第8話 魔力増加

 師匠が食材探しに出掛けてから、ずっと魔力を動かし続ける。同じ事を繰り返しやっている内に、段々とスムーズに出来るようになっていた。

 ただ、それに集中していたからか、どのくらい時間が経過しているのか分からなくなった。でも、正直時間経過はどうでも良い。結局、師匠が帰ってくるまでは、ずっと続けないといけないから。


「ただいま、水琴。もう良いわよ」


 師匠の声が聞こえて、目を開ける。すると、すぐ前に師匠が座っていた。


「やっぱり、才能はあったみたいね。三時間も魔力増加を続けられる人は、そんなにいないわよ」

「魔力増加?」


 当然ながら覚えのない言葉に首を傾げる。


「魔力を感じる修行と同時に体内で生成出来る魔力の増量と蓄える魔力の増量。さらに、魔力の操作を身に着けられる画期的な修行よ。私が現役時代はだけど」

「こんなので、魔力の量が増えるの?」

「そうね。そこを説明する前に、シャワーを浴びましょうか」

「え? うわっ!?」


 全然気付かなかったけど、私は汗びっしょりの状態になっていた。まるで、サウナに入った後みたいだ。


「全然気付かなかった……」

「それだけ集中していたって事よ。それに、そこまで汗を掻くという事は、ちゃんと出来ている証拠にもなるわ。何故か、魔力増加をすると、代謝が上がるのよね。悪影響は、そこまでないから安心して良いわ。取り敢えず、水は飲んでおきなさい」

「うん。ありがとう」


 師匠から水を受け取って飲む。ここまで汗を掻くから、床に布を敷いて裸になったのかな。


「ゆっくりシャワーを浴びなさい。終わったら、呼びなさい。乾かしてあげるから」

「うん。分かった」


 師匠に言われた通り、シャワーを浴びに行く。シャワーを出してから気付いたけど、全裸で家の中を歩いちゃった。師匠が全く気にしないとはいえ、恥ずかしい。恥ずかしさで火照る顔が冷めるまで、シャワーを浴び続けた。


「師匠~出たよ」

「【乾燥ドライ】」


 師匠に乾かして貰ってから、軽くオイルを塗って布を身体に巻く。


「制服と下着は洗っておいたわ。下着もずっと同じ訳にはいかないわよね。そっちを優先して作りましょうか」

「その方が嬉しいかも」


 師匠が洗ってくれるとはいえ、ずっと同じ下着を毎日着けるのは、ちょっと嫌だ。潔癖症ってわけじゃないけど、気にしてしまう。なので、下着を優先してくれた方が、私も嬉しい。


「そろそろお昼が出来るから、今は椅子にでも座って休んでいなさい」

「あ、うん。ありがとう」


 私がシャワーを浴びている間に、師匠はお昼の用意をしておいてくれたみたい。私が座ってから五分もしない内に昼食が並んでいく。

 昨日の夜にも食べたスープに加えて、焼き魚が増えていた。何の魚か分からないけど、美味しそうだ。


「お魚獲れたの?」

「ええ、近くに川が流れているから、そこで獲ってきたわ。さすがに、川魚だから刺身は駄目だけどね」

「うん。川魚は危険って言うもんね。でも、お魚咥えてきたの?」

「違うわよ。収納魔法って呼ばれる魔法があるのよ」


 そう言った師匠は、空中に魔法陣を描いた。その魔法陣は消える事なく残っている。そこから、今食べている魚と同じ魚が出て来た。


「こんな風に物の出し入れが出来るわ。かなりの高等魔法だけど、使えたら便利よ。因みに、私はちょっと改良して中の時間を停止しているから、魚も新鮮なまま取っておけるわ」

「へぇ……何か魔法っぽい」

「魔法だもの。さっ、早く食べちゃいましょう。午後からも魔法の修行は続くわよ」

「あ、うん。いただきます」


 一品増えただけだけど、急に食事が豪華になった気がする。魚の味は、結構美味しかった。


「食事の時間に座学もしちゃいましょうか」

「うん。お願いします」


 時間を無駄にせず、食事の時間にも授業が挟まれる。それで修行期間が短くなるなら、こっちとしても有り難い。


「さっきの魔力増加で、どうして魔力が増えるのかだけど、体内にある魔力がどうやって回復するかは分かるかしら?」


 絶対に分からないのに、そう訊くという事は、私でも思い付くような方法なのだと思う。でも、私が思い付くのは一つだけだった。


「えっ? う~ん……時間経過?」

「それはそうね。そっちじゃなくて、原理の方よ」

「そっち? えっと……体内で生産されるとか?」

「正解の半分ってところね。答えは、もう一つあるわ」


 何となくで答えたけど、半分は当たっていたらしい。でも、もう半分は思い付かない。


「もう一つは、体外から取り入れるという方法よ。これは、大気中にある魔力を自分のものとして取り込んでいるわ。実は、これが増加に関係しているわ」

「体外から取り入れる事が?」

「ええ。体内の魔力を一点に集中させると、その他の箇所の魔力は必然的に薄くなるわ。それを魔力が枯渇している状態と身体は判断するの。急激な枯渇に、身体は魔力の回復を進めようと積極的に体外から魔力を取り入れようとする。その結果、本来の許容量を超えた魔力が身体の中に入る事になる。この状態で集中していた魔力を広げれば、風船に空気を入れるように、身体の許容量が増えていく事になるのよ。これが、魔力増加の原理よ」

「許容量って事は、結構危険な事なんじゃ……」


 確か許容量って、人に取って安全な量みたいな意味合いがあった気がする。師匠の話だと、それを無理矢理引き上げているような感じがする。


「そうね。大分危険よ。一人でやったら死ぬ可能性もあるわね」

「私、一人にしたよね? 師匠って、ちゃんと師匠してたの?」


 他のお弟子さん達も、こんな風に修行していたのかと思うと、本当に大丈夫か心配になる。


「失礼ね。ちゃんとしてたわよ。今回は、なるべく早くなるように調整してるのよ。でも、安全は確保しているから安心しなさい。お尻の上ら辺にセーフティー用の魔法陣を刻んでるから」

「えっ!? 入れ墨って事!?」


 刻んでいるという言葉から、即座に入れ墨が連想された。そんなのがお尻の上にあるだなんて、もう水着は着られないという事になる。何とか見ようとしたけど、角度的に無理がある。


「違うわよ。普通に消せるわ。それに、私の肉球型で可愛いわよ」

「あっ、それなら……良いのかな?」


 消せるのは良い事だけど、肉球型なら良いのかという点でちょっと悩んだ。でも、可愛いから良いか。


「そうよ。ついでに、ここで説明しておくわね。裏世界に限らず、表世界でも大気中に魔力が存在するわ。中でも魔力の濃度が高い場所は、源泉と呼ばれているわ」

「源泉?」

「そう。魔力が溢れ出している場所の事を言うの。源泉での修行は、魔法の上達に良いと言われているわね。その理由は、身体に入ってくる魔力が濃いからね。この大気中の魔力を大気魔力または自然魔力と呼ぶわ。基本的には、大気魔力で良いわよ。そっちの方が分かりやすいから」

「大気魔力って、吸収しても大丈夫なものなの?」


 大気中に漂っている魔力を自身の身体に取り入れて大丈夫なのか気になった。空気と似たようなものなら大丈夫に思えるけど、自分の魔力と大気中の魔力が別物だとしたら、危険そうな感じがある。


「体内に取り入れた時点で、自分の魔力に変換しているから大丈夫よ。大気魔力は、結構柔軟な魔力で、簡単に変質させる事が出来るわ。私の魔力が入ってきた事には気付いたと思うけど、大気魔力が入ってきていた事には気が付かなかったでしょ?」

「確かに……」


 言われた通り、師匠の魔力が入ってきた時には、身体の中に異物が入ってきた感覚があった。でも、大気魔力が身体の中に入っていたのは、師匠から話を聞くまで分からなかった。話を聞いた今でも、どこから入っていたのか分からない。


「そういう事。因みに、全裸で修行する理由は、露出している肌の面積を増やして、大気魔力の吸収を早めるためね」

「服を着てるのと着てないので、そんなに変わるの?」


 服が全て身体に密着しているわけじゃないし、そこまで変わらない気がする


「ええ。大体一・五倍くらいにはなるわね」

「あっ、結構変わるんだ。じゃあ、普段も裸でいた方が魔力の回復は早いって事?」

「そういう事よ。ただ、そんな気軽にどこでも全裸になれるかと訊かれたら、そうじゃないでしょ? だから、こういうプライベート空間でしか出来ない事ではあるわね」

「まぁ、確かに」


 急に外で全裸になっていたら、即行で捕まる。つまり、一番魔力が回復するのはお風呂場にいる時って事になるのかな。


「大気魔力よりも、他人の魔力を吸収する方が危険だから、そこは気を付けなさい。私だから、ただ異物感があるくらいで済んでいるけど、他の人だったら、身体に罅が入ったりするかもしれないわよ。基本的に、私以外からは受けない事。良いわね?」

「うん。分かった」


 魔力増加の説明が終わったところで、二人とも昼食を食べ終わった。洗い物は私がするけど、洗剤と乾燥は師匠がやってくれる。これじゃあ、あまり意味ないのかな。

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