第16話 裏世界旅
さらに一週間が過ぎた。裏世界に来てから一ヶ月。私の記憶が確かなら、今日は月が変わった日のはずだ。つまり、四月一日。中学を卒業して、高校の入学式までもう少しって日だ。
この一週間は、多分生まれてから一番精神的にも肉体的にも辛いものだったかもしれない。森に入っては、カワードボアや他の動物と戦う毎日だったのだから。
その中で、一番キツかったのが、スウォームウルフと呼ばれる狼の群れだった。そのまま群れる狼とも呼ばれるみたい。
五、六匹で行動してきて、動きもすばしっこいから、本当に強敵だった。ここで魔力弾の大切さと防御の大切さを知った。
カワードボアは遠距離から仕留めたから、魔力弾を使う機会がなかったけど、スウォームウルフは、こっちに突っ込んでくるので牽制として魔力弾を撃ちまくる必要があった。魔力弾が当たっても、効果がないという事はなく、相手の骨を折るくらいの事は出来た。
なので、魔力弾で足を狙いつつ、確実に仕留められるタイミングで『
また防御として、『
スウォームウルフが、本気で私の命を狙っているという事がよく分かる戦闘だったので、そういう部分での精神的消耗が凄かった。
それと同時に森にある源泉での魔力増加も続けていた。魔力の量が増えている実感はないけれど、これが一番近道だと師匠が言っていた。
これらを考えてみると、肉体的にも精神的にも大きく鍛えられた一週間とも捉えられるかもしれない。
そして、この一週間で私達は一つの準備を進めた。それは、この場所から旅立つための準備。とうとうこの裏世界を旅する事になった。元々一ヶ月はここで修行をするという風に言われていたから、予定通りの進行具合だ。問題はここからの旅が、どういうものになるかという事。
「こっちの荷物は、私が持てば良いの?」
玄関には、大きめの鞄が置かれている。私は見たことがないから、この一ヶ月の間に師匠が作ったものみたい。
「そうよ。二人で分けておいた方が、離れ離れになった時にも安心でしょう? 水琴の収納魔法に入れておきなさい」
「うん」
一応、私も収納魔法を使えるようになっていた。旅をするのに必須の魔法だと師匠から言われて習得した。結構苦労したけど、倉庫をイメージして何のとか発動できた。ただ、師匠みたいに時間停止機能は付けられなかったので、ちょっと不満ではある。
言われたとおり鞄を収納魔法に入れる。服は制服を着る。動き慣れた服の方が安全だからだ。三年間も着ていた制服が一番動きやすい。
「準備は良い?」
「うん。師匠が良いなら大丈夫」
「基本的に、ここからは野営になるわ。途中途中で私が建てた家を経由するから、食料以外のある程度の物資は補給出来るはずよ」
「そんなに家を建てたの?」
「裏世界で活動するには、安全な拠点が必要だからね。水琴もこっちでの活動を覚えたら、必要だと分かる筈よ」
正直、ここでの戦闘訓練で十分に安全な拠点の大切さは分かる。野営するとなると、スウォームウルフみたいなのがいる中で眠るという事になる。それは、ちょっと怖いと感じる。
「それじゃあ、行くわよ」
「うん」
準備も整ったので、師匠と二人で外に出る。
「水琴、持ち上げてくれる?」
「うん」
師匠を持ち上げて、扉に近づける。師匠は、ここに来た時と同じように扉に前脚を当てる。すると、目の前に魔法陣が出て来て、鍵が閉まる音がした。これで施錠が出来たっぽい。保存の魔術も発動したって感じかな。
「そういえば、この家のもう一つの部屋って何だったの?」
「私の作業場よ。調合とか錬金とかね。覗かなかったの?」
「見て良いって言われてないし……」
「本当に良い子ね。もう少し我が儘になっても良いと思うわよ」
「そう?」
そう言うと、師匠は長めに息を吐いた。師匠には何か思うところがあったみたい。正直、師匠に我が儘を言うみたいな事は出来ない。少しは要望を出すけれど、基本的に私の事を考えてくれるので、あれもこれもと我が儘を言うのは違うと思うからだ。
「まぁ、良いわ。方角は……こっちね」
師匠が歩き始めるので、私も後に続く。ちょっと不安があるけれど、ここからが裏世界の本番だ。気を引き締めていかないと。
森の中を進んでいき、何度か戦闘が起こったけど、この一週間で戦闘や解体にも慣れてきたので、そこまで時間は掛からなかった。解体が終わったら合掌をするようにはしていた。ここで少し時間が掛かるし、ただの自己満足でしかないけど、ここはやっておきたいと思っている。これも言ってしまえば、私の我が儘だし、師匠は何も言わないで付き合ってくれている。
そのまま進んでいき、二時間も歩くと森を抜けた。森を抜けた先は、平原が広がっている。奥の方には高い山も見える。その山の上ら辺を小さな生き物が飛んでいた。いや、かなり離れていても見えているから、実際にはかなり大きいのだと思う。
「師匠、あれは?」
「ん? ドラゴンね。相変わらず、あそこに住んでいるのね。あの山は、竜の背骨と呼ばれている山よ。ドラゴンの住処になっていて、あの飛んでいるドラゴンの他にも何体かいるはずね。あそこは迂回するルートを通るから、安心しなさい」
「うん」
「それじゃあ、気晴らしに魔法の授業をしながら行きましょうか」
「うん」
旅の道中も師匠の授業を続く。旅をする上で必要な最低限の事は教わっているから、もっと安全になる方法を教えてくれる感じだった。
心地良い風を受けながら、師匠の授業を聞きつつ先へと進んでいく。
「身体中にある魔力を上手く使えば、身体能力を上げる事が出来るわ。身体強化魔法って言ったところかしらね。魔力を運用する戦闘で欠かせないと言っても良いものよ」
「でも、今から教えてくれるの?」
「本当は、もっと前に教えようと思ったのだけど、想定よりも水琴の体力と運動神経が良すぎてね。これなら先延ばしにして、他の事を詰められると判断したのよ。身体強化の仕方は、簡単よ。全身に魔力を行き渡らせるの」
「それって、魔力増加の時にやっているのと同じ事?」
魔力増加は、鳩尾に魔力を集中させて、しばらくした後に魔力を全身に広げるという方法だ。この後半部分が身体強化なのかな。
「いや、ちょっと違うわね。あれは全体に広げるという方法で、こっちは全身を巡らせるというものよ。循環っていうのが正しいかもしれないわね。やってみなさい」
「うん」
魔力の循環という風に考えると、まず想像するのが学校で習うような血液の循環とかだ。動脈に通して、静脈に抜けるようなイメージ。それで魔力を動かしていく。
すると、全身がぽかぽかと温まるような感覚がし始める。魔力増加で汗を掻くような感じだ。
「出来てる?」
「そうね。もう少し魔力を多くしても大丈夫よ」
「魔力の多い少ないで変わるの?」
「ええ。強化の度合いがね。水琴の身体なら、かなりの強化が見込めるわね」
「へぇ~」
正直よく分からないけど、私には向いているものみたい。
「ちょっと走っても良い?」
「それなら私は、肩に乗せて貰おうかしらね」
師匠はそう言って、私の肩に登ってきた。
「……私が抱えた方が良くない?」
「これでも大丈夫よ」
「そう? じゃあ、行くね」
いきなり全力疾走するのもあれなので、軽く走ってみる。すると、本当に軽く走っているくらいなのに、八割くらいの力を出したような速度だ。
「凄い……一蹴り、一蹴りが大きな一歩になる。いつもよりも速く走れるよ!」
「嬉しそうね。本当に走るのが好きなのね」
「うん。ずっとやっている事だしね。こっちで合ってる?」
「合っているわ。そのまま竜の背骨を迂回する形で移動していくの。この移動、楽ね。私が乗る用の服を作ろうかしら」
「師匠が安定して乗れるような服だったら、私も安心かな」
そんな話をしつつ私は走り続ける。魔力増加をずっと続けていたからか、走りながら身体強化をする事も難なく出来た。こういうところで、この一ヶ月の修行が無駄ではなかったと分かるのは、ちょっと嬉しい。
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