第25話 知らない天井
目を覚ますと、そこは知らない天井だった。少し見覚えがある気がするけど、私が知っている師匠の家じゃない。でも、師匠の家なのは分かる。だって、師匠の匂いがするベッドで寝かされているから。
「し……しょ……」
声が掠れている。最後の熊との戦いでは言霊は使わなかった。あの熊相手に使えば、ドラゴンと同じ事になりかねないと判断したからだ。動ける状態の熊の前で意識を失えば、確実に死んでいた。だから、間違った判断ではなかったと思う。
だから、それ以外に声が掠れる理由があるはず。特に何も思い付かないけど。喉でも渇いているのかな。
「あ……ああ……」
声は戻ってきたので、身体を起こしてみる。若干痛みが走ったけど、無視出来る範囲だったので、そのまま身体を起こしてみた。布団から上半身を出したことで分かったけど、私の身体の至る所に包帯が巻かれている。どうやら治療をしてくれたみたい。
頭を前に出した時に気付いたけど、髪の毛が全然垂れてこない。見てみると、髪の毛が肩のところで切り揃えられている。治療の過程か、川から連れてくる過程で、髪を切らざるを得なかったみたい。
(まぁ、別に未練はないから良いか。何となく伸ばしていただけだったし)
足を床に下ろすと、足にも包帯が巻かれている。
(私、ミイラみたいになってる……今なら、ミイラ映画に出られるかも)
そんな馬鹿な事を考えつつ、立ち上がろうとしたら、足に痛みが走って倒れてしまった。
「痛っ……」
身体を起こそうとして手を付いた時に、自分の手が少し痺れている事にも気が付く。指先とは動くし感覚もあるけど、ずっと痺れているような感じだ。腕の方はあまり痛みがないけれど、完全に治っているわけじゃないみたいだ。
立ち上がる事は出来ないので、そのまま床に座り込んでいると、急に扉が開いた。その扉を開けたのは、師匠ではなく知らない女性だった。
「水琴!」
その声で視線が下に向く。そこには、師匠の姿があった。たった一日会わなかっただけなのに、師匠の姿が懐かしい。そんな姿を見て、ようやく安堵できた。同時に、目から大粒の涙が零れていく。
「ししょ~……」
涙を流しながら、師匠に向かって手を伸ばすと師匠が近づいてきてくれる。そんな師匠の前脚を掴む。
「ししょ……怖かったよっ……凄くっ……ひぐっ……凄く……怖かったぁ……痛かったぁ……寂しかったぁ……ポンチョもなくしちゃった……ひぐっ……ごめんなさい……うわぁあああん」
子供みたいに泣きじゃくりながら、ただただ師匠に言葉をぶつけていた。
「ごめんなさい。水琴を一人にしてしまった私の落ち度よ。でも、大丈夫。これからは、一緒にいるわ。だから、安心しなさい。それに、ポンチョもブレザーも見つけたから大丈夫よ。ちゃんと直しておいてあげるわ」
師匠の言葉を聞いて、少しずつ落ち着いてきた。
「うん……ありがとう……」
「ええ。無事に目を覚ましてくれて良かったわ。身体は痛むかしら?」
「ちょっと……」
「身体のほとんどは治してくれたけど、火傷が酷くてね。しばらくは薬を塗っていく事になるわ。ジル、診察してくれる?」
「はぁい」
ジルと呼ばれた人が私に近づいてくる。二十代くらい美人な女性で、綺麗な茶髪を丁寧に三つ編みにしている。何よりも特徴的なのは、服の下から押し上げている私にはないものだ。持っている人を見ると、ちょっと羨ましく思ってしまう。
「えっと……」
鼻を啜りながら見上げていると、私の身体が浮いた。自分でやったわけじゃないから、ジルさんが魔法でやってくれたのだと思う。そのままベッドまで運ばれて座らされる。
「はじめましてぇ。私は、水琴ちゃんのお姉ちゃんで~す」
「へ? 私……一人っ子ですけど……」
起きたばかりだからか、若干頭が混乱している。私は、間違いなく一人っ子だったはずだ。姉がいた記憶は一切ない。
(もしかして、生き別れの姉って事? でも、お母さんもお父さんも再婚しているわけじゃないし……姉の話とかは聞いた事ないし……もしかして、不倫!?)
最悪の想像が頭を過ぎっていく。そこで、師匠が深々と息を吐いた。
「馬鹿な自己紹介は止めなさい。水琴。この子は、灰沢茜。元々は私の弟子で、その頃の名前がジュリア。私はジルと呼んでいたけれどね。だから、姉っていうのも姉弟子って事よ」
最悪の想像は、ただの想像で終わってくれた。その事には安堵したけど、もう一つ問題があった。今の師匠の紹介を聞くと、ジルさんの今の名前は茜さんというらしい。師匠は、呼びやすい方で呼んでいるようだけど、実際には、どっちで呼べば良いのか分からない。
「あ、ああ……えっと……何て呼べば……」
「好きに呼んでくれていいよぉ。あっ、でも、茜の方が良いかなぁ。他の人に聞かれると混乱されると思うからぁ。茜お姉ちゃんでも良いよぉ」
「分かりました。茜さんって呼びますね」
そう言うと、茜さんは若干しょんぼりとしていた。もしかしたら、お姉ちゃんと呼んで欲しかったのかもしれない。寧ろ、そっちの方が混乱されると思うから、茜さん呼びで固定する。
「でも、何で茜さんがいるんですか?」
「ん? ああ、恵ちゃんが心配していてねぇ。危険に突っ込みそうだから、私が来たんだぁ。結果的に正解だったねぇ」
茜さんはそう言いながら、私の手を取ってニコニコと笑っていた。でも、それ以上に気になる事があった。
「恵ちゃん……? 恵ちゃんってもしかして……」
「そう。水琴ちゃんの従姉妹の恵ちゃんだよぉ」
「な、何で、めぐ姉が……」
恵ちゃんと呼ばれている人は、私の従姉妹で滝川恵という名前だ。私の事を本当の妹のように可愛がってくれていた。
確か、今年二十歳になる大学生だったはず。ちょっと遠くの大学だから、正月とかしか会えないとかそういう話だった。その遠くの大学で知り合ったのかな。
「私の弟子だからねぇ。今は、魔法に関係する大学に通ってるんだよぉ」
「えぇ!?」
これには、本当に驚いた。まさか、めぐ姉が茜さんの弟子になっているとは思いもしなかったから。それに、魔法に関係する大学があるという事にも驚いた。そこにめぐ姉が通っているという事にも。
「うん。火傷以外は、順調に回復しているねぇ。足の方も、骨は正常に繋がってるよぉ。凍傷の方も発見が早かったから、そこまで酷くないしねぇ」
「こっちの腕は……?」
あの熊の爪にやられた右腕の方を上げる。こっちも包帯がぐるぐる巻きにされているから、てっきり傷はまだ残っていると思ったのだけど、茜さんが言うには傷は残っていないらしい。
「大丈夫だよぉ。そういう切り傷とか骨折とかよりも火傷の方が治りにくいんだよねぇ。火傷は薬を塗って魔法で治すのが一番良いんだぁ。まぁ、私みたいな医療系魔法が得意じゃない人からしたらって感じなんだけどねぇ。得意な人は、魔法だけで治せるよぉ」
「そうなんですね」
「うん。ただ、あくまで傷が治っているだけだからねぇ。身体の機能が戻るまでは、ちょっと時間が掛かるよぉ。水琴ちゃんの怪我は深いものだったりしたからねぇ」
「そうなんですか……」
身体が上手く動かない理由が判明した。治っているのは傷とかだけで、その影響を受けている部分とかの回復はまだ出来ていないみたい。見た目が治っているけど、ちゃんとは治っていないというのは、ちょっと違和感がある。
「大丈夫だよぉ。そっちもちゃんと回復するはずだからぁ」
特徴的な間延びした喋り方のおかげか、ちょっとだけ和む。私が落ち着けるようにしてくれているのかな。
「火傷の跡は残らないかしら?」
「う~ん……どうだろう? 左肩や足はそこまででもないけど、左腕は酷い火傷だったからねぇ……もしかしたら残るかもしれないかなぁ。でも、後遺症はないと思うよぉ」
そう言われて、ちょっと安心した。跡が残るのはともかく後遺症が残らないというのは、朗報だと思う。今痺れているのは、治している途中だからという感じだ。これが残るようだったら、後遺症になるだろうし。
でも、師匠は良いこととは思えなかったみたいで、少しだけ険しい顔をしていた。
「良かった……とは言い切れないわね。ミアがいれば良いのだけど……」
「美玲ちゃんなら、学校に医者としているよぉ」
「あなた達……何で日本に揃ってるのよ……」
「あっ、それそれ。ちゃんと話さないと。冷音ちゃんにも師匠に伝えるように言われてるからさぁ」
「冷音は誰なの?」
「ヴァイオレットちゃんだよぉ」
「あぁ、ビビね。本当に日本人で揃っているわね」
どうやら師匠のお弟子さん達が、日本人ばかりに転生しているらしい。何かそうなる事情があるみたい。
「水琴ちゃんも聞ける? 疲れているなら、また今度話してあげるけどぉ」
「大丈夫です。多分、私も関係あるんですよね?」
「うん。あるよぉ」
態々私にも話を聞かせようとするのなら、私に関係ある事と考えるのが妥当だ。実際、茜さんもそれを認めている。ただ、私としては、それが何故私に関係しているのか分からない。何か重要な事なのかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます