第18話 身体強化の応用

 それからまた一週間が過ぎた。平原の移動も終わり、再び森の中に入ったり、また平原を走ったりと基本的に走りやすい場所がルートとして選ばれていた。迂回ルートと言っていたけれど、私が走りやすいルート選びを師匠がしてくれているという事だと思う。

 距離は伸びても、移動時間は減るって感じなのかな。そんな中で今日の走る場所は川沿いとなっていた。川幅がかなり広いので、対岸に渡るのは大変そうだ。


「雨が降った覚えはないけれど、川幅が広がっているわね。私がいない間に変わったのかしら」

「元々は、もっと狭い場所だったの?」

「ええ。水深も浅かったはずよ。裏世界には、大きな生き物も多いから地形の変化も珍しい事では無いけれど、こういうのは困るわね」


 災害とかで変わったとかじゃなくて、生き物のせいで変わったかもしれないというのが裏世界らしいとは思う。表世界じゃ、ほぼあり得ない事だし。


「渡る予定だったって事?」

「そうよ。上流に行けば少しは渡りやすいと思ったのだけど、期待出来そうにないわね。仕方ないわ。水琴、跳び越えるわよ」

「えっ!? 走り幅跳びって事!?」


 改めて、川を見てみるけど、十メートルくらいの川幅がある。私が覚えている限り、走り幅跳びの記録は五メートル以上くらいだ。六メートルまではいかなかったはず。つまり、その二倍は跳ばないといけないという事になる。


「無理無理! 真ん中にぽちゃんだよ!?」

「普段の水琴ならね。今の水琴なら違うわ。身体強化の応用をやるわよ」

「応用……そういうのは、事前に練習させて欲しいんだけど……」


 ここでぶっつけ本番をするよりも、ある程度練習しておいた方が安心して試せる。急に言われても、すぐに自信満々にやろうとはならない。


「大丈夫よ。ここまで身体強化と魔力増加の併用も出来ているし、魔力を別の用途で同時に扱うのにも慣れてきたでしょう?」

「えっ、うん。大分出来るようにはなってるけど」


 身体強化と魔力増加の同時使用は、ずっと練習していたので、最近ようやく出来るようになった。これが本当に難しかったけど、魔力増加をしながら色々と出来るようになるという修行のおかげでコツ自体は早めに掴めた。難点は継続だけだった。それも慣れれば普通に出来るようになると思う。


「それと似たようなものよ。身体強化をしながら、より強化したい箇所に魔力を循環させる。今回の場合だと脚になるわね。つまり、全身に魔力を循環させつつ脚にも別の魔力を循環させるの」

「脚にだけ二重に魔力が循環している状態って事?」

「そういう事よ。タイミングを完全に掴めるのなら、踏み切る一瞬だけでもいいのだけど、最初は難しいから助走からやっていきましょう。走る速度というより、踏み切る力が上がるから、そこだけ頭に入れておきなさい」

「うん」


 魔力増加をしていた魔力を止めて、それを脚に循環させる。すると、本当に踏み切る力が上がっていた。身体強化で全身を強化している時よりも遙かに踏み切る力が違う。


「凄い……」

「身体強化の部分強化ってところかしらね。まぁ、二重に魔力を流しているからこその力なのだけどね。そのまま助走をして、川を跳び越えるのよ。大丈夫。水琴なら出来るわ」

「うん」


 一度川から離れていき、十分に助走距離を稼いでから、全力で走る。そして、川のギリギリのラインで思いっきり踏み切る。


「いっけ!!」


 部分強化をした跳躍は、今まで経験した事のないほどの高い跳躍になった。軽く六メートルくらいの高さまで身体が上がっている。そして、その勢いは上だけでなく前に向かっている。跳躍の頂点に達する頃には、既に川の八割まで超えていた。


「跳び過ぎね。脚の部分強化はそのままで着地しなさい。勢いを殺す事よりも、そのまま走る事を意識すると良いわ」

「う、うん!」


 川を越え、川原も越えて、草っ原に着地する。そして、師匠に言われた通り、そこで身体を止める事を考えずに駆け出す。ちょっとだけつんのめりそうになったけど、無理矢理脚を送って走る。


「上出来よ。そのまま真っ直ぐ進んで良いわ」

「うん。ふぅ……ちょっと怖かった……」

「あら、高い場所は苦手?」

「ううん。でも、自分であんなに跳んだことはないからさ。ちょっとぞわってした」

「そういう事。まぁ、それもすぐに慣れる……あっ……」

「どうしたの?」


 若干嫌な予感がしないでもない。師匠が言葉の途中で「あっ」とかいう時って、忘れていた重要な事を思い出したりした時が多いから。


「いや、地形が変わっているってなったら、下手すると目的地までの間に跳び越えられない場所も出て来そうだと思っただけよ」

「思ったんだけどさ。ユーラシア大陸と日本って離れ離れな訳じゃん? そこはどうやって移動するつもりだったの?」

「地形が似ているだけで、裏世界では繋がっていたのよ。だから、歩いて行けるという先入観があったわ。空を飛ぶ事も視野に入れないといけないわね」

「それって私にも出来るの?」

「高等魔法よ。補助道具があった方が確実ね」

「箒?」


 魔法使いが空を飛ぶと言えば、やっぱり箒が思い付く。ちょっと憧れ的なものもあるし、つい期待を込めた目で、私の肩に前脚を乗せて乗りだしている師匠の方を見てしまう。


「まぁ、箒でも良いけれど、かなり食い込むと思うわよ? 自転車みたいにサドルがあるわけじゃないんだから」

「…………箒じゃない補助道具って?」

「そうね……自転車でも何でも良いけれど、ここで作る事が出来るものに限られるわよね」

「師匠は、何も使ってなかったの?」

「ええ。最初から普通に空を飛べたからね。柄が太い箒でも作ればいけるかしら。何にせよ。何も使わないで飛べる方が楽よ。次に家に着いたら、一週間掛けて練習しておきましょう。これからの移動にも関わるから」


 休みの時間が延びたというよりも、新しい修行の時間が出来たって感じかな。でも、これは重要な事だし、修行はしておかないといけない。


「うん」

「次の家までは、まだ一週間以上は掛かるから、道中飛ぶためのイメージを固めましょうか。その間も身体強化と魔力増加は続けておくこと。良いわね?」

「うん!」


 道中と野営の間は、色々な魔法と魔術について教わっていく。魔法に関しては、イメージをしっかり出来ればある程度発動するので、どういう魔法があると聞くだけでも参考になる。

 魔術に関しては、理論を理解していないと手順を間違えたら失敗する可能性も十分にあるらしいので、やり方を頭に叩き込まないといけない。物覚えはそこまで悪くはないけれど、全部完璧に覚えられるのかは心配になってしまう。

 道中の戦闘も苦戦はせずに倒す事が出来ていた。沢山のお肉が集まっているので、次の家では保存食に変えるという話も出ている。保存食は大事なので、数があっても良いと思う。

 川を跳び越えてから二週間移動し続けると、次の家に着いた。途中何度かルート変更があったから、移動の時間が延びてしまった。

 こればかりは仕方ない。大型の生き物がいたり、群れで大移動していたり、崖崩れが起きて塞がっていたり、変更せざるを得ない事情が山程あった。それでも生き残って、次の安全地帯まで来られたのだから、上々だと思う。

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