第9話 ちょっとした座学
昼食を終えたところで、午後の修行が始まる。一体どんな事をするのか、ちょっと楽しみだ。
「それじゃあ、午後の修行を始めるわよ。まぁ、さっきと同じ修行なのだけど」
「えっ!?」
「基礎からって言ったでしょ。魔力を動かす感覚をもっと養ってから、魔法の実践になるわ」
基礎は大事なので、こればかりは仕方ない。
(これまでのお弟子さんも同じような感じなのかな。私の場合は、急ぎの修行だから、もっと丁寧なのかな)
そんな事を考えながら、準備のために巻いていた布を脱いで、床に敷いた布の上に胡座で座る。ただこの胡座で座る事だけには慣れない。もっとリラックス出来る座り方があれば良いけど、身体が楽なのが胡座なので、もう仕方ない。
「それじゃあ、その修行をしながら座学を始めるわよ」
「えっ!? これをしながらなの!?」
「そうよ。何かと併行して出来るようにするためにね。多少集中を乱されたくらいで疎かになるようだったら、全然駄目だから」
まだ始めたばかりの修行だというのに、既に発展系に入ってしまった。急ぐ修行とはいえ、早すぎるのではと思ってしまう。
「大丈夫よ。出来てなかったら、その都度指摘するわ」
(一体、何が大丈夫なんだろう?)
私の心配とは別方向の配慮をされていた。まぁ、やるしかないので、魔力増加を始める。さっき自分で集中と拡散を続けたからか、自然と自分から始める事が出来た。
「ちゃんと出来ているわね。それじゃあ、そのまま聞きなさい。今回は、魔法でも魔術でもない別の話よ。この裏世界には、カワードボアのような表世界にはいない生物が多くいるわ。そして、その生物達の大半は、こちらに害を為してくるわ。相手からしたら、自身の身を守るための行動になるんだけどね。まぁ、それでもこっちを殺す気で来るから、こっちも同じように対処しないといけないの」
「その生物達を殺すの?」
「そうよ。あなたが学ぶ中には、そういう魔法も含まれるわ。今の私の魔法じゃ、そこまでの威力は出ないから、これは水琴に掛かっているのよ。殺すことに抵抗はあるでしょうけど、自分を守るために必要な最低限の事よ。割り切りなさい」
師匠は真剣な表情でそう言う。本気の言葉だ。
「でも……」
「死にたくないでしょ?」
「そりゃ……そうだけど……」
「乱れてるわよ。生き残りたいのなら、割り切るしかないのよ。それに、ここを抜け出すまでの問題でもないのよね」
魔力増加の乱れを指摘されたので、そこは直す。あくまで修行が主体となっているので、そこを疎かにしてはいけない。
「んっ……どういうこと?」
「表世界にも同様に化物みたいなのがいるのよ。例えば、身近なものになると幽霊や妖怪などね」
「でも、そんな存在見た事ないよ?」
幽霊とかの話は聞くけど、実際に見た事はない。だから、急に言われても本当にいるのかと思ってしまう。
「まぁ、ほとんどは魔力がないと見えないから、常人には認識出来ないでしょうね」
「じゃあ、本当に幽霊とかがいて、私達に悪さをしてくるの?」
「悪霊になれば悪さをするし、妖怪も一部は積極的に害になるわ。でも、ほとんどは無害ね。ああいうのは、魔力を使える人に近づいてくるから、悪霊とかを倒すのに覚えておいた方が良いのよ」
幽霊退治のための力にもなるから、攻撃系の魔法は覚えていた方が良いって感じみたいだ。
「それに、今は封印されているけど、本当にヤバい化物もいるしね」
「……封印って何?」
何だか、ちょっと物騒な感じがした。封印という言葉が出てくる時点で、その化物が本当にヤバいというのも分かる。
「昔は、幽霊や妖怪みたいなのの他に正真正銘の化物がいたのよ。人を狩るために生きているような化物がね」
「何それ。そんな話聞いたことないけど」
「そりゃ、封印しているもの。後、乱れてるわよ」
「わわっ……それで、その化物は、どんなやつなの?」
体内の魔力を整えつつ、質問を続ける。どんな化物がいるのかちょっと気になるからだ。下手したら、私にも危害が及ぶかもしれないし。
「形で言えば、人間の手足が異常に長いみたいなやつから、巨大な犬に蜘蛛みたいな足を生やしたやつまで、色々よ」
「本当に化物じゃん」
想像してみたけど、どう考えても化物としか思えない造形だ。そんなものが襲い掛かってくるだなんて、大昔は怖い時代だったみたいだ。
「だから言ったじゃない」
「でも、封印されてるなら、もう出てこないね」
「そうね。化物に関しては、心配しなくても大丈夫よ。後、百数年はだけど」
「えっ、封印って解けるの?」
てっきり一生外に出てこないかと思ったけど、そうじゃないみたい。
「完全に封印するには、相手の力が強すぎるのよ。当時の私でも倒せないくらいの強さだったから。短命の呪いを掛けられないで、研究や修行を続けられたら、倒せる可能性は十分にあったのだけどね」
「師匠が全部封印したの?」
「いいえ。私が封印したのは、ヨーロッパとアフリカ、中央アジア周辺までね。その他は、別の人達が封印したはずよ」
「そうなんだ」
私は師匠しか知らないから、師匠以外で大丈夫だったのかなと思ってしまう。まぁ、師匠の強さもよく分かってはいないのだけどね。
「私の予想では、その中の一人が私に短命の呪いを掛けてきた奴だと思うわ。優秀だった私を妬んでいたし、プライドの塊みたいな奴だったから、私が賞賛される度に恨みを抱えていたんだと思うわ。本当に余計な事をしてくれたわ。まぁ、水琴が呪いを解く足掛かりを作ってくれたから、もう悩まされる事はないし、次の転生で猫から人に戻れば十分に間に合うでしょうね」
「えっ……師匠死んじゃうの?」
今の口振りから考えて、短命の呪いが解けた今、猫の姿に拘る必要はないみたいに聞こえる。
「猫の寿命から考えて、後十年と少しくらいは生きられると思うわ。その時に選択するだけよ。だから、それまでは生きてるわね。せっかくだから、今の内に魔力を高めたいところではあるし」
「じゃあ、脱出したら自殺するとかじゃないんだ。良かった……」
「それも有りだけど、猫でいる間に試せる事をしておきたいのよね。それに、今から転生してもギリギリでまた死ぬ可能性もあるから、ちゃんと合わせられるように動かないといけないわね。まぁ、そういうことだから、表世界でも魔法を使う機会は生まれるわ。ちゃんと考えなさい」
「あ、うん……」
表世界でも、幽霊とかを退治しないといけないタイミングが出てくるかもしれない。そして、その前に裏世界で生き残るには、そういった覚悟が必要となる。
師匠の言っている事は理解出来る。でも、それを受け入れられるかは、まだ分からない。
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