第37話 担任の先生

 翌日。学校初登校という事もあって、目覚ましも掛けて早めに起きようと思っていたら、いつも通り師匠ののしかかりで、その前に起きた。


「うぅ……目覚まし掛けてるのに……」

「水琴は他の子よりも、格段に出遅れているのよ。実家じゃ出来なかった魔法の訓練をするわよ」

「……は~い」


 確かに師匠の言う通りなので、ベッドに手を突いて身体を起こそうとすると、ベッドとは違う柔らかい感触がした。

「ん?」


 手の先を見ると、そこには茜さんの胸があった。手のひらに返ってくる弾力に、若干嫉妬しちゃうけど、いつまでも手を置いておく訳にもいかないので、胸から手を退かす。


「……本当に侵入してた」

「水琴が寝た一時間後くらいに来てたわよ。昔は、ずっと私と一緒に寝ていたし、人と一緒に寝る方が安心出来るのだと思うわ。まぁ、放っておいて良いわよ。顔洗ってきなさい」

「は~い」


 洗面所は、私の部屋の隣にあって、直接移動出来るように扉で仕切られている。そこにタオルも置かれているので、手ぶらで移動しても大丈夫。

 洗顔と歯磨きを終えて、部屋に戻ってくると、茜さんが起きて人に変身した師匠を抱きしめていた。


「水琴。運動着に着替えなさい。すぐに移動するわよ」

「うん」


 師匠に言われた通り、運動着に着替える。着替え終わった瞬間に、後ろから茜さんに抱きしめられた。


「おはよう、水琴ちゃん」

「おはようございます」


 頭に頬ずりされながら抱きしめられたけど、朝の挨拶が終わると、茜さんの方から離れて部屋から出て行った。裏世界で旅をしている間も同じような事をしていたので、私の方に動揺はない。親しい人に対する茜さんの挨拶の仕方だと師匠が言っていたので、多分冷音さんや美玲さん、めぐ姉にも同じような事をしているのだと思う。


「行くわよ。ここの地下に射撃場があるらしいから、そこを使うわ」


 猫に戻った師匠が私の肩に登ってきた。ポンチョがないから、器用に肩で座っている。


「どこから地下に行くの?」

「ご案内致します」

「うわっ!? メイさん!? どうして!?」

「茜様より、地下室へご案内するように指示がありました」


 茜さんは部屋から出て、どこかしらでメイさんにお願いしていたらしい。奔放に見えて、しっかりしているところもちゃんとあるのが、茜さんだ。


「それじゃあ、お願いします」

「はい。こちらです」


 メイさんの後に付いていくと、一階に降りて、また移動をしてからようやく地下に降りる階段に着いた。そのまま地下に降りていくと、かなり広い空間に出た。


「おぉ……」

「こちらの機械を操作することで的が出て来ます」


 メイさんから、この射撃訓練場の使い方を説明してもらう。結構簡単な操作で出来るみたいなので、覚えやすくはあった。


「では、お風呂とお食事の準備をしておきます。ごゆっくり」

「あ、はい。ありがとうございます」


 メイさんは出て行ったので、教わった通りに操作する。


「よし! じゃあ、始めるね」

「ええ。難易度は一番上にしておくわね」

「へ?」


 私が操作した後に、人に変身した師匠が設定を変えていた。私よりも操作が早い。師匠は、割と機械に強いようで、すぐにこういう事を覚える。

 師匠は即座にスタートしてしまうので、設定を変えられる訳も無く訓練が始まる。一番上の難易度は、現れてから消えるまで、一秒もなかった。しかも、師匠から連射を禁止されたので、一発一発撃ち込むしかなかった。

 一回の訓練で的が百個出て来るのだけど、結局二十個までしか命中させられなかった。一回の訓練が二分弱で終わっていたけど、全部当てられなかったら、腹筋十回、背筋十回、腕立て十回、スクワット十回をするという風になっていたので、一回の訓練で五分くらい時間を使う。筋トレに関しては、身体強化を使っても良かったので疲労はそこまでない。筋トレにはなるし、結構汗も掻くけど。

 たっぷり汗を掻いたので、メイさんが用意してくれたお風呂に入って汗を流す。師匠も一緒に入るけど、茜さんの家のお風呂は、銭湯くらいの大きさがあるので、二人で入っても広々と使える。

 朝の修行、お風呂、そして美味しい朝食を終えた私は、自分の部屋に戻って制服に着替える。運動着の方は、私と師匠がお風呂に入っている間にメイさんが洗濯してくれていた。


「見て見て師匠。似合う?」

「そうね。どこからどう見ても中学生ね」

「高校生ですぅ!」


 意地悪を言う師匠に頬を膨らませつつ、師匠を入れるポンチョも着る。師匠は、すぐにそのポンチョの中に入った。


「さてと、準備は要らないよね?」

「最初は説明だけで終わると言っていたから、大丈夫だと思うわよ。職員室に行って、担任になる教師と一緒に教室に行くという段取りよ。職員室の場所は覚えているかしら?」

「…………」

「覚えていないわけね。先導するから安心しなさい」

「ありがとう、師匠」

「良いわよ。白の君と話していて、学校内を見て回る時間も無かったものね」


 師匠は、私が白と話している間に、学校を案内して貰っているので、私よりも詳しい。白と一緒に校内を歩いて話す事が出来たら良かったのだけど、さすがに、白が出歩くわけにもいかない……のかな。そこは分からないけど、生徒がいる現状では無理だと思う。

 師匠と一緒に学校に着くと、そのまま師匠の誘導に従って、職員室まで歩いていく。職員室をノックして扉を開ける。


「失礼します」

「あっ、水琴ちゃん、いらっしゃい」


 すぐに出迎えてくれたのは、つい今朝方にも会っている茜さんだった。茜さんは、私の背後に回ると、背中を押して私を誘導していく。そうして連れて行かれた場所は、一人の先生の前だった。


「渚ちゃん。この子が転校生だよ」

「あ、初めまして。栗花落水琴です」

「初めまして。西宮渚にしみや なぎさです」

「渚ちゃんは、水琴ちゃんの担任になるから、渚ちゃんについていってね」

「あ、はい」


 茜さんは、西宮先生に紹介して自分の机に戻っていってしまった。西宮先生と二人にして仲良くさせようと考えているのかな。


「その子は、水琴さんの使い魔?」


 西宮先生が背中にいる師匠を見ながら訊く。訊かれてから、どう答えれば良いのか悩んでしまった。師匠という風に紹介して良いのか、誤魔化した方が良いのかが分からないからだ。


「水琴の師匠をしているアリスよ。よろしく」

「あ、よろしくお願いします。えっと、アリスさんも一緒に授業を受けますか?」

「そうね。そちらが大丈夫なら受けさせて貰えるかしら?」

「はい。それは構いません」


 師匠も一緒に授業を受けられる事になった。仮に受けられなくても、学校内を歩き回っていただろうけど。

 そんな話をしていると、西宮先生の顔が固まった。何かを見て、強張ったという感じだ。


「水琴」


 師匠が頭の後ろをポンポンと叩いてくる。一体何だろうと思って師匠を見ようと振り返ると、背後に白が歩いてきていた。


「白。どうして、ここに……ってか、髪! 髪!」


 白の長い髪の毛は結ばれておらず、床に落ちている。完全に髪を引き摺る形で歩いてきている。


「大丈夫だ。この髪は汚れないからな」

「そういう問題じゃないでしょ。えっと……ここに座って」


 近くにある椅子に白を座らせて、髪の毛を結んで床に着かないくらいの長さにしていく。白の言う通り、髪の毛に埃が付いたり汚れたりは一切していない。

 まとめている間に、白がここに来た訳を訊く。


「どうして、ここに来たの?」

「水琴が緊張していないかと思って、様子を見に来たが、杞憂だったようだな」

「まぁ、教室に行ったら知らない人ばかりだから、緊張するだろうけど、ここだったら、そこに茜さんがいるから」

「なるほど。知り合いがいると落ち着くのか。なら、私も教室に行くか」

「それは止めといた方がいい気がするかな」

「ああ、冗談だ」


 白も普通に軽い冗談を言うようになった。まぁ、今のは、冗談ではないかもしれないって思っちゃったけど。


「はい。これでまとまったよ」

「ああ、ありがとう。何かあれば、私に言ってくれ。それじゃあな」

「うん。心配してくれてありがとうね」

「ああ」


 白は私に手を振って職員室を出て行った。私も手を振り返して見送る。


「全くもう……髪の毛は結ばないといけないだろうに」

「そういうところはあまり気にしないみたいね。昔と同じだわ」

「へぇ~、そうなんだ」


 師匠が知っている頃でも同じように髪の毛とかに頓着する事はなかったみたい。


「白の君とはどういう関係なの?」


 西宮先生が訊いてくる。多分、他の先生達も気になっていると思う。白の事を魔法使い達の祖と考えている人達がほとんどだろうから。

 ちらっと茜さんを確認すると、サムズアップしていた。言っても大丈夫という事だ。まぁ、あんな風に喋っていたら、普通に分かりそうだけど、本人の口から聞きたいって事だと思う。


「友達です」

「じゃあ、もしかして、水琴さんも転生者なの?」

「いえ、私は転生していません。八月の上旬に友達になりました」


 私がそう言うと、西宮先生は唖然としていた。私の言っている事を嘘だと思おうとしても、さっきの白とのやり取りが本当の事だという証拠になる。


「そ、そうなの……」


 西宮先生は驚いた表情をしていた。周囲の先生方も同じだ。不敬だとか言われなくて良かった。茜さんはニコニコと笑っているので、この結果を予想していたみたい。

 そうこうしていると、予鈴が鳴った。


「おっと……時間だ。それじゃあ、教室まで案内するから付いてきて」

「はい」


 師匠をポンチョに入れたまま、西宮先生に付いていく。クラスメイトは、どんな人達だろう。嫌な人達じゃないと良いな。私が行こうとしていた高校と違って、本当に知らない人達ばかりだろうし、ちょっと緊張する。本当に白を連れてきた方が良かったかも。

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