第26話 様々な事情
話をする場所として、リビングに移動すると思ったのだけど、そのまま寝室でする事になった。今は動く事が出来ないから、私に配慮してくれたのだと思う。茜さんは、リビングから椅子を持ってきて、師匠は私の横に座っている。
「師匠からどこまで話を聞いているのか分からないけど、取り敢えず聞いていてねぇ」
「はい」
私が一々聞き直していたら、話が進まないから、全部聞き終えてから質問するという方式になった。多分、一番聞いて欲しいのは師匠なのだと思う。
「まず、日本に封印されているアレの第一封印が解けたの」
「!!」
師匠が目を見開く。これに関しては、私も察する事が出来た。師匠から前もって聞いていたあの化物の事だ。第一封印って事は、まだ解き放たれた訳では無いと思う。
「再封印は?」
「出来ないんだぁ。あそこの担当をしたクライトンが馬鹿みたいな欲を出したみたいでね。封印魔術の中に洗脳魔術を入れたみたいなの。アレを、自分の意のままに操ろうとしたみたい。そのせいで、封印が解けやすくなったんだけど、同時に中途半端な封印だったせいで、アレも耐性を付けられちゃったみたい」
「あぁ……妙に学習能力が高いものね。私の封印の方は?」
「そっちは大丈夫。封印耐性の方は確認出来なかったけど、封印状態は悪くないってさ。期間も師匠の予測通りだと思うよぉ」
師匠が封印した化物が、近い内に出て来るという事はなさそう。でも、そのクライトンという人が封印した化物は全部近い内に出て来ると考えた方が良いみたい。
「冷音ちゃん達が日本人に転生していたのは、日本に封印されているアレが出て来るかもしれないからなの。私は、日本の風景を描きたかったからだけど」
「ははっ……あなたらしいわね……」
「それと、第一封印が解けた関係で、奇妙な事が起きてるんだぁ」
「奇妙?」
「うん。アレの弱体化した小さい個体が現れたらしいの。すぐに討伐出来たみたいだけど、おかしいと思わない?」
「そうね」
私には分からないけど、何かおかしい事があるみたい。
「分裂する個体はいるけれど、日本の個体はそうじゃないものね」
私が理解出来ていない事に気付いたのか、師匠が補足してくれる。本来持っていない能力を使っている可能性があるからおかしい事ってなっているみたい。
「しかも、出現した場所は封印場所から、結構離れているらしくてねぇ。加えて、一箇所じゃなくて、複数箇所での出現が確認されているんだぁ」
「封印した場所付近ならともかく広い範囲となると、本当におかしいわね。裏世界への影響は?」
「それが、生態系が狂っている理由だよぉ。まだ第一封印が解けたのは、日本だけだけど、弱まっているところはいくつかある。クライトンが封印したのは、一箇所だけじゃないから」
「そっちの再封印は?」
「駄目。向こうも耐性が出来ていて、封印が得意な子でも無理だったよぉ」
「つまり、討伐を目標として行動しているわけね。勝ち目はあるのかしら?」
師匠の質問に、茜さんは黙ってしまう。つまり、負ける可能性の方が高いという風に受け取れる。
「そこは作戦を練るしかないわけね。政府との情報共有はしているのかしら? 表世界であれが出て来たらパニックになるわよ」
「白の君を中心に世界中に知らせてるよぉ」
「白の君!? 表に出て来るなんて珍しいわね……」
また知らない人の名前(?)が出て来た。師匠は驚いているけど、ちゃんと知っている人ではあるみたい。それに有名人なのかな。
「現状、動ける人数は?」
「日本にいるだけなら、百人と少しくらい」
「少ないわね」
「育成中の子達はいるけど、アレと戦うとなるとねぇ」
「それもそうね。それで、これが水琴に関係しているというのは?」
私も気になっていた事だ。私にも関わる事という話は、まだ出て来ていなかった。日本に封印されている化物が解放されそうという話がそうかもとも思ったけど、正直もっと直接的に繋がるものがあると思っていた。それが何かは思い付かなかったけど。
「水琴ちゃんと師匠がこっちに来た時、自分達の意思で来たわけじゃないでしょ?」
「そうね。魔力の暴走だと考えていたけれど、どうやら違うようね」
「うん。それこそ第一封印が解けた余波のせいだよ。水琴ちゃんが、言霊で師匠の呪いを分離した時、あの場だけ魔力が濃くなっていたみたいなの。そこに解けた時に広がった魔力がぶつかって世界の壁に穴が空いたみたい」
「つまり、封印が解けさえしなければ、水琴も裏世界に転移する事はなかったという事ね。はぁ……それを考えると、本当にクライトンは余計な事しかしないわね。実力だけを持った低能は救いがたいわね」
師匠が呆れている。そのくらい馬鹿みたいだけど、封印出来るだけの実力だけは持っているらしい。もしかしたら、師匠に短命の呪いを掛けたのも、そのクライトンなのかもしれない。
「という訳で、水琴ちゃんの魔力を調べようと思うんだけど、大丈夫?」
「因みにだけど、封印が解けた余波は、どのくらいの規模で広がったの?」
「範囲は狭いけど、かなりの濃さの魔力が撒き散らされたかな」
「……そうね。水琴は調べて貰った方が良いかもしれないわね。言霊を使っていたって事は大部分が水琴の魔力だったでしょうから」
「うん。魔力の成分分析でも、水琴ちゃんの魔力が大部分を占めてたよ。師匠は一割くらい。呪いはもっと少ないけど」
「ジルって、大気成分から分析が出来る子だったかしら……」
「せ・い・ちょ・う・し・た・の!」
穏やかだった茜さんがご立腹だった。師匠が教えていた頃は、分析が苦手な人だったみたい。私を診察してくれていたから、本当に成長したのだと思う。
「また診察って事ですか?」
「ううん。普通の診察だと、怪我とか病気とかしか分からないよぉ。魔力の診断はねぇ、普通の人には出来ない事なんだぁ」
「絵画魔術や言霊と同じって事ですか?」
「あ~、ちょっと違うかなぁ。絵画魔術は技術的に特定の人にしか使えないもの。理論は持っていても絵心がない師匠に使えないのは、そういう事。私のは、体質っていうよりは魂の質って感じかな。言うなれば、魂質って感じかな。摂取した体液から持ち主の魔力の濃度とか質とか色々と分かっちゃうってもの。水琴ちゃんの言霊も魂質に根ざすものだと考えられているかなぁ」
茜さんは、本当に特殊な力を持っているみたい。今回の説明は、前に師匠がしてくれたものの詳しい版って感じかな。
(私も誰かが転生した存在だったりするのかな。ん? 体液?)
私が茜さんの言葉に引っ掛かったのと同時に、茜さんが移動して私の頬を両手で覆う。そして、そのまま唇を奪われた。しかも、丁寧に舌まで潜り込んでくる。
「~~~っ!?」
そのまま五秒程経つと、茜さんが口を離した。
「どんな感じかしら?」
「ぷるぷる震えて初心な感じかなぁ」
「キスの感想じゃないわよ。魔力の方」
「ああ、そっちねぇ。表層は大丈夫。でも、深層の方が混じってる感じかなぁ……師匠と水琴ちゃんとアレの魔力がね。クライトンの魔力がないのは、呪い自体が壊れ掛かっていたからかなぁ?」
「そうね。クライトンの魔力がないのは、ジルの考え通りだわ。でも、私の魔力も混じっているの?」
「うん。三つが混じって安定してる。今、何も起こっていないのなら大丈夫なはず。心配なら、定期的に検査しておけば良いと思うよぉ」
「そうね。魔力が混じり合う事例はあるけれど、アレの魔力と混じり合う事例はなかったものね。その前に死ぬし」
「あぁ~、大抵戦闘後だもんねぇ。そもそも混じり合う事例が珍しい気がするしぃ……」
「本当にね。ところで、水琴。大丈夫?」
「へ? あ、うん……」
師匠から声を掛けられて、ようやく我に返る。急にキスされたから、完全に呆然としちゃっていた。
「魔力が混じってるって、このままにしておいて平気なものなの?」
「大丈夫よ。基本的に問題はないわ。これまでの事例でも、それが原因で死んだなんて事はないの。ただ、魔力の扱いが上手くいかなかったり、魔法の威力が弱くなったりはするわね。そこら辺は、努力でどうにか出来る範囲だから」
「そうなんだ」
今の状態でも魔法の威力は弱まっているのかな。そこら辺は分からないから、取り敢えず考えない事にしよう。本来の威力を知っている訳でも無いし。
「そういえば、表世界に小さい化物が出てるって事でしたけど、被害とかは……?」
「ないよぉ。その前に倒せたからねぇ。後は、政府との情報共有で、魔法とかの扱いをどうするかってところかなぁ。表立って魔法を使って良くなれば、もっと安全にはなると思う。でも、まだ魔法の存在を認めないとか言われるのであれば、こそこそ守るしかないかなぁ。でも、まぁ、白の君がいるから大丈夫だと思うけどぉ」
「さっきも言っていましたけど、白の君さんってどういう人なんですか?」
かなりの重要人物っぽいけど、どういう人なのか全く分からない。なので、このタイミングで訊いてみる。
「簡単に説明すると、魔法使いの頂点に立つ人かなぁ」
「頂点と言っても強いというだけじゃないわよ。全ての魔法使いの祖とも呼ばれる方で、魔力を発見した方とも言われているわ。昔から、魔法使い達から慕われているけれど、あまり表に出てこない方でね。今回みたいな形で出て来るのは、昔からは考えられないわ」
「今じゃ、学校の校長をしているよぉ」
「本当に信じられないわね……後は、特徴として、身体全体が白いのよ。比喩抜きで言葉通りに白いのよ。会う機会があれば分かるわ」
「そうなんだ」
初めて魔法を使った人なのかな。比喩抜きで白い人ってどういう事なのだろうか。多分、ちゃんと会わないと分からないのだと思う。
「そういえば、水琴ちゃんに謝らないといけないことがあったんだったぁ」
「謝るですか?」
茜さんと会ったばかりなので、謝られる事に心当たりがない。
「川から出す時に完全に凍り付いちゃっててねぇ。髪の毛を切っちゃったの。ここに運び込んでから、しっかりと整えてはおいたんだけど……」
髪の毛を切ったのは、茜さんだったみたい。正直、本当に気にしていないのだけど、茜さんは申し訳なさそうにしていた。
「ああ、全然大丈夫ですよ。特に思い入れがあるわけじゃないので。寧ろ、髪の毛が洗いやすくなって良いと思います」
「そう言ってくれると助かるかな。それじゃあ、水琴ちゃんは寝室に戻って寝ようねぇ」
「えっ、そこまで眠くないのですが……」
「まぁ、三日も寝ていたらね」
「えっ!? そんなに寝てたの!?」
思ったよりも長く寝ていた。それだけ消耗していたという事なのかな。何度も死にそうになっていたので、そんなに長く眠る事になった理由も納得は出来る。
「そうよ。でも、今は眠っておきなさい。身体を休めて回復するのが優先よ。ジルもいる事だし、何も気にせずに休みなさい」
「うん……」
師匠にも言われてしまったので、茜さんに運んで貰って寝室に連れて行って貰い、ベッドに寝かされる。
「それじゃあ、おやすみぃ」
「おやすみなさい」
仕方ないので目を瞑っていると、すぐに意識が途切れた。
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