第17話 順調な滑り出し
体力が続く限り走り続けて、空が暗くなる前に野営の準備を始めた。野営で使用するテントを建てて、近くに何か変な石を置く。
「これって何?」
「家に使っている結界の簡易版よ。弱い動物なら近寄れなくなるし、強い動物でもこちらが見えづらくなるわ。警戒用のセンサーも兼ねているから、結界内に入ってきたら分かるわ。結界は三十メートルまでしか広がっていないから、本当に気休め程度のものだけどね」
三十メートル以内に何かが入ってきた時に、瞬時に起きて逃げ出せるかは分からない。どちらかと言えば、戦う方になりそうだけど。
「さっ、夕食を食べて寝るわよ。明日からも移動は続くんだから」
「うん」
この一ヶ月で集めた食材を使って軽い夕食を作っていく。調味料も限られてくるので、今回は使用しない。素材そのものの味だから、ちょっと物足りない感じや臭みとかもあるけれど、そこは仕方ない。
(せめて、米とかパンがあれば良かったんだけどなぁ……パン作りは一からってなると大変だし、そもそも作り方も知らないし、米はパンよりも無理だし……主食は芋だけなんだよね)
美味しい食事を二人で作ってはいるけど、やっぱり表世界で食べていた主食が恋しくなる。
夕食を食べた後は、テントに入って寝袋に入る。簡易的な寝袋だけど師匠特性の寝袋で薄手でも暖かい。ずっと走っていたからか、すぐに寝入ってしまった。
翌日。結局警報みたいなのは鳴らずに、夜を越す事が出来た。師匠は先に起きていたみたいで、焚き火の傍にいた。
「おはよう、水琴」
「おはよう、師匠。朝食作るね」
「ええ。その前に【
全身を泡が包んだと思ったら、水で洗い流されて、全て乾かされた。
「昨日、身体を洗わずに寝たでしょ。だから、先に洗っておいたわ」
「ありがとう。でも、事前に言って欲しいな。びっくりした」
「ああ、ごめんなさいね」
「もう。じゃあ、改めて、朝食作りっと」
朝は、軽くサラダとふかした芋を食べる。こっちの芋は表世界のと同じような芋なので、ちょっと安心していた。人参とかみたいに青かったらどうしようかと思ったし。偶然、家の側に芋が埋まっていたので、栽培して数を増やしていた。それでも数は限られているから、そこまで沢山は使えないけど。
食べ終えた食器を洗って、収納魔法にいれ終えると、師匠が私の足を軽く叩いた。
「昨日言っておいたものを作っておいたわよ」
そう言って師匠が取り出したのは、背中にフードっぽいポケットが付いたポンチョみたいな服だった。腕の関節くらいまでしかないので、走っている時に腕を振っても邪魔にはならなさそう。
ポンチョを受け取って着てみる。ちょっと肩周りが気になるけど、走るのには問題ない。
「おぉ……師匠、入れる?」
師匠に訊くと、私の身体を登ってフード部分に収まった。ちょっと重くなるけど、肩に乗っていたのが背中になったくらいだし、そこまで影響はない。首が絞まる感じもしないし、ちゃんと上手く出来ていると思う。
「良いわね。それじゃあ、準備して行きましょうか」
「うん」
テントとかを仕舞って、焚き火を完全に消してから移動を開始する。師匠は、最初からポンチョに入っている。身体強化をしながら走り、師匠の授業を受けるのだけど、今回は私から質問する。
「魔力増加と身体強化を併用って出来るの?」
「出来なくはないけれど、結構難しいわよ?」
「どうやるの?」
せっかくだから、魔力の量を増やせる魔力増加は続けておきたい。そして、移動速度を上げるための身体強化も続けたい。これを一緒に使えれば、修行しながら速く走れる事になる。少しでも強くなっておけば、これから何かが起きた時に安心出来ると思うしね。
「そのまま併用するだけよ。魔力増加を繰り返しながら、別の魔力を身体強化に使う。左手で箸を扱いながら、右手でペンを扱うようなものよ」
「なるほど……意識する事が増えるって事なんだ」
「そういう事。でも、出来るようになれば、魔力を器用に扱えるようになるから、やっておいても良いかもしれないわね」
取り敢えず、物は試し。今の状態のまま魔力増加を行う。すると、急に身体が重くなって走る速度が落ちた。
「身体強化が途切れてるわよ」
「む、難しい……」
「だから言ったじゃない。でも、本当に良い修行になりそうね。走っている間は続ける事にしましょうか」
「うん。そういえば、昨日は普通に使っていたけど、身体強化をしている間って、魔力は消費されないの?」
ここで魔力を消費して、いざ戦闘になったときに魔法が使えないとかなったら、かなり困る。なので、確認しておかないといけない事ではあった。昨日は、走る気持ち良さで失念していたけど。
「自分の中で循環させているだけだから、基本的には消費しないわよ。魔力の扱いが下手な人は消費しちゃうけれどね。水琴は、魔力の扱いが上手いから消費していないわよ」
「そうなんだ」
「ええ。魔力を消費しないから、魔力が少ない人でも使えるのよ」
「へぇ~」
「まぁ、体力は増えないから、そこは鍛えるしかないのだけどね」
「あっ、だから、走り込みをしていたの?」
「それもあるわね。まぁ、その心配はなかったみたいだけど」
このくらい消耗なら、何時間でも走られるくらいには体力があるので、確かにその心配は要らなかったかもしれない。身体強化のおかげで、軽く走っているのに速いしね。
その日から、移動は常に私が走るという方法になった。師匠は、動物の居場所などを察知して、私に知らせてくれる。それを元にルートを選んで、なるべく戦闘にならないルートで移動し続けていった。時折、避けられない場合もあったけど、『隠れ蓑』でやり過ごしたり、不意打ちからの戦闘でこちらが有利になるように立ち回って倒して行った。
そんな旅が一週間程続いた頃、ようやく師匠が建てた家のある場所に着いた。最初の安全地帯という感じだ。平原の終わりくらいにぽつんと建てられた家だ。森の中の家と似ているけど、こっちの方が小さめだった。
「予定よりも早く着いたわね。ここで、三日程休みましょう」
「えっ、先を急ぐんじゃないの?」
このまま突き進むのだと思っていたから、休みが入る事に驚いた。早く帰りたい私としては、このまま突き進みたいところなのだけど、師匠は首を横に振った。
「予定よりも早いからというのもあるけれど、それ以上に水琴の消耗が激しいからよ」
「私なら大丈夫だよ。まだ走れるし」
「これから何ヶ月も同じように走られる自信がある?」
「あ……う……」
「ある」と答えようとしたけど、正直何ヶ月となると難しい気がしてきた。一週間でも、ちょっと疲れが残っている気はしている。なんとなくだけど。
「だから、休める時にしっかりと休んで進むのよ。水琴の走りのおかげで予定を大幅に縮められそうだからね」
「うん……分かった」
野営では、襲ってくる動物とかがいるかもしれないという考えから、精神的にも消耗する。でも、家なら一ヶ月も襲われなかったという実績がある。ちゃんと休む事が出来る唯一の場所とも言えるかもしれない。なので、しっかりと受け入れて三日の休息で身体をしっかりと回復させる事にする。
家の構造は、森の家から私が見た事のない一室を抜いたような感じだった。シャワーを浴びて汗を流した後、夕食を食べて、久しぶりにベッドで睡眠した。いつもよりも簡単に寝入ってしまい、起きる時間もいつもよりも遅かった。師匠が長く眠らせてくれたみたい。
そこで、本当に疲れていたのだなと実感した。一週間も走り続けたのだから、普通と言えば普通なのかな。今まで、あの距離を一週間も走り続けた事はなかったから分からなかった。自分の感覚では、まだまだ余裕で走られると思っていたのだけど。
自分の感覚も当てにならない。
三日間の休息はあっという間に過ぎていき、再び移動が始まる。師匠を定位置に乗せて出発する。ここまでの移動は順調だ。
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