第35話 黒髪の少女

 部屋を出ると、冷音さんが口を開いた。


「白の君と打ち解けたようですね」

「え? あ、はい。友達になりました」


 白と友達になったと言ったら、師匠が茜さんにしようとしていたように怒られるかなと思ったけど、私の予想の反対で、冷音さんは柔らかく笑った。


「そうでしたか。それは良かったです。この件で師匠が怒る事はありませんので、ご心配なさらず。私からも伝えておきました」

「え、あ、ありがとうございます」


 冷音さんは、元々白の考えを知っていたのかな。だから、茜さんの事も許可していたとか。それなら納得も出来る。まぁ、茜さんなら白からの許可だけで、あんな感じなるとは思うけど。


「それでは、私の研究棟に行きましょう。師匠もそこにいます」

「研究棟……別の校舎的な場所ですか?」


 棟と言うくらいだから、この校舎とは別の場所に作られているのだと思った。それを肯定するように、冷音さんが頷く。


「合っていますが、少し違いますね。生徒の出入りもありますが、基本的には私に与えられたものです。私的な研究などもしているので、私のものと言っても過言ではないでしょう」


 それだけ自由に出来るものを与えられているという事は、冷音さんは学校の中でも偉い方の人なのかな。


「そういえば、私の自己紹介がまだでしたね。南冷音みなみ れいねと申します。師匠の最初の弟子です」

「あ、栗花落水琴です……って、えっ!? 師匠の最初の弟子なんですか!?」


 まさかの姉妹弟子の長女が判明した。茜さんや美玲さんが何番目かは分からないけど、その中でも冷音さんが一番上という事だ。師匠の昔話を聞くのなら、冷音さんからにした方が大昔の事が分かりそうだ。まぁ、そんな隙があるかどうかが問題になりそうだけど。


「はい。なので、茜や美玲達がやらかした場合は報告していただければ、私の方で叱っておきますので、いつでもおっしゃってください」

「あ、はい」


 長女というだけあって、かなりのしっかり者みたい。何か私が困るような事があったら、ちゃんと報告しよう。

 そんな会話をしている間に、校舎の外に出た。私が入ってきた入口じゃない場所から出たので、冷音さんを見失わないように気を付けながら周囲を見回してしまう。


「何か珍しいものありましたか?」

「あ、いえ、何も。初めて通る道だったので、何があるんだろうと思いまして」

「なるほど。ここら辺は研究棟などが多くなりますので、酷いときでは爆発が起きる事もありますね」

「爆発が……ですか?」

「ええ、魔法薬や錬金術の棟では、連続で爆発が起きる事もあります」

「へ、へぇ~……」


 思ったよりも怖い場所があった。酷いときと言っているので、恐らくそこまで頻発はしていないのだろうけど、仮にその部屋の前を通るのだとしたら、ビクビクしながら通る事になるかもしれない。


「見えてきました。あの棟が私の研究棟です」


 そう言われて正面を見てみると、これまでの研究棟よりも遙かに大きな建物が見えてきた。あれが丸ごと冷音さんのものというので、改めて冷音さんが凄い人なのだなと実感する。


「そういえば、冷音さんは、どんな研究をしているんですか?」

「主に魔法道具と錬金術ですね。特に魔法道具の方に偏ってはいますね」

「魔法道具……師匠の家にあるようなやつですよね?」

「はい。師匠は生活に根付くような魔法道具を作る事に長けていました。ですので、当時では考えられないようなものを多く作り残しています」

「冷音さんはどういうものを作っているんですか?」


 そう訊くと、冷音さんは少し考え込んだ。


「そうですね……特にこれという感じで偏りはないと思います。師匠のように生活に根付くようなものから、工業に使うものなど、様々なものに手を出していますね」

「へぇ~……」


 多分、私では想像もつかないような何かを作っているのだと思う。そのまま冷音さんの研究棟に入ると、中には色々なものが置かれていた。機械みたいなものから、何かしらの置物っぽいものまで、本当に何に使うものなのか想像もつかないようなものばかりだった。

 そんな中を歩いていき、二階に上がると、一人の女の子が歩いていた。黒いワンピースを着た黒髪の少女で十歳から十二歳くらいに見える。


「娘さんですか?」

「子供がいてもおかしくない歳ですが、未婚ですし、恋人もいません。ですので、私に子供はいませんよ」


 同じ黒髪だしあり得ない話じゃないと思ったけど、冷音さんの子じゃないらしい。でも、中学から大学までって聞いたから、小学生っぽい子がいるのはおかしいと思う。

 まずは、何でこんな場所にいるのか聞いておかないと。冷音さんの子供じゃないなら、迷子かもしれないし。


「こんにちは。こんなところでどうしたの?」


 ちょっとだけ屈んで声を掛けると、女の子が眉を寄せながらこっちを見た。何か不機嫌になることでも言っちゃったのかな。


「別に迷子じゃないわよ」

「……えっ、師匠?」


 聞こえてきた声が、師匠の声に似ていて思わずそう言ってしまった。言ってから、そんなわけないと思ったけど、口にしている時点でもう遅い。どう言い訳をしようか悩んでいると、女の子がため息をついた。


「はぁ……そうよ。水琴の師匠で合っているわ」

「えぇ~!!?」


 急に師匠が人になっていて、本当に驚いた。どこをどう見ても、猫の要素はない。正真正銘人間だ。


「何で!? どうして、人になってるの!? もう転生したの!? 何で成長してるの!?」

「落ち着きなさい!」


 師匠に頬を掴まれて強制的に落ち着かされる。


「まず転生はしていないわ。これは変身よ」

「変……身……?」

「そう。猫の状態から人の状態に変身しているの。ビビの魔法道具のおかげでね」

そう言って、師匠は自分の首に着けているチョーカーを見せてくれる。黒い革製のもので、同じように黒い宝石みたいなのが付いている。


「それじゃあ、これからは、ずっと人のままいられるって事?」

「そこまで都合の良いものではないわ。魔力を使って変身しているのよ。今の私の魔力だと、連続では四時間が限界ね。それも他の魔力を使わない前提の話で、魔法や魔術を使えば、時間は減るわ。まぁ、連続で使わなければいい話ではあるのだけどね」


 師匠はそう言って猫の状態に戻った。猫になる際は、身体が光って作り替えられているような感じだった。骨格が変わるから痛そうと思ったけど、師匠はケロッとしているからそういうのはないみたい。

 猫に戻った師匠を抱えて、冷音さんと向き合う。


「感覚に齟齬はないわ。ただ、人の状態の方が魔法を使いやすいわね」

「なるほど。こちらの予想通りではあります。取り敢えず、感覚に問題がなければ、そのまま使用していてください。何かしら問題があれば、報告をお願いします」

「ええ、分かったわ。それで、水琴の方は大丈夫だったかしら? 白の君とは仲良くなれた?」

「うん。友達になった」


 ここは正直に伝えておく。冷音さんも師匠に話はしてあると言っていたからだ。


「そう。それなら良かったわ。まさか、白の君が友人を欲しがっていたとは思わなかったわね。それだけ、私も白の君を特別な存在だと認識していたということなのでしょうけど。茜は友達判定を受けなかったのかしら? 結構打ち解けてはいそうだったけれど」

「どちらかというと、姉妹のような感じだって言ってた」

「ああ、なるほどね。茜は甘え上手で世話好きだから、友人というよりも姉妹に感じてしまうのね。加えて、今の白の君と水琴が近い年齢なのも理由の一つかもしれないわね」

「そうなの?」

「ええ、現在の白の君の身体は十四歳ですので、現在十五歳の水琴さんとは近い歳です」


 本当に近い年齢だった。誕生日によるけど、一歳下くらいだ。同年代と言っても差し支えないと思う。


「それだと、ここに通っている人は大体近い年齢なのでは?」

「ここに通っている生徒達の大半は、生まれつき魔法に触れている子がほとんどです。水琴さんや恵さんのような形で入学してくる方は、ほぼほぼいないに等しいでしょう。私達がスカウトしない限りはですが」

「つまり、魔法使いの祖である白の事を聞いているって感じですか?」

「はい。白の君の話は有名ですので。それに、日本に生まれた魔法使いは、ほぼ全員この学校に入りますので、先に白の君の事を教えておくことで失礼のないようにするという事です」


 それだと同じ近い年齢でも、白の事を敬ってしまうかもしれない。そんなような事が何百年も続いていたと考えると、対等な友達が欲しいと願う理由も分かる気がする。


(偶々私がその願いに応えられただけで、白にとっては誰でも良かったのかな? そうじゃないと嬉しいけど)


 そんな事を考えていると、冷音さんが手を鳴らした。


「それでは、手続きをしてしまいましょう」

「あ、はい」


 改めて転校の手続きをしてから、再び茜さんの車で家へと帰った。これで全体的な転校の手続きは全部終わった。残っていた細かいところはお母さんがやってくれたので助かった。

 その日の夜。お母さん達に、師匠が人になれるようになった事を知らせた。すると、お父さんが若干ショックを受けていた。お父さんは猫好きだったみたい。まぁ、基本的に猫の状態なのだから、ショックを受ける必要もないと思うけど。

 夕飯を食べ終えた後で、師匠を抱える


「師匠、お風呂入ろ」

「ええ」


 師匠を連れてお風呂場に行くと、師匠が人に変わった。また黒いワンピースの女の子が目の前に現れる。そして、黒いワンピースを脱いだ。


「え、その服って脱げるの?」

「別に肌に張り付いているわけじゃないわよ。変身した時の生成物である事は変わらないから、猫に戻ったら消えるわ」

「ふ~ん……でも、なんで人になったの?」


 別に猫のままでもいつもお風呂に入っているので、態々人になる意味はないと思う。


「いいじゃない。久しぶりに人の身体で寛ぎたいのよ」

「そっか。ここしばらくは猫だったんだもんね」


 師匠と一緒にお風呂に入って、身体を『洗浄』で洗ってから湯船に浸かる。師匠は私よりも小さいので、二人で一緒に入っても何ら問題ない。


「そういえば、師匠の見た目って、昔の師匠と同じなの?」


 今の師匠の見た目が、何を元にしてなったものなのか聞いていない事を思い出して訊いてみた。


「そうね。この変身の魔法道具は、装着者の魂の形を読み取って変身しているの」

「魂の形?」

「ええ、そうよ。魂は人によって違う。そして、生き物によってもね。私達転生者の魂の形は、人間の形をしているわ。それを読み取って、肉体の形を同じように変身させているのよ。そして、魂は最初の身体から引き継いでいるから、一番初めの身体に似ているはずよ」

「へぇ~、美人だったんだね」


 人の姿になっている師匠の顔は、かなり整っている。それこそ容姿端麗と言っても良い程だった。


「そうね。当時は美人で有名だったわ」

「師匠って、そういうところで謙遜とかしないよね」

「事実だもの。それと、これは魔法道具を使って初めて知った事だけれど、魂の形と身体の形が異なると魔力の運用が難しくなるみたいね。こっちの身体の方が、魔力が動かしやすいわ」

「ふ~ん……じゃあ、そっちの身体で修行した方が魔力増加とかも効果を発揮しやすいとか?」

「そうね。後は魔力増加を応用すれば、ずっと人のままいる事も出来るでしょうね」

「えっ!? そうなの!?」


 最大でも四時間くらいが限界と言っていたから、これは変わらないものだと思っていた。


「魔力増加……魔力増加……そうか。魔力を一ヶ所に集中させて、大気の魔力を取り入れ続ければ……」

「そうよ。ずっと人のままでいられる。ただ、魔力増加は、集中と拡散を続けないといけないから、結局時間制限は生まれるわね」


 変身に使用する魔力量と集中した時に身体に入ってくる魔力量が釣り合うか入ってくる量が多くないと、ずっと変身し続ける事は出来ないと思う。


「そうなんだ」

「ええ。なるべく人のまま魔力増加を続けたいところね。そうすれば、私もいずれ戦力になれると思うわ。出来る事なら、早く成長したいところだけれど、こればかりは仕方ないわ。もうしばらくは、水琴に守ってもらう事になるわね」

「私がずっと守ってあげるよ。師匠に追いつかれる事はないだろうしね」

「まぁ、それはそうかもしれないわね」


 私と師匠の成長速度は、私の方が上のはず。一日中人の姿のままいられるし、魔力増加も続けられるからだ。


「でも、自衛出来るくらいにはなっておきたいわね。水琴の足手纏いにはなりたくないもの」

「師匠としての意地?」

「そんなところよ」


 人の姿をしている師匠とお風呂に入るのは、少し新鮮な気持ちだった。いつもは、師匠を抱えてシャワーを浴びるだけだったし、表に戻ってきてからは、私は湯船で師匠は桶に入っていたから。

 お風呂から出た後は、師匠も猫に戻って、そのまま一緒に寝た。さすがの師匠も寝るときまでは人の姿にならなかった。魔力を消費して、寝ている最中に戻る事は確実だからだと思う。

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