ。管理が大変でねぇ。基本的にホムンクルスが家事をしてくれてるんだぁ」
「ホムンクルスって?」
「人造人間よ。錬金術で生み出せる存在で、基本的に人の命令に従う存在ね。家事をしろと言えば家事をするわ。具体的な命令がなくても、ある程度考えて動けるのが強みね。作る人によって、そこら辺の範囲が変わってくるけれど」
「冷音ちゃん特製だよぉ!」
「なら、かなり頭が良いわね。多分、茜より良いんじゃないかしら」
「ちょっと!」
茜さんが怒るけど、私とめぐ姉は笑ってしまう。そのまま屋敷の駐車場に車を駐めて、茜さん達と一緒に屋敷の中に入る。中は西洋風な感じで実家とは正反対だった。玄関にはメイドさんが一人立っていた。
「メイちゃん、ただいま。この子は、メイドのメイちゃん。メイちゃん、住人登録お願い」
「かしこまりました」
めぐ姉に背中を押されて、メイさんの前に出される。そして、めぐ姉に耳打ちされる。
「名前を言って」
「栗花落水琴です」
「アリスよ」
「師匠は、人型でもやっておいて」
そう言われて、師匠は人に変身して同じように名前を言った。もう名前はアリスで確定しているらしい。
「これでオッケー。この前登録しておいた部屋に案内してあげて。私は、学校の方に行かないといけないから」
「かしこまりました。水琴様、アリス様、ご案内致します。恵様は如何なさいますか?」
「私も一緒に行くよ」
「かしこまりました。こちらです」
メイさんは、茜さんに頭を下げてから移動を始める。私達はメイさんの後を追っていく。すると、二階の端っこにある部屋に着いた。ここが、私の部屋らしい。メイさんが扉を開けて、脇に避けた。先に私が入らないといけないらしい。
用意された私と師匠の部屋は、滅茶苦茶大きかった。二人用というのもあるのかな。ベッドはキングサイズくらいある。私と師匠二人で寝るから、ちょうど良いと思うかもしれないけど、師匠は寝るときに猫に戻っているはずなので、そこまでの大きさは要らないはず。
(絶対に茜さんも一緒に寝ようとしてるな。まぁ、毎日ではないと思うけど)
真っ先に目が付いたのは、ベッドだけど、他にも色々とある。大きなタンス、棚、机が二つずつあり、真ん中に大きな四角形のテーブルがあって、四つ辺の前にそれぞれ三人掛けくらいのソファが置かれている。
「……無駄に広い」
「本当にそうね。二人で過ごすにしても広いわね。多分、客がたくさん来る前提の部屋なのだと思うわ」
「ああ、なるほどね。茜さんが部屋を提供してくれたのは、そういう事もあるのかな?」
「そういう理由なら、そうだと思う。寮の部屋は四人もいたら狭いくらいだから」
茜さん、冷音さん、美玲さん、めぐ姉、白だけでも五人いるので、更にそこに加わるのだとすると、めぐ姉の言う寮の部屋では狭いかもしれない。
それに、白が寮に来たら、大騒ぎになる可能性もある。それも考えると茜さんの家に住ませてもらって良かったと思う。
「それじゃあ、服を仕舞っちゃおう」
「そうね」
収納魔法から服を取り出していって、師匠とめぐ姉と一緒に服を片付けていく。筆記用具は収納魔法に入れておいて良いので、机に仕舞うものはない。これは、学校に通い始めてから教科書とかを置けばそれっぽく見えるはず。
「よし! 終わり!」
「それじゃあ、時間も余っている事だし、白の間に行こうか。アリスさんも一緒に行きますか?」
「そうね。ここから学校への道程を知っておきたいから付いていくわ」
師匠も付いてくるとの事なので、いつものポンチョを身に着ける。すると、すぐに師匠が中に入った。
「凄い便利なスタイル」
「凄いでしょ。一緒に移動するのに便利なんだよ」
「まぁ、私が変身しても良いのだけどね」
「魔力温存! 師匠の魔力増加に魔力を使いたいしね」
「そうね」
師匠が頭をポンポンと叩いてくれる。猫状態の時の頭を撫でる動作だ。
「それじゃあ、出発しよう。迷子にならないように、しっかり付いてきてね」
「うん」
めぐ姉に案内されて学校まで移動する。学校までの道程は、森に挟まれた一本道を歩いて行くだけだった。リアルに森の中を移動していた私からすると、絶対に迷いようのない道だった。それに学校の位置さえ分かっていれば、『方位磁針』で調べられるので、学校に行く道程では迷子にはならないと思う。学校の中だと方角とかでは分からないので、迷子になる可能性は高いけど。
その後、白の間で白と話して過ごした。その間に、師匠はめぐ姉と一緒に学校を歩いて回っていた。迷子にならないように色々と覚えているみたい。師匠がいれば、迷子にならずに済むかな。
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