第7話 修行の第一歩
翌日の朝。温かいもふもふで顔を上から圧迫される感覚に襲われ、目を覚ました。圧迫感の理由は、私の顔の上に乗った師匠によるものだった。師匠ののしかかりで呼吸がし辛い。
「起きたかしら?」
「苦しい……」
私が起きたのを確認した師匠は、上から退く。窓を見ると、外はある程度明るくなっていた。でも、この明るさは朝早い時間帯のものだと思う。二度寝の欲求を押し殺して、私もベッドから降りた。
「顔を洗ってきなさい。それと、これが歯ブラシ代わりよ。無いよりも遙かにマシだと思うわ」
そう言って渡されたのは、普通の歯ブラシみたいなものだった。あまり違いが分からないと思ったけど、歯を磨いてみたら柔らかい感触のもので、家で使っているものとは全く違った。
顔を洗った私に、師匠が『
朝食は昨日と同じスープだった。その事に文句はない。作って貰っているから、言える立場でもないだろうし。
「畑作業だっけ?」
「そうよ」
「魔法で耕すの?」
「そうよ。まぁ、それはもうしてあるから、後は水琴が種を蒔いて、私が水撒きをする感じね」
「なるほど」
スープを食べ終えて、洗い物も済ませてから、師匠と一緒に外に出た。外の眩しさに目が眩みそうになる。でも、すぐに目が順応してくれたので、普通に開けられた。そうして飛び込んできた景色は、綺麗な森の景色だった。
「…………」
昨日見ているはずなのに、受ける印象が全く違った。あの時は、森を見回すとかもしてなかった気がする。そんな私を見た師匠が、小さく笑った。
「綺麗な場所だけど、それ以上に恐ろしい場所よ。カワードボアが可愛く思えるくらい凶暴な生物がいたりするから。まぁ、それはこの森に限らないけれどね」
「……私達って、そんなところを歩いて移動するの?」
「そうよ。だから、色々と詰め込まないといけないのよ。さっ、種を蒔いていきなさい。種は、そこにあるから」
「は~い」
畑作りに関しては、私がやる事は、本当に種まきだけだった。ただ、畑の広さが結構あるので、全部蒔くのに一時間くらい掛かった。
「これで良し。後は、水を撒けば一週間以内に出来上がるわ」
「へぇ~、それも魔法?」
「これは魔法というよりも、魔法薬とかの領分ね。肥料やらなんやらで生長速度を上げていくのよ。ちゃんと安全なものに育つから、そこは心配しなくて大丈夫よ」
「そうなんだ」
魔法の世界は、私が思っている以上に不思議でいっぱいみたいだ。
「それじゃあ、魔法の授業をするから、家に戻るわよ」
「うん」
家に戻ったら、いつものテーブルで対面に座る。師匠は、身体の大きさの問題でテーブルの上にいるけど。
「魔法を使う上で一番重要なものが何か分かる?」
授業は、いきなり質問から始まった。
「重要……魔力かな? あっ、後、イメージ!」
魔力が重要というのは、MP=魔力という時点で分かる。イメージに関しては、昨日師匠が言っていた事を思い出したので答えられた。
「正解よ。よく覚えていたわね。魔力は当然として、魔法にはイメージが重要になっていくわ。例えば、『
『
「ここら辺は、イメージが崩れた瞬間に効果が変わるから、気を付けないといけない事ね。一歩間違えれば、ミイラに変わってしまうわ。
「うん。でも、これって、口に出す必要はないよね? 実際、師匠も物を動かす時に何も言わないで動かしてるし」
イメージ力がものを言うのであれば、詠唱のようなものは一切必要ない事になる。だって、ただイメージをしておけば良いのだから。
「詠唱は、イメージ力の補完と考えれば良いわ。何も口にせずに魔法を使うのと詠唱を使うのでは、魔法の成功率が変わってくるの。一種の暗示と考えると分かり安かしらね。だから、『
「うん」
イメージの構築のために使うのが詠唱みたいだ。確かに、口にした方がより意識しやすいかもしれない。
「詠唱に関しては、実は何でも良いの。私は言いやすいから、英語にしているけど、普通に日本語で大丈夫よ」
「うん。考えてみる」
「自分のイメージしやすいようにね」
師匠と同じだと英語とかになるし、私としては分かりにくくなる。だから、自分で詠唱を考えた方がイメージはしやすそうだ。
「じゃあ、早速やっていきましょうかと言いたいところだけど、まずは魔力そのものを操る事からね。ああ、それと言霊に関しては、無意識下での発動以外禁止するわ」
「そういえば、危険なものって言ってたっけ?」
「そうよ。よく覚えていたわね。あなたが使える言霊は、通常の魔法や魔術とは違う特殊な分類に含まれるわ。言葉だけで対象に状態や動きを強制させるって能力は、その強制力の高さ故に、術者に大きな負担を与えるの」
「死ねって言ったら、本当に死んじゃうみたいな?」
「相手の生死に関わるものは、対象よりも自分の格が上じゃないとまず成功しないわ。加えて、術者への反動も異常に高くなる。命を自由自在に操ろうとする代償と言われているわ。だから、絶対に命を直接奪う救う目的で言霊は使っちゃいけないの。その反動で死んだって話はかなり有名よ」
結構怖い話をされた。しかも、自分に関わる重要なものだ。だから、もう少し詳しく聞きたくなる。
「そうなんだ。師匠は、どういう時に使うの?」
「私は使えないわよ? 特殊って言ったのは、使える人が限られているから。水琴に魔法の才能があるって言霊で分かった理由は、そこね。私がちゃんと生きていた時代は、どういう人が言霊を持つのか変わらなかったけど、言霊使いのほとんどは魔法の才能があったから」
「そうなんだ」
自分が持っている才能が、下手すれば自分を殺すような危険なものという認識をしっかり持っておかないといけない。まぁ、そもそも言霊の使い方も知らないから、どうしようもないのだけど。
「他に何か質問はある?」
「う~ん……パッと思いつかないから、大丈夫」
「じゃあ、魔力を感じるところから始めるわよ。寝室に来て」
「うん」
師匠と一緒に寝室に移動する。どんな事をするのだろうと思っていると、師匠が後ろを振り向いた。
「それじゃあ、服を脱いで」
「へ?」
「脱ぐのよ。出来れば全裸が好ましいわ」
「……ここで?」
「裸なんて、昨日も見られているんだから、気にしないで良いでしょう。それに、ほぼ裸同然で寝ていたじゃない」
「……うぅ、分かった」
師匠に言われた通り服を脱いでいく。実際、昨日は布一枚巻き付けて寝ていただけだから、今更恥ずかしがる必要もない。まぁ、すぐにそう割り切れる程大人じゃないから、少し身体は隠しちゃう。お風呂とかなら恥ずかしさもないのだけど、他人の寝室っていうのがいけないのかも。
「なったよ」
「じゃあ、この布の上で座りなさい」
「うん」
床に敷かれた布の上に座る。何枚も重ねてあるのか床の硬さをあまり感じなかった。
「一番リラックス出来る姿勢になりなさい。後は集中出来る姿勢ね。日本人だったら、座禅がそうなるのかしら?」
「座禅なんてやった事ないよ。取り敢えず、リラックス出来る姿勢……」
こうして座っている時にやりがちな座り方は、胡座か体育座りだ。取り敢えず、バランスが取りやすい胡座の方にする。色々と恥ずかしいけど、ここは我慢する。それとリラックスと言っていたので、一応目を閉じておく。
「それじゃあ、背中に触るわよ」
師匠の肉球が背中に触れているのが分かる。ぷにぷにしていて、ちょっと気持ち良い。
「今から私の魔力を身体に流して、水琴の魔力を起こすわ。ちょっと苦しいというか、変な感じがするだろうけど、我慢しなさい」
説明の後に、身体の中に何かが入ってくる感覚がした。温かいものではあるけど、異物って感じが強い。そんな違和感が身体の中を駆け巡った後に、心臓付近で大きく何かが弾けた。身体の中でポップコーンを作られているかのような弾け方で、何度も弾けている。
「んんっ……!?」
「我慢よ。そのまま身体の内側にある感覚に集中して」
言われた通りに身体の中で弾けている何かに集中する。弾けたもののほとんどは、身体中を巡って心臓に戻ってくる。でも、その内の一部が下腹部にも集まっているのが分かった。
「次は、その魔力を身体の中心に集めてみなさい。鳩尾ら辺が目安よ」
言われた通りにしようとするけど、中々集まっていかない。この何かが魔力との事だけど、全く思いのままに動かせない。一部を集められたから、他の魔力もって意識すると、集めたはずのものが、また身体を巡ってしまう。
「焦らないで良いわ。最初から上手くやろうなんて考えないで。深呼吸をして、精神を落ち着かせながら、ゆっくり着実に集めていきなさい」
「うんっ……」
深呼吸をしつつ、少しずつ魔力を集めていく。集めた魔力を留めておく事も意識しないといけないので、本当に難しい。
時間を掛けて良いと言われたので、焦らずにゆっくりと集めていった。どのくらい時間が掛かったか分からないけど、大分集められるようになっていた。
「良いわね。それじゃあ、次は魔力を身体の中の隅々まで広げなさい。先端に集中させろってわけじゃないわよ。全体が均一になるようにしなさい」
(集められたんだから、そのくらいは出来るはず)
そう思ったのだけど、これが中々に難しかった。均一に広げようとしているけど、魔力が途中で途切れてしまったり、偏りが出てしまったりする。その度に、師匠から指摘が入るので、頑張って修正していく。
「良いわよ。次は、魔力の集中と拡散を繰り返していって。そう。良い調子。そのまま繰り返しを続けて。終了時間は、身体の調子が悪くなるか、私が食料調達から戻るまでよ。無理はしないでね」
「うん」
師匠が食料調達をするのに、どのくらい掛かるかは分からない。恐らく、長くて二時間とかそのくらいだとは思う。その時間ずっと同じ事を繰り返すのは、結構キツいと思う。でも、それが表世界に戻るための一歩なので頑張らないと。
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